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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第11章 猫とメイドとマフィアたちの挽歌
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11.21 そいつは頼もしいね

「それにしても大した()だよ、君は」

「何が?」


 クロを引き連れて物陰から飛び出したローズマリーだが、すぐには距離を詰めない。低い速度域での動きでボニーの眼を慣らしておいてから、突発的に全力の【加速】で相手を惑わして虚を突く腹積もりだ。オンボロ教会での訓練――シスター見習いの双子と共に、ストリート・バスケとストリート・サッカーを荒らす――で培った技術の応用である。


「あいつの魔法、見えてるんだろ?」

「ぼんやりと、だけどね。もっと【加速】すれば、もしかしたら」

「そいつは頼もしいね」


 二人の視線の先では、ビアンコの部下たちが浴びせかけた弾丸の嵐が、一発残らず()()()()()。真正面から狙う火線も、背後から襲う弾丸も、今のボニーには関係ないらしい。


「目線を向けずに、背中から飛んでくる弾を、落とす」


 状況が状況だけに、いつもの手帳への書き込みなんて当然叶わない。その代わりに、ローズマリーは小さくつぶやきながら、ボニーの動きを整理し、記憶に刷り込んでゆく。

 ローズマリーの眼をもってしても、ボニーの指から放たれる()()を完全に捉えるには至らない。だが、放つ瞬間の動き自体は丸見えだ。顔と視線がどこを向いているか、肩はどの程度上がっているか、足はどう開き膝がどこを向いているかまで、すべて手に取るようにわかる。

 《何か》の出どころは、おそらく指先。次に見抜くべきは、手首や指先が向いている角度と、着弾する先の位置関係のはず。実戦経験の少なさを、ローズマリーは思考と【加速】でどうにか補おうと試みる。


「手首? それとも指を見るべき……?」


 ボニーが弾を落とそうとする時、必ず肩・肘・手首すべてを動かして狙いとつけているように見える。指先をちょいと動かせば十分狙いをつけられそうなものでも、だ。

 指は()()()()()のか、それとも()()()()()のか。

 指の可動範囲を計算に入れなくていいのなら、多少はボニーの放つ()()の軌道を読みやすくはなる。


「問題はむしろ視界……たぶん、ほぼ真後ろ近くまで視えてる」


 ビアンコたちの火線を計算に入れながら、ローズマリーはどうにかボニーの視角に入り込もうと試みるが、想像以上に上手く行かない。

 ボニーの首の動きだけ見る限りでは、主として火器類の方だけに意識を向けているように見える。だがその実、眼だけはひっきりなしに動き、あちこちを警戒していた。


「やっぱり、左右の目が別々の方を向いてる」

「人間やめちまったのかね、彼?」


 ローズマリーもいつもだったらクロの辛辣な合いの手に物申していただろうが、今は荒事の真っ最中。でも全く同じ意見ではあるので、小さく頷くだけにとどめる。色街で少女の速さに翻弄されて激情し、仲間に撃たれて止められたチンピラと、目の前で銃弾を叩き落としているボニーが同一人物とは信じがたい。


「奇襲、いけそうかい?」

「大丈夫、だと思う」


 ローズマリーの瞳、その輝きには一点の曇りなく、口元には薄く決意の笑みが浮かぶ。ここから先は、ボニーの想像を超える速さで飛び回って距離を詰めるだけのことだ。たとえ見えていたとしても、反応できなければ避けることも防ぐこともままならない。今の彼女なら自らの速さを御し、イメージ通りに身体を動かせる自身がある。


「今日は本気で行くから、振り落とされないでね、クロちゃん?」

「お手柔らかに頼むよ」


 クロの返事に呼応するように、少女は軽くその場で跳ねる。その唇から紡がれるのは、可愛い顔に似合わない、ちょっと物騒な詠唱だ。


「右手に銃を、左手に花束を」


 詠唱とともに踏み出される一歩は、以前と違って、力感らしきものがない。早朝の散歩に出かけるような自然な足取りだ。


「我が心に不屈の炎を」


 二歩目も静かなもので、積極的に体を推し進めようとする意思は感じられない。


「復習するは我にあり!」


 少女の足さばきは、水面に降り立たんとする妖精を思わせる軽やかさ。だが、そう表現しても差し支えないのは、三歩目に備えた接地が終わるまでだった。

 地を蹴った瞬間にはもう、皆の視界から姿が消えている。

 ビアンコたちの火線の向きや、脇から飛んでくる銃弾の処理など、もはや二の次三の次。身を守ることについてはクロに一切を任せきっている。今の彼女の頭にあるのは、どうすればボニーの間合いの内側に入って一撃を叩き込めるか、それだけだ。

 彼女が突入経路に選んだのは、目標の真後ろから少し右。常人なら死角となる角度から、(まばた)きに満たない一瞬で距離を詰めると、


「沈めっ……!」


 気合一閃、右腕を振るう。

 【加速】、身体【強化】、そして狙いすました急所への一発。

 教会で学んだ、体の使い方をフルに生かした攻撃。体格に恵まれず、魔力【放出】による威力の底上げにも頼れない彼女が取りうる、現状の最善手。こめかみに吸い込まれた少女の掌底は、常人なら昏倒必至だ。

 そう、常人ならば。


「そんなのが効くとでも思ってんのかァ?」


 少女と黒猫の予想に反し、ボニーは崩れない。

 それどころかぐるりと頭だけ振り返り、血走って瞳孔の開ききった(くら)い双眸で睨み返してくる始末だ。


「止まんな!」


 人間離れした動きと想定外のタフネスさに思考を凍りつかせるローズマリーだったが、黒猫の叱咤に背中を蹴飛ばされ、数歩飛び退る。


「動け! 狙い撃たれるぞ!」

「はい!」


 射線も軌跡も見えない射撃系魔法を相手に、足を止めるのは悪手そのもの。

 相手を撹乱するために見に付けた、進む方向もリズムも歩幅(ストライド)もバラバラな、ローズマリーお得意のステップ。不規則さと速さを両立させる境界線上で、少女は舞う。


「チョロチョロすんなや小娘ェっ!」


 これ以上【加速】すると方向転換が利かないし、遅ければそこを狙い撃たれる、速度と緩急の微妙なバランス。一時とはいえ、ボニーの眼は彼女に追いついていなかった。

 少女と黒猫にしてみれば、今こそが自分たちを苦しませる魔法の正体を見極める絶好のチャンスなのだ。ぎこちない動きの指先から放たれる()()が虚空を焼いているうちに、真相を詳らかにしようと、二人は目を凝らす。


「でもなぁ、見えてんだよ、テメェが一歩踏み出すたびにはっきり見えてきてんだよォ」


 徐々に彼女の速度に慣れつつあるのか。ローズマリーの焦りと限界もお見通しだとばかりに、ボニーが底知れない不気味さをむき出しにして笑う。


「切り返すときにどんだけ体が流れるとか、この足の向きなら次はこっちに動くとか、わかんだよ、見れば見るほどわかってくんだよォ」


 ローズマリーも、クロも、ボニーの言葉がハッタリだとは思っていない。

 ボニーの指先から放たれる()()の狙いは急速に正確になりつつある。少女の後を追うばかりだったその照準は、やがて影法師を居抜き、しまいには彼女の前を通り過ぎて急減速を強いるまでになっている。

 その代わり、彼女たちが犯したリスクは、相応しいリターンをもたらそうとしている。

 彼女たちをその場に縫い止めようとするボニーが指先から放つ()()、その軌跡が、少女にははっきりと見えつつあった。正確に狙いをつけられた上、この世界で一番速い弾速で攻撃を仕掛けられては、歴戦のマフィアたちもなす術がないのは道理である。

 だが、ボニーの隠し玉の正体を掴んだと同時に、ローズマリーは不覚にも石畳にかかとを引っ掛け、バランスを崩してしまう。少女がバランスを崩す、その決定的瞬間を見逃してくれるほど、ボニーはお人好しではない。

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