11.19 やってらんねェなぁ
ボニーとビアンコたちが互いに決定機をものにできないまま、時間だけがただ過ぎてゆく。二者の間に流れる空気は、遠目で見ている万屋ムナカタ一行にも肌で感じられるほどにひりついていた。
一見すると、攻勢に出ているぶんビアンコたちのほうが優位に立っているように思える。地上からは短機関銃が、建物の上からは先の通信で手配したらしい狙撃手が、それぞれボニーに銃口を向けている。火器もさることながら、目を見張るのは統率の取れた動きだ。ビアンコの命令一つで各々が最適な位置取りと行動を判断し、数的優位を作って火線の密度を上げて襲いかかる様は、よく訓練された交響楽団を彷彿とさせる。そんな彼らではあるが、いまだにたった一人のチンピラを仕留めることすらできていない。いくら場馴れしたマフィアの面々とて、気が急いてきてもおかしくない時刻に差し掛かろうとしていた。
だからといって、ボニーの反撃が実を結んでいるかというとそうでもない。【加速】を発現させてはいるようだが、おそらく今見せている速度が目いっぱいなのだろう。ローズマリーのように弾丸が飛んでくるのを見てから避け、あまつさえ距離を詰めて一撃を叩き込むなんて芸当は到底期待できないが、時間が長引いてもなおその射線の見切りは的確そのものであり、銃口を避ける動作にも迷いがない。
「厄介だな」
「広い視野、的確な判断力、前に会ったアイツとは似ても似つかない。未来視ができるって誤解したって不思議はないだろ?」
クロの言葉に小さく首肯しながらも、師弟はボニーから視線を離さない。
黒猫の言う通り、ボニーの視野は異常に広い。自分を狙う銃口を嘲笑うかのような身のこなしは、前後、左右、上方がのべつくまなく視えていなければできない芸当だ。
だが、いかんせん多勢に無勢。時折反撃に転じたところで、彼の獲物は両手の自動拳銃から放たれる頼りない火線二本きり。動き自体は先程と変わっていないが、眼に、口に、引きつった頬に、ボニーの焦れといらだちが表出してきている。
「……ったく、やってらんねェなぁ」
堪忍袋の緒を切らしかかっているボニーが、次に何を仕掛けてくるか。
誰もが警戒し、注視している最中に、彼から突如として覇気が消えた。
今のボニーは、全てを諦めたかのようにだらりと腕を下げ、撃たれてもしかたないと言わんばかりにうなだれている。圧倒的な数的不利の中で、数多の火線をかいくぐって反撃の機を伺っていたとは信じがたい。
不可解極まりない気配の落差に、ボニーを除く全員が戸惑い、思考を袋小路に陥らせかける。そこから引き返すまでに一瞬だけ、時間的な空白が生まれた。
「チョロチョロうるせェ小娘に、ションベンみてェに当たりもしねェ弾丸ァバラまくチンピラどもかよ……本当にうざってェったらありゃしねェ……」
ボニーは周囲の困惑などどこ吹く風、凝った筋肉を解すかのように首を数度ひねり、無造作に肩を回した。
その直後、クロがローズマリーの肩の上でブルリと震え、全身の毛を逆立てる。
「どうしたの? クロちゃん?」
「だれだ……あいつ……?」
シドの相棒として多くの魔導士を相手に立ち回ってきたクロのつぶやきに、いつもの呑気さや余裕など一切ない。形だけ人に似た存在の正体を知ったときのように、言葉は切羽詰まっている。
その真意を問いただそうとしたローズマリーだったが、ボニーは事もあろうに拳銃を放り捨てたため、そちらに注意を向けねばならず、機会は先延ばしにされた。
「いい加減本気だすかァ……面倒くせェなァド畜生共がァ!」
万屋ムナカタの面々が見たのは、石畳に叩きつけられる直前に突如赤熱し、跳ねることなく地面にめり込む拳銃だった。
「下がれっ!」
【防壁】を発現させながら誰に届けるでもなく叫ぶシド、危険を察知してしっぽで少女の頭を叩くクロ、その合図よりも瞬き一回分早く、姿勢を低くして飛び退るローズマリー。明らかな異常事態を眼にした三人は、それぞれが身を守る行動に出た。一方、ビアンコたちはボニーの不可解な行動を潮と見たか、再度四方八方からご自慢の火器で波状攻撃を仕掛ける。
「遅せェっ!」
ボニーの掲げた両手、その指先がキラリと光った気がした、その刹那。
彼を狙って飛んでいった弾丸は一つとして届かないどころか、文字通り雲散霧消する。ビアンコたちが発砲した証拠は、彼らの獲物から立ち上る硝煙の香りと足元に転がる薬莢だけだ。
自分へ向かって飛んで来た弾丸をすべて世界から消し去ったボニーは、恍惚の表情で手を縦横無尽に振りかざす。交響楽団の指揮と呼ぶには不規則すぎるテンポ、相変わらずの緩慢な動き。肩から肘、手首、指先までをピタリと止めた瞬間の造形は、よく磨かれた鎌を彷彿とさせる。
そして、鎌は振り下ろされるたびに、離れたところで対峙する者の命を刈り取ってゆく。




