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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第11章 猫とメイドとマフィアたちの挽歌
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11.13 なんかヤバくないか、あいつ?

「クロちゃん、あそこ」


 一方、相棒(クロ)にならって周囲の観察に勤しんでいたローズマリーは、路地の影に一人の男が佇んでいるのに気づいた。爆発現場に来て初めて出会う()()()人間だ。


「待て、CC」


 生存者がいてよかった、と声をかけようとしたローズマリーだったが、黒猫に強い調子で止められ、すんでのところでぐっと思いとどまる。


「なんかヤバくないか、あいつ?」


 いつのも軽薄さを放り捨て、緊張感を顕にしたクロの言葉に、少女は小さく息を呑む。

 まぶたから頬にかけて縦に走る傷痕と、こけた頬に浮いた髭の目立つ男の顔は、たしかに不穏な空気を漂わせている。それ以上に二人を不安にさせるのは、不必要なまでにギラついた両の(まなこ)だ。(うつ)ろで感情が抜けきっているにもかかわらず、ぎょろぎょろとひっきりなしに動いているその様は、単に周囲を警戒しているというには(せわ)しなさすぎる。


「……あんにゃろう、まさか?」


 全身全霊で警戒感を顕にする二人をよそに、男は薄汚れたトレンチコートのポケットからタバコとライターを取り出した。包帯の巻かれた両の指は怪我を負ったままらしく、包帯が巻かれ、自由に動かないらしい。タバコを引っ張り出して火を灯す一連の所作にも四苦八苦し、苛立っている。

 ようやく火のついた紙巻きタバコから立ち昇った紫煙は、風にのって拡散し、やがてクロとローズマリーのもとへも届く。距離によって希釈されてなお際立つ独特の不快な臭いに、少女はあからさまに顔をしかめ、黒猫はくしゃみを我慢した複雑な顔をした。


「どっかでみた野郎だと思ったけど、あの嫌な臭いで思い出した。あいつ、色街でボクらに絡んできたチンピラじゃないか」

「ボニー、って呼ばれてた人よね? どうする、クロちゃん?」

「決まってるじゃん。逃げの一手、だよ」


 単に風体が小汚いだけだったらまだしも、前の開いたコートの内側で拳銃が鈍い光をちらつかせている様を見せられてはたまったものではない。これで何の対応も取らなかったらそれこそ愚行のそしりは免れないだろう。ローズマリーも同じことを考えたのだろう、クロの指示が終わるやいなや一歩退いている。


「わかってるじゃん、CC」

「三十六計逃げるに如かず、なんでしょ?」


 だが、まだ彼女は年若い魔導士。配慮がほんの僅かに足りなかった。男との距離を開けることに意識の向いた少女が、さらに一歩引いたその先で、靴底と石畳に()されたガラス片が乾いた音をたてて砕ける。

 普通なら雑踏と喧騒に紛れて消えてしまうくらいの、誰も気に留めないようなかすかな音。距離があるならなおさら届かないはずだった。

 だが、男――ボニーは二人に顔を向ける。


「何だァ……てめェらァ……?」


 その結膜が瞬時に赤く染まると同時に、奈落の底を想起させる開ききった瞳孔に力が戻る。焦点が定まっているかどうかも怪しかったはずの彼の眼は、今は完全に色を取り戻し、二人を捉えていた。


「銀髪の小娘に……黒猫ォ? ……なんでここにいるんだァ……?」


 ぴくり、とローズマリーが震わせた肩の上で、面倒なことになっちまったな、とクロが舌打ちする。存在を気取られたこともそうだが、過去の因縁を思い出されるのもまた厄介だ。ボニーは確実に二人を追いにかかる、黒猫はそう断定した。

 しかしながら、両者の間にはまだ物理的な距離がある。

 色街で絡まれた際、ボニーは腕、肩、太腿を計六ヶ所撃ち抜かれたという事実も、彼女たちにとっては好材料だ。事後の処置が悪かったのか、単に傷が癒えていないのかはわからないが、今の彼の動きは関節の錆びきったブリキ人形よりぎこちない。ローズマリーの速さをもってすれば撒くのも振り切るのも容易いはずだ。すでに少女は【加速】し、地面を蹴っている。

 分析も予測も処置も完璧だった。まだ慌てるような時間ではない。

 そう思えたのは、ボニーが歩き始めて三歩目までのこと。


「逃がすかァこのメスガキゃァ!」


 唸り声と紙一重の罵声とともに、ボニーの動きは突如獣じみた鋭さを帯び、クロとローズマリーから余裕と距離を瞬く間に削り取る。拳銃や殺気を隠す気など、もう微塵も感じられない。獲物の狙いも少女の眉間に向いている。


「クロちゃん! 一撃離脱ヒット・アンド・アウェイ!」


 傍から見れば危機的状況だが、ローズマリーは警官であり、かつシドたちに師事する魔導士。荒事への心構えと気持ちの切り替えはすでにできている。

 逃げる方向に傾いていた重心をあえて前向きに振り戻したローズマリーは、距離を詰め返して一撃を叩き込まんと石畳を蹴る。その根底に流れるのは、クロなら鉛弾だろうがなんだろうが防いでくれるという絶対的な信頼だ。

 一方の黒猫(あいぼう)は一見気のない様子で頷くだけだが、その実、実戦経験豊富な使い魔である。ボニーの一挙一動を観察し、瞬時に過去の経験と照らし合わせて最適な手段を選択すると、即座に実行に移す。


「しゃらくせェ! この距離で外すかよォ!」 


 自動拳銃の銃口から一直線に飛んでいった弾丸は、光すら跳ね返さない漆黒の【防壁】に阻まれ、虚しく地面に転がり落ちる。

 そこで生じた隙を見逃すローズマリーではない。黒猫を肩に乗せたまま、歯噛みするボニーにすれ違うざまの一撃を見舞うべく右腕を振るう。【加速】を使いこなし、狙いも性格な彼女の一発。相当の手練でなければ、初見で対応するのは困難だ。

 しかし、ローズマリーの掌底は、虚空を切る。


「外した?」


 全く返ってこない手応えに動揺した少女は危うく足を止めかけるが、


「今は逃げろ、CC!」


 相棒の言葉に我に返り、背後で弾丸が【防壁】を叩く音を置き去りにせんばかりの勢いで再び逃げを打つ。


「逃がすかこのアマァ!」


 追うボニー、追われるローズマリー。先行する少女も黒猫も速さで押し切れると踏んでいたのだが、予想以上に洗練されたチンピラの動きに目論見を大きく外されることとなる。

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