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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第11章 猫とメイドとマフィアたちの挽歌
151/188

11.23 別に、大したこと、してねーぞ?

 ボニーを制圧し捕縛するべく飛び出した三人だったが、接近にはだいぶ難儀していた。

 相手がどんな魔法を使ってこようとも、相手の攻撃をシドとクロで引き受け、ローズマリーが返す刀で仕留める戦型(スタイル)は変わらない。引き出しが多くないのは彼らの弱点でもあるが、それを悟らせないよう上手く立ち回ればいいだけの話だ。だいたい、同じ相手と二度対峙するケースのほうが少ないのだから、苦手な戦型の克服に取り組むよりも得意な武器一つを徹底的に磨くほうが効率的である、というのがシドたちの考えだ。

 一方のボニーにしてみれば、標的が一つ増えたというだけで、他に変わったところなどない。今まで通り両の眼を別々の方向にギョロギョロと動かし、ビアンコたちが向ける射線を読みきって銃弾を焼いて落とす。合間合間でシドたちを牽制するのも忘れない。

 ローズマリーの言葉通り、ボニーの指が示す先にさえ立たなければ、【熱線】をまともに浴びることはない。だが、それはある程度距離があるからこそできる芸当。接近すれば互いに狙いをつけやすくなるのだから、きっとそううまくことは運ばない。ビアンコたちが牽制してくれているうちに距離を詰めようとしても、向こうの眼は的確にこちらを追いかけてくる。視野も広い、相手の魔力がいつ底をつくのかもわからない、弾速の速い攻撃手段があるとなっては、シド達の不利は覆らない。


「手の内隠してねェでとっととかかってこいや」

「何のことだよ」

「すっとぼけんじゃねェよ、それで上手いこと隠してるつもりか? 見え見えなんだよ。ナメてんじゃねぞダボが!」


 ボニーの安っぽい挑発を聞いたところで、シドの表情は変わらない。

 シドの魔力波長は可視光外、それ故に人間の目には映らない。さらに、彼の発現させる【防壁】は魔力をただ単に【圧縮】しただけのシンプルなシロモノ。それゆえに視認性は限りなく低い。

 ただし、それは【圧縮】の度合い――階梯(かいてい)が低い場合の話である。より高次の【圧縮】であれば【防壁】の魔力密度は上がり、光の屈折の度合いも強くなるから、存在を視覚的に認識しやすくはなる。

 シドが今発現させているのは【第三階梯(サード)】の【防壁】。注意深く観察すれば見えるといったレベルであり、ボニーの眼の特殊性を考えれば、その存在を看破されていても不思議ではない。


「見えてるだけで粋がってんじゃねーよ、チンピラが」


 バレてるならしょうがねーか、と開き直ったシドは、魔力【圧縮】を【第四階梯(フォース)】へと推し進める。

 ここから上の階梯に持ち込むには詠唱が必要だし、魔力の消耗も必然的に多くなる。おまけに今は魔導回路を()()しながらの対応だ。バカ魔力と称されるほどの魔力量を誇る彼であっても、今の彼は魔導士として処理しなければいけないタスクが多い。長丁場になると加速度的にしんどくなるのはわかりきっているから、できれば早めに決着を付けたいところだ。まずは、ボニーを挑発してその心理面から崩しにかかることにする。


「テメェ、何企んでやがる?」

「別に大したことじゃねぇよ」


 【第四階梯(フォース)】まで魔力を【圧縮】してやれば、その輪郭もくっきり区別できるようになる。いつもなら文字通り壁を作り、一も二もなく相手との距離を詰めているシドだが、今日は違う。

 先程から、魔力をひたすら【圧縮】しては、その形状を変えるばかりだ。粘土をこねる子供のように丸くしてみたり引き伸ばしてみたりと、その形を一つに定めることがない。ボニーの眼にも、シドが妙な手付きで(もてあそ)ぶ魔力の塊が見えているはずだ。


「その妙な気配といい、スカした態度といい、何だテメェ、おちょくってんのか?」

「お互い様だろ? 俺だって、あんたのそのぎょろぎょろ動く目ン玉が気持ち悪くてしょうがねーよ」


 シドの挑発に乗って歯噛みしたボニーは、腹立ちまぎれとばかりに指先から光を放つ。 


「先生っ……?」


 不穏な動きにローズマリーが上げた、悲鳴にも似た声。だがそれは、徐々に疑問の色を帯びる。予想に反し、明後日の方向へ逸れた【熱線】は、虚しく壁を焦がして溶かすばかりだ。


「逸れた……?」

「逸らしたんだよ。ま、俺も伊達に長いこと魔導士やってねーからな」

「……クソがっ! テメェ、何しやがった!」


 続けざまに数発放たれた光条も、たどり着くのは同じ末路。狙いが外れたボニーの頭に登った血が青筋となって額に浮かび上がり、皮膚を内側から染める。


「よくも可愛い弟子を焼いてくれやがったな、三下? 借り物の力がなきゃ何もできねぇポンコツが、一丁前ぶってでけぇ面してんじゃねぇよ」


 ボニーの【熱線】の軌道を曲げたのは、【圧縮】した魔力で形成したレンズ。立て続けに放たれる光条は相変わらず明後日の方向に飛んでいき、壁に焼け跡を作るばかりだ。

 だが、強気な言葉とは裏腹に、シドの表情にはそれほど余裕がない。ローズマリーが一撃を叩き込む時間的・空間的余裕を生むためのあと一押しがどうしてもほしいのだ。


「口汚さだけはご立派だけど、頭のキレが今ひとつのあんたに教えてやるよ、ボニー」


 ――まずはハッタリでもなんでもいいからぶちかまして、向こうから冷静さを削り取る。

 

 そう決めたシドは、ありったけの意地の悪さを添えて、口角を上げてみせる。


「別に、大したこと、してねーぞ?」

「テっ……メェぇぇぇ!」


 猛る十指、その先全てから放たれる【熱線】も、今のシドには届かない。高密度に【圧縮】された魔力レンズによって、自らが放った魔法の軌跡がことごとく捻じ曲げられ続けるのを目の当たりにしてようやく、ボニーに焦りらしい表情が浮かぶ。


「あんたの下手な手品のタネは、もう割れてるんだよ」


 【圧縮】した魔力を弄びながらジリジリと距離を詰めてくるシドに、ボニーは初めて逃げに転じる素振りを見せる。だが、その間隙を突こうとしたローズマリーを牽制するあたりは油断がならないし、シドの想像以上に冷静だ。戦力で敵わないなら逃げに転じるか、体制を立て直す方法を模索するのは、一番理にかなっている。

 もっとも、シドも事ここに及んで、ボニーを逃がす気はない。


「今さら逃げを打つ気かよ、腰抜け」

「……あ?」

「まさか、ご自慢の魔法を防がれてビビったってのか? 自分の魔法と心中(しんじゅう)する覚悟もねーって、あんたそれでも男か?」


 かかった、と見るや、シドは一気に畳みかける。汚く煽り立てる言葉とは裏腹に、頭をめぐるのは次の一手をどうするかだ。


「いいからとっとと質問に答えろよ、え? 借り物の(まほう)がなきゃなんにもできねぇみそっかすが、黙ってりゃ許してもらえるとでも思ってやがんのか? 頭湧いてんのかよてめぇ?」

「調子乗んのもいい加減にしとけよクソガキ!」

「一丁前に吠えてんじゃねぇよカスが!」


 とはいえ、罵り文句を並べ立てるシドの内心も決して穏やかではない。彼にしてみれば、最初から接近して殴り合う以外の攻め手を持たない上に、【熱線】の軌道を曲げるので精一杯で、完全にシャットアウトしきれないという問題は解決しきれていないのだ。

 いずれにしても、とにかく距離を詰めないことには話しにならない。身体を完膚なきまでに焼き尽くすような怪我はなんとしても避けなければいけないが、多少の火傷はしかたないだろう。むしろ、その程度で済めば御の字だ。

 肉を切らせて骨を断つ覚悟を決める時が、もうそこまで来ている。

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