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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第11章 猫とメイドとマフィアたちの挽歌
152/188

11.24 ありがとう、後は頼む

「チャンスは必ず作る! そんときゃ頼むぞ、ローズマリー!」

「はい、先生!」

「クロスケも気ぃ抜くなよ!」

「あいよ、任せといて」


 【圧縮】魔力のレンズを振りかざすシドに影のごとくピタリとついて行き、目標の心に空白ができる瞬間を待ち構えるローズマリーと、呑気な返事からは想像もつかない集中力で周囲に気を配り、害をなすものから少女を守らんと構えるクロ。二人を従えたシドは、真っ向からボニーへ駆け寄った。


「まとめて焼き殺してやる! 覚悟しとけやダボがァ!」


 迎え撃つボニーも覚悟は決めたらしい。シド達と一定の距離を保ちながら、十指全てから【熱線】を放ち牽制する。

 悪いことに、【熱線】の()が徐々に上がりつつあるように見える。レンズ内部での【熱線】の曲がり方が徐々に弱くなっているのだ。


「先生!」

「わかってる! ――右手に銃を……ッ!!」


 【熱線】の異変に気づいた弟子の呼びかけがシドの耳朶(じだ)を打つも、足が、そして詠唱が、止まる。

 ボニーの左手第三指から一直線に伸びながらも、レンズ内で散乱し、幾筋もの光条に分かたれた【熱線】。その一本が、彼の肩を焼いたのだ。

 悶えるシドを眼にしたボニーは喜色満面、瀕死の草食獣を射程に捉えたハイエナの如く、歯をむき出しにして攻勢に出る。


「くたばれやクソ東洋人(アジアン)がァ!」

「左っ、手に、花……束をっ!」


 仮に散乱したとしても、元の熱量が大きければ目標を焼き殺せる。そう悟ったボニーは指をすぼめ、【熱線】を収束させてシドにぶつけてくる。散乱した光条は、肩だけでなく脇腹と太腿をかすめる。

 地獄のオーブンに突っ込まれたかのような熱さに膝をついたシドの額から、脂汗が滴り落ち、石畳を濡らす。もう一段階魔力を【圧縮】し、屈折率をあげて【熱線】を曲げようと試みようとも、詠唱は半ばで滞っており、終わりが果てしなく遠いものに見える。


「ぶち抜け、倒れろ、吹っ飛べ、ちぎれろォ!」

「その唇……に……」


 痛みと熱に神経を、脳を、思考を容赦なく振り回されたシドは、つい全てを投げ出しそうになる。

 半分飛びかけた意識の中で彼がみたのは、汚らしい笑みを浮かべ、いい加減楽になっちまえと誘う逃げ腰な自分。膝は体重を支えることができず、身体はただ重力に引かれるままに倒れ伏そうとしていた。


「耐えて、先生!」


 その刹那、後ろからそっと差し伸べられたローズマリーの手に気づく。

 身体とともに崩れかけた彼の心を支えたのは、体を焼く熱線とは異質の熱。春の木漏れ日に似た暖かさに触れ、うわ言と化していたシドの詠唱に、ほんの少しだけ力が戻ってくる。


「誓いの、(うた)を」


 シドの心に押し入り、手招きしていた悪鬼は、弟子の言葉で横殴りにぶん殴られ、泥の中に沈んでゆく。

 それを自覚して最後の詠唱が口をついて出たのと、反射的に足を出して倒れまいと踏ん張ったのは、ほぼ同時。


「去りゆく者に(はなむけ)を」


 力を取り戻した両の足で立ち上がった彼の眼に、もはや迷いはない。魔法を使い始めてからずっと磨き続けた己の技術をもって、目の前の敵を制す決意と覚悟に溢れている。


「【圧縮・第五階梯(トップ)】!」


 さらに【圧縮】された魔力は、もう誰の眼にもくっきり視認できるほど、その密度を高めている。


「何やったってもう無駄だァ! テメェのヘンテコな魔法じゃ俺の【熱線】は防げねェ! いい加減死にさらせボケがァ!」

「……くたばるのは、お前の方だ」


 静かにつぶやいたシドは、瞬時に魔力塊の形状を変える。

 レンズから三角柱(プリズム)へ。

 何かやりやがった、と感づいたときにはもう遅い。

 むき出しになった体の芯を無造作に鷲掴みにされたような痛み。それに一拍遅れて、血とともに吹き出ているのではないかと錯覚するほどの叫びがボニーの喉からほとばしる。それらが身を蝕むまで、【熱線】がシドの作った魔力の三角柱(プリズム)で屈折して跳ね返され、逆に自らの足を貫いたことに気づけなかったのだ。


「行きます」


 ようやく生まれた、見落としようもない、隙と呼ぶにしても大きすぎる空白。


「ありがとう、後は頼む」


 そうつぶやいた師匠と、追い抜きざまに一瞬だけ視線を交わしたローズマリーは、ボニーを討つべく駆け出す。

 真新しいカミソリを思わせる切れ味の【加速】は、危うさをはらんだ美しさにあふれていた。歯車が完璧に噛み合ったような高揚感を小さな胸に宿したローズマリーが、地を蹴り、宙に舞う。


「バカガキが……!」


 ボニーの顔には苦悶の色が前面に浮き出たままだし、姿勢も完全に崩れている。それでいてなお、その両眼と十指は完全にローズマリーを捉えていた。

 どんなに少女が(はや)くとも、空中を駆けられるわけではない。跳んだところで放物線を描くだけで、軌跡の頂点では上下方向の速度が必ずゼロになる。それを狙い撃ちさえすればいいと、ボニーは本能で悟っていた。


「クロちゃん、()()()!」


 一方、少女はこれまでにない感覚の只中にいた。

 痛みに翻弄され濁りながらも、攻めに転じたローズマリーの動きについて来ているボニーの両眼。それと連動するように狙いを定め、獲物を仕留められる歓びにかすかに震える十指。それらすべてが、今の彼女には極めてスローなものとして映っていたのだ。


「仰せのままに、お嬢様……っ!」


 その肩の上では、相棒(クロ)が振り落とされまいと必死にしがみつきながらも、要求に答えるべくしっぽを振るう。

 ただ跳ぶだけでは軌道が単調になり、眼のいいボニーのいい的になることくらいは二人の想定の範囲内。ならば、空中で無理矢理にでも軌道を変え、その裏をかくだけのことだ。

 クロにしてみれば、そんなに難しい技術ではない。少女の華奢な足が踏み出される先に、足場代わりとなる【防壁】を()()()|やればいいだけだ。

 口汚い呪詛も、指から放たれた【熱線】も、ローズマリーたちにはもはや届かない。クロが完璧なタイミングで発現させた漆黒の【防壁】を蹴った少女は、空中で幾度も軌道を変えながら加速し、ボニーを翻弄する。


「小娘ェ……っ!」


 空間を支配し、縦横無尽に駆け巡った少女は、至近距離で放たれた十本の【熱線】までも身を捩ってかわし、ついにボニーに手の届く距離に立つ。

 ボニーの左前、間合いも位置取りも体勢も完璧。速さは言うまでもなく最骨頂、次の一手を思考する暇すら与えない。

 ローズマリーの掌底は、一撃目の不意打ちとは真逆――ボニーの左こめかみを正確に撃ち抜く。

 角度、威力、速度の三拍子が揃った一撃で揺さぶられた脳は、瞬間的に機能不全に陥り、判断力を奪う。ぐらりと仰向けに倒れそうになりながらもどうにか足を引いて耐えようとしたボニーだったが、彼が目にしたのは、メイド服の裾を翻し、追撃を図らんと足を高々と振り上げるローズマリーだった。


「落ちろっ!」


 重力の助けを借りて振り下ろされた少女の踵は、狙い過たずボニーの額を割り、問答無用で昏倒させた。


「確保!」


 ローズマリーの動きには迷いも淀みがない。白目をむいて泡を吹き、完全に意識を手放したボニーの体を手早くひっくり返すと、後ろ手にして手錠をかけ、その上から縛り上げる。


 ――これで一安心、かな。


 大役を果たし、立ち上がって額を拭った弟子に微笑んで見せたシドの耳に、遠くからサイレンの音が響く。もう少し早く来いという不満はあるが、それを伝えるだけの気力は、彼にももう残っていなかった。本格的な実戦の場で初めて使う【防壁】による魔導回路の強化に、ボニーの放った【熱線】で負った傷。彼の体と神経にかかる負担は、自身の想像以上だったらしい。

 駆け寄ってくる警官をみて安心したところで、シドの気も完全に緩んでしまった。結果、糸の切れた操り人形のようにガクリと膝をつき、倒れ伏してしまう。警察に愚痴をこぼすどころか、頑張ったローズマリーとクロにねぎらいの言葉をかけることすら叶わなかった。

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