11.17 弟子のピンチに駆けつけただけだが?
「子供に手ぇ上げるなんざ、あんたらしくねーな、ビアンコ」
銃声とともに一直線に飛び出し、少女の額を貫かんとした銃弾は、再び【防壁】によって阻まれた。一発目と違うのは、その【防壁】が何色にも染まっておらず、眼に見えにくいということだけだ。
その魔法の主を、当然、ローズマリーは知っている。
「せ、先生!」
「ムナカタ……? てめぇ、どうしてここにいやがる?」
「どうしても何も、弟子のピンチに駆けつけただけだが?」
鉄面皮を崩したのは、悪びれる様子など全く感じさせずに答えたシドだった。ローズマリーとマフィアの若頭――ビアンコの声は僅かに震えているが、少女のそれが待ち人が来た喜びに彩られているのに対し、男は二度も少女を仕留められなかった苛立ちをにじませている。
「テメェ、最後に色街で会ったとき、なんて言ったか覚えてるか? 忘れたとは言わせねぇぞ?」
「すまん、心当たりがない。教えてくれないか」
「すっととぼけやがって、クソガキが。黒猫つれた銀髪の小娘に心当たりなんざねぇって言ってやがったよな?」
「ああ、あれね。まさか自分の弟子があんなところうろついてるなんて思わねーからさ。正直に答えたまでだぜ?」
すっとぼけた返事は、ビアンコの神経をただいたずらに逆撫でするばかりだった。苛立ち混じりに左手でもう一本自動拳銃を抜き、宣言も警告も脅迫もなしにシドに弾丸を放つが、やはりというか当然というか、透明な【防壁】に隔てられた意地の悪い笑みは崩れない。
「あんまり時間もねーから、結論から先に言うぜ、ビアンコ。あのチンピラが魔法を使ってるのはほぼ間違いない。そこの娘の言う通りだ」
「何だてめぇ、塩でも送ってるつもりか?」
「まあね。信じるか信じねーかはあんた次第だ。ただ、物心ついたときから魔法を使って、公私ともに魔法使いにどっぷり囲まれて暮らす人間が言ってる、ってことはお忘れなく」
鉄面皮を取り戻したビアンコが、話を真面目に聞いているかどうかは定かではない。だが、ここから立ち去る様子もないのは、少なからず自分の情報に価値を認めているからだと勝手に推測し、シドは話し続ける。
「だけどな、相手は身を持ち崩したチンピラとはいえ、もとはあんたのところの構成員だろ? 鉄火場慣れしてる上に素性の知れない魔法使いってなると、俺たちだけじゃさすがに荷が重い。そこで一つ提案なんだが――」
幾度もの修羅場を腕一本でくぐり抜けた百戦錬磨の男が口を挟んでこないのをいいことに、対魔道士戦の専門家は交渉の皮をかぶったハッタリを叩きつける。
「共同戦線、と行きたいんだが、どうだい?」
「却下だ」
「即決かよ、冷てーな」
ニコリともせずすげない断りの文句を返されてしまうが、シドは嘆息することもなければ肩を落とす素振りもない。逼迫した状況下で悠長に検討している余裕がないのもわかるし、予想の範囲内の返答ではあるけれど、もう少し顧みてくれてもバチは当たらない気もする。残念ではあるけれど、これも概ね彼の予想通りの反応だ。
「カタギは大人しくすっこんでろ。俺たちとテメェらじゃくぐり抜けてきた修羅場の数が違うんだよ」
「その割には、チンピラ一人仕留めるのに随分苦労してるみてーだけどな」
じろりと睨まれてなお、シドは涼しい顔をしている。ビアンコが少なからず反応するのも、彼の指摘が正鵠を射ているからだろう。周囲を囲んで数的優位を作っていながら、彼の部下たちは未だにボニーを仕留めきれていない。放たれた弾丸の軌道はことごとく読まれ、避けられている。
「あいつの魔法を見切って、優位な状況を作りたい。でも俺たちには攻撃の手が足りないんだ。援護してくれると助かるんだけど」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。そこの生意気な嬢ちゃんにも言ったばかりだ。身内の不始末はテメェらでつけるさ」
「そうか。じゃあ、任せるぜ」
師匠は弟子と違い、拒絶されるとあっさりと引き下がってしまう。
自分たちが関わっている事件、その解決の手がかりとなりうる存在をみすみす逃すものかと反論しようとしたローズマリーだが、
――ここはシド君に任せよう。
そうクロに耳元で囁かれ、不満を飲み込んでその場に踏みとどまる。
「小娘と違ってずいぶん物わかりがいいじゃねぇか、ムナカタ」
「そっちのメンツを立てるくらいの甲斐性はあるさ。それにいい機会だ、あんたたちのやり方を師弟ともども勉強させてもらうことにするよ」
「……勝手にしやがれ」
話はまとまった、と判断したのか、ビアンコはようやく銃口を下ろす。代わりに懐から取り出した無線で何やら指示を飛ばしたかと思えば、ボニーを討たんと走り去ってしまった。三人にはもう、一瞥も投げかけられることはなかった。




