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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第11章 猫とメイドとマフィアたちの挽歌
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11.14 どういう心境の変化だよ

 旧市街の奥地に広がる、入り組んだ路地。ローズマリーは建物同士の隙間を縫うようにひた走って逃げ切りを図るが、そうは問屋が卸さなかった。


「どこに行こうったって無駄だぜェ、小娘ェ!」


 走れども走れども、ボニーは別の路地から先回りして二人の前に立ちはだかり、銃弾を浴びせかけてくる。ローズマリーが軌道を見切って身をかわし、かつクロが的確に【防壁】を展開しているから無傷ではあるが、仕留めきれない側と逃げ切れない側の間で膠着状態が続き、ジリジリした時間が流れていることに変わりはない。


「まいったね、一筋縄じゃいかないらしい。あのチンピラもどういう心境の変化だよ?」


 心底面倒くさそうにクロが吐き捨てる。

 速さを武器とする少女を相手にしてもなお先んじてみせるボニーの立ち回り、その裏に何があるのか、彼女には判断がつきかねていた。確かに、彼は旧市街を根城とするマフィアの元・一員、地の利があるのは事実である。だが、それだけで【加速】魔法を使いこなすローズマリーに先行できるかは疑わしい。このあたりの入り組んだ道に詳しい以外の理由が、おそらくあるはずだ。


「あの人も魔法を使ってるのかしら?」

「たぶんね。【加速】とそれ以外になにか……。さっきの一発を避けやがったのが引っかかるね」


 二人が抱えるもう一つの懸念事項は、不発に終わった先程の不意打ちだ。

 ローズマリーの狙いすました速い一撃をボニーがかわしたのはただの偶然か、それとも動きを見きった上で避けたのかが、定かでない。前者なら攻勢に出続けたほうが制圧のチャンスが増えそうだが、そうでないとこちらの手の内をただたださらけ出し続けることにもなりかねない。


「前に会ったときは、魔法を使う素振りなんて見せてなかったよね?」

「隠してたのか、そうでなけりゃ……」


 クロが濁した言葉の真意くらいは、ローズマリーにも想像がついている。


 ――ボニーは魔法使いもどきかもしれない。


「だったら、逃げてる場合じゃないね」


 拳を固めてボニーと対峙するローズマリーを、クロも止めようとはしなかった。どうせ逃げ切れないなら迎え撃ってやれ、と覚悟を決めている。


「可愛い面に似合わねェ足の速さに、弾丸(たま)ァ防いだ黒い壁かよ。まさかテメェ、魔法使いだとはな」


 答える義理なんてこれっぽっちもない、と黙ったまま、ローズマリーはあえて無駄なステップを踏み、相手の出方を伺う。先ほどのように脇をすり抜けようとすれば横っ飛びに進路を塞ぎ、逆にこちらが一歩退こうとすれば、見逃さずに追いすがってくる。ボニーの拳銃の照準はずっとローズマリーに合い続けているが、闇雲に発砲することはない。どうせ【防壁】があるのだから、ただ撃ったところで通らないと割り切っているのだろう。


「見られてるね」

「それならだけならまだいいけど、ねぇ」


 次にどう立ち回るべきか、二人は静かに思考を巡らせる。

 ボニーが動き出すタイミングは、ローズマリーのそれとほぼ同じで、遅れがほとんどない。彼の動き自体は緩慢であるにもかかわらず、だ。少女のやや拙いフェイントに釣り出される様子もまったくない。

 そこらのチンピラの立ち振る舞いとしては無駄が無さすぎる、色街で出会ったときとはまるで別人の動きに、クロは腹立たしさを込めた唸り声を上げる。


「面倒なやつにあたっちまったね。CC、生半可な【加速】じゃ動きを見切られるって考えたほうがいい」

「それなら、もう少し()()を上げましょうか?」

「それは最後の手段にしよう」

「困りましたね……あの人、やっぱり魔法をつかってるのかしら?」

「それを判断するのは、ここを切り抜けてからでも遅くないと思うよ」


 賛成、と同意する声をうけ、クロは少女の肩の上で居住まいを正す。猫背は直らないけれど、大切なのは本人の心意気だ。

 相手が生まれついての魔法使いかどうかなんて、今はさしたる問題ではない。どんな戦型でこちらに挑みかかってくるか、それをどう迎え撃つかのほうがずっと重要だ。色街の時(まえ)のように、彼を諌め制圧してくれる存在なんていないのだから。


「さて、CC。どうする?」

「まずは先生と合流します」


 こうと決めたローズマリーの行動は早かった。

 エプロンから発煙筒を引っ張り出し、後ろ手に火をつけてかかとで蹴りあげる。シドに居場所を知らせるために動くのはボニーの予想外だったらしく、反応は明らかに遅れた。

 間抜けな音とともに火を噴き、煙を撒き散らしながらまっすぐ上に飛んでいった赤い円筒は、放物線の頂点に達し、再び引力に負け始めたところでようやく撃ち落とされる。


「しゃらくせぇ真似してくれんじゃねェの」


 足を止めたローズマリーに、ボニーはピタリと拳銃の照準を合わせた。苛立ち混じりの粗暴な口調とは裏腹に、少女を狙う動きによどみは一切ない。先程の指先の震えも、どういうわけか完璧に治まっている。二人が下手を打ったなら即座に仕留める、その準備は万全だ。


「なぁんかやな感じがするね」

「どういうこと、クロちゃん?」

「あのチンピラ、隠し玉を持ってるって考えたほうがいいんじゃないかな? そうでもなきゃ、ここまで追いかけっこが長引く理由が思い当たらないんだけど……。とりあえず油断せずにいこうか、CC」


 怪我の完治も疑わしかったぎこちない動きのイメージを振り払おうと深呼吸したローズマリーだったが、その顔からは、戸惑いと不安が拭いきれていなかった。踏み出そうとする意図さえも完全に捉えているかのように、ボニーの目玉はとにかくよく動く。その様がなまじ見えてしまうゆえに、膠着状態を打破する手を見いだせるかどうかの自信が揺らいでしまうのが正直なところだ。

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