11.22 最後の一撃は任せるぜ
「しまっ……!」
「くたばれ小娘ェ!」
両眼でしっかり少女を捉えたボニーの指先から放たれた光のうち、幾条かは【防壁】が発現しきる前に少女の髪とコートの裾を焦がす。
クロの魔法の発現自体は、決して遅くない。だが、光を相手にしてしまっては、速度ではどうあがいても勝ち目はない。
「邪魔すんじゃねェ!」
壁に阻まれた光条も、ただ雲散霧消するだけとは行かなかった。クロの発現した漆黒の【防壁】は、受けた光をすべて吸収してまたたく間に赤熱し、追い打ちとばかりに放たれた一撃の貫通を許してしまう。
とっさの判断でその場に踏ん張り、本能の命ずるままに身を捻って直撃を避けたローズマリーだったが、左肩を何かがかすめた感触に身を震わせる。
直後に彼女を見舞ったのは、生の太陽を彷彿とさせる熱さだ。
声なんてとても出ない。
代わりに吹き出るのは、冬とは思えないほどの脂汗だ。誰よりも近くにいた黒猫が、少女の異変に真っ先に気づいて声を上げる。
「もういい、下がるよ、CC!」
近くで声を掛けてくれるものがいなければ、おそらくその場にうずくまり、見るに堪えない姿にされていただろう。途切れそうになる意識をクロの激励でどうにかつなぎとめたローズマリーは、視界まで歪み始める中、安全を確保できるところに飛び込む。
その先で少女を受け止めたのは硬い石畳ではなく、間一髪先回りしたシドだ。ビアンコの部下たちが足止めをしてくれている間に、ローズマリーを抱え直し、ボニーから距離を空ける。
「悪い、ローズマリー、俺の判断が甘かった……。君がはっきり見えてないってわかった時点で、あいつの魔法の正体を断定していたってよかったんだ」
不要な危険に晒した詫びの言葉を並べながらも、シドは少女の傷の具合を確認する。【光条】が焦がしたのはコートと黒のワンピースが主で、熱傷自体は幸いにも深くない。
「大丈夫、大丈夫ですよ、先生……。かすった瞬間は、腕がまるごと燃えたのかと思いましたけど」
そうは言うものの、少女の息は荒く、傷の痛みに涙まで浮かべている。本来なら後方に下げているところだが、今のシドには、彼女の力がどうしても必要だ。
「さっきよりずっとはっきり見えました。光と熱。そういうことですよね、先生?」
「ああ、多分それで正解だ。光学系射撃魔法ってのも厄介だが、そこに熱を乗っけるなんて芸当は初めて見る」
ローズマリーはコートを脱ぐと、シドの手を借り、メイド服のワンピースの左袖を肩口から引きちぎって細腕を寒空にさらした。応急処置は手短に、当座の痛みは鎮痛剤を飲み込んで凌ぐ。
「動けるか?」
「問題ありません。足は無事ですし、利き腕でもないですし」
「すまないが、もう一仕事してもらう」
少女に肩を貸して立ち上がらせると、シドは再び物陰からボニーの様子を伺う。ビアンコたちの攻勢を受け流すその動きを見る表情は曇りっぱなしだ。
「正直なところ、あの【熱線】を防ぐ手立てはない」
「え? でも、先生には【防壁】が」
そこまで言葉にして、ローズマリーはシドの体質を思い出す。
多くの魔導士の攻撃を阻み、「鉄壁」のあだ名の由来となったシドの【防壁】だが、【光線】や【熱線】といった光学系射撃魔法との相性は最悪だ。彼の魔力波長が可視光外であり、どれほど【魔力】を圧縮して強度を増そうとも、光線に類するものは全て通してしまう。
「透過、してしまうんですね?」
「こればっかりは、持って生まれたもんだからしょうがねーけどな」
「ボクもちょっとつらいね。あそこまで熱もらっちゃうとは思ってなかった」
かといって、もう一人の【防壁】使い・クロと【熱線】の相性も良くない。彼女の魔力の色は毛並みと同じ、漆黒。熱を余すところなく吸収する特性があり、ボニーの魔法との相性はお世辞にもいいとはいえない。シドと【同調】し、爆発すらも抑え込む【防壁】の発現が可能になったとしても、魔力波長はクロに倣う形になるので、状況は好転しない。
「それでは……どうやって、距離を詰めます?」
少女の疑問も最もだ。シドやクロの堅い守りを生かして間合いに入り、ローズマリーが速さを生かして一撃を見舞ういつもの戦法は、一見封じられているとしか思えない。
だが、シドも対魔導士戦のエキスパート、多少なりとも策は思いついている。致命傷とはならずとも肩を焼かれてしまった弟子の不安を少しでも拭い去れればと、なるべくいつもどおりの口調で、次の一手の話をする。
「自分の弱点くらい百も承知だ。光学系射撃魔法への対策は、実は昔から用意してある」
「さすが先生!」
「問題は、これが本邦初公開、ってことだけだ」
「え……本当に大丈夫なんですか?」
ローズマリーの表情が急に険しくなる。
ぶっつけ本番で新しい手法を試すと聞かされればいい顔をしないのも当然だが、仕方ない。様々な魔導士と鎬を削ってきたシドではあるが、光学系射撃魔法の使い手と敵対する機会は、幸か不幸かこれまでなかったのだ。
「大丈夫、理屈の上ではなんとかなる……はずだ」
「はず、って……」
「それよか一つ確認だ。あいつの【熱線】、一直線にしか飛ばないよな?」
戸惑いを隠しきれずにいるローズマリーではあったが、シドの質問に対してははっきりうなずいて是となす。
「私のみた限り、指が向いている方向にしか飛びません。相手の手の動きにとにかく注意していれば、軌道は読めると思います」
「そいつは結構」
作戦を白紙に返さなければならない心配はどうやら不要らしい。わずかながらも心に余裕が生まれたシドは、弟子に無用な心配をさせまいと、無理矢理に笑みを浮かべてみせる。
「後は仕上げを御覧じろ、ってな。うまいこと曲げてみせる。通り名なりの活躍はしてみせるから、最後の一撃は任せるぜ」
「わかりました、けれど……」
師匠の狙いが今ひとつ飲み込めないまま、ローズマリーも、シドの後ろについて走り出す。




