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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第11章 猫とメイドとマフィアたちの挽歌
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11.16 てめぇの仕事なんざ知るかよ

「動くな」


 想定外の来客に、少女はびくりと身を震わせ、黒猫はしっぽを根元から先端までふくらませる。

 乱入してきたマフィアにボニーを相手させ、高みの見物を決め込もうとしていた矢先のこと。低い声が二人の背後から響いた。

 警戒を怠っていたわけではない。むしろ謎の集団の襲撃からこっち、いつもよりも周囲に気を配っていたのだが、それでもその男は警戒の網をかいくぐり、こうして二人に銃口を向けている。


「ゆっくりこっちを向きな」


 言われたとおりに振り返ったローズマリーたちが眼にしたのは、場に似合わない白スーツをまとったマフィアの若頭。銃弾が飛び交い、埃と血煙の舞う鉄火場では、その純白はことさら浮いて見える。


「こんなところで何してやがる?」


 傾いた装いとは裏腹に、彼はあくまでも冷静に、しかし確かな威圧感を前面に押し出したまま、二人に詰め寄る。メイド服の上からダッフルコートを羽織り、肩の上に黒猫を乗せた銀髪美少女という情報過多気味の出で立ちをしたローズマリーを見ても、眉を少し釣り上げる程度だ。


「黒猫、銀髪、整ったお顔、ね。テメェ、前に色街でボニーに絡まれた小娘だな?」


 白スーツの男は足取りこそ無警戒だが、放つ気配には油断も隙も慢心もない。余計な動きを見せれば抜き打ちで斬って捨てられる、と確信させるほどに研ぎ澄まされた迫力が、クロの立派なヒゲをびりびりと震わせる。


「で、カタギさんがどうして、こんな物騒な場所にいるんだ?」

「……たまたま近くを通っただけです」

「嘘つくんじゃねぇ」


 緊張に乾く口を精一杯動かした少女の答えを、男は間髪入れずに否定する。


「まともな神経の持ち主なら、ヤクザ(もん)のドンパチを興味深そうに眺めたりしねぇよ。カタギじゃねぇか、カタギでもよっぽど荒い仕事をしてるか、どっちかだ。

 悪いことは言わねぇ、ここで見たことはキレイに忘れて、とっととお家に帰んな」


 男が銃口に重ねて突きつけたのは、通告という名の脅迫だ。

 一旦距離をおこう、とクロは横目で合図を送る。退いてもなお、彼女の耳があれば状況を探ることはできる。彼らが立てる音を頼りに様子をうかがい、潮時を見極めて戦果だけをかっさらうのも、外面がちょっと悪いだけで立派な戦略だ。

 問題は、少女が黒猫の方を見る気配がなく、意思疎通ができてないということだ。催促しようと爪を立てても冬物のコートの生地に阻まれてしまうし、男に感づかれないように背中をしっぽで叩こうがお構いなしだ。


「嫌です」


 発砲音が響き、薬莢が虚しく地面を叩いたのは、ローズマリーが返答し終える前だった。


 ――(あっぶ)ねぇ!


 ローズマリーの白磁の肌には、傷一つついていない。

 すんでのところで彼女を守ったのは、またしてもクロの【防壁】だった。ためらいもなく引き金を引いたマフィアもマフィアだが、わざわざ喧嘩を売るような物言いのローズマリーも大概だ。この土壇場で聞き分けのないことを言い出す娘にはお説教が必要だが、人前で不用意に言葉を発するわけにもいかず、クロは苛立ちまじりにしっぽをぶん回してしこたま少女をひっぱたく。


「よりによってテメェ、魔導士か」


 推進力を失って落下し、足元にまで転がってきた銃弾を苛立ち混じりに踏み潰した男は、大股に数歩踏み出し、ローズマリーとの距離を詰める。間合いさえ潰してしまえば【防壁】の発現の前に弾を叩き込めるという判断、鉄火場に慣れ過ぎている振る舞いは、豪胆ではあるが無駄がない。


旧市街(ここ)は俺たちの縄張り(シマ)で、マフィア(俺たち)の揉め事は身内で処理する。もう一回だけ言うぞ、大人しくお家に帰んな」

「こちらにも仕事があります、手ぶらで帰るわけには行きません」

「てめぇの仕事なんざ知るかよ」


 旋条(ライフリング)が覗き込めるほどの近さにおかれてなお、ローズマリーは引き下がる様子を見せない。いざとなればクロが護ってくれると信頼してくれているのだろう。使い魔冥利に尽きるが、万が一のことを考えると、この至近距離で意地の張り合いをするのはやめていただきたい。それ以上に、目の前のマフィア個人を敵に回すのは避けたいのが、クロの本音だ。

 たとえどんな凶事に慣れた犯罪者であっても、いざ引き金を引く直前には何らかの感情の動き、漏れ出てくる意思というものがある。クロは生まれ持った優れた感覚器と、長年の使い魔生活で培った独特の感性でそれを察知できるから、先読みと称して差し支えない速さで【防壁】を展開できるのだ。

 だが、感情や内面の揺らぎを完全に圧殺している彼に対しては、その読みが通らない。

 一発目は距離が開いていたからまだ時間的猶予もあったが、もはやそれすらも失われている。【防壁】の発現が間に合うかは五分五分といったところだ。シドのように常時【防壁】を展開できればいいのだが、猫ゆえに身体の小さい彼女にとって、それは魔力を激しく消耗する、最後の手段だ。


「……あの人を仕留める、ということですよね? たぶん魔法使いです、一筋縄では行きませんよ?」

「同じ人間ってことに変わりはねぇんだ、ドタマふっとばしゃオダブツだろ? ここで必ずアイツをぶっ殺してやる」


 男は顔色一つ変えずに、いつもの習慣に従うかのようにボニーを始末する、と宣言する。言葉とは裏腹に、荒事のプロをなめるな、という態度は微塵も感じられない


「女子供に手ぇ挙げんのは好きじゃねぇが、身内(こっち)の不始末のカタぁつけんのに横槍入れようとした罰は、受けてもらうぜ」


 マフィアとボニーの両方を相手取った二方面作戦は、最初から選択肢にはない。さりとて交渉の余地も残っていない。

 だとしたらここから退く以外にはないのだが、ことここに至って、ローズマリーに動く気が見られない。ボニーが魔法使いもどきである可能性が高いなら、みすみすマフィア共に引き渡すわけには行かない、と決意を固めているのだろう。こうと決めたら自分を曲げない真面目な性格が、今は完全に裏目に出ていた。


「悪く思うなよ」


 能面ですらまだ可愛げを感じるくらいの鉄面皮のまま、ビアンコは情けも容赦もなく、引き金を引いた。

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