11.12 ぼんやりしてるヒマなんかないだろ
互いに得意分野の異なる魔導士二人がペアを組むとなれば、自ずと役割分担が決まってくる。
ローズマリーとクロも例外ではない。【加速】魔法に物をいわせて現場へとひた走る少女の肩の上で、黒猫は危険を探知するレーダー兼ナビゲーターとして、少女の行くべき道を指し示す。
火の手が上がっているのは、旧市街の中でも特に旧い歴史をもち、再開発計画の網にすらかからなかった区域の真ん中。爆発の威力は相当のものだったようで、街灯も信号機も立て看板も、台風に薙がれた稲穂のごとく根本から傾いている。路駐されていたと思しき車も無残な有様で、あるものは死んだセミのようにひっくり返り、別の一台はショーウィンドウに突き刺さって盛大な火の手をあげていた。無事なのは古く重厚な石造りの建物、その躯体くらいのもの。窓ガラスや扉といった弱い部分は見事にふっとばされている上に、部屋の内装や建材が炎に舐め回され、爆ぜる音が時折聞こえてくる。
少女のちいさな肩の上で上手くバランスを取りながら、クロはあたりに素早く目を配る。昼間、裏通りという要素を差し引いても、ここは繁華街の一角。爆発が起きた瞬間もそれなりに人はいただろう。無事なけが人はすでに避難したのか、それともそんな者は初めからいないのか。
おそらく後者だろう、と踏んだクロは、僅かな間目を伏せ、死者に祈りを捧げる。
元の姿をある程度保ち、倒れ伏したまま動かないのは、むしろ少数派だ。多くは鮮やかな肉色の部品や断片となって散らばっているか、脂や蛋白質が焼け焦げる異臭を放ちながら転がっているかだ。いずれにしても、先程まで生命だったはずの者たちが、いまや時々刻々と朽ち果てるモノへと変わり果ててしまっている。
「CC、長居は無用だ。離れるよ」
クロの呼びかけに、ローズマリーは何も答えない。
「おい、CC、どうした?」
ちらりと横目で少女の様子をうかがった黒猫の背中が総毛立つ。
整った顔からは完全に血の気が引いている。もともと色白で、久しぶりに現場に来たから緊張している、というだけでは説明がつかないほどの顔色の悪さだ。
それだけではなく、頭の天辺からまつげの先、唇、指先、膝、つま先に至るまで震えている上に、瞳の奥からもとめどなく動揺が溢れ出ている。息が荒いのも、循環器と呼吸器が総動員で体に酸素を巡らせようとする健全な作用ではなく、心理の乱れの表出であることは明らかだ。少女が口元を覆う両の手、そこから漏れ出す声はあまりにもか細く、息がかかるほど近くにいる上に聴覚に秀でたクロすら聞き取ることがかなわない。
――ここまでこの娘を追い詰めているのは何だ?
万屋ムナカタに来て以降、彼女も魔法使いもどきが引き起こした多くの惨状に対面してきている。流血沙汰や物言わぬ存在となった生命を目の当たりにするのだってこれが初めてではない。最初の現場も相当の山上ではあったが、ここまで狼狽してはいなかったはずだ。
クロは首を振り、余計な疑念を頭から追い出す。今は恐慌状態の少女の意識を現実に引き戻すのが先決で、その原因を掘り下げるのは後回しでいい。
一発肩に爪を立ててやり、痛みで正気を取り戻させようと思い立った黒猫だが、いつものメイド服の黒いワンピースだけならならともかく、厚い生地のダッフルコートも加わってはさすがに分が悪い。
あまり気が進まないが、背に腹は代えられない。ごめん、と内心でつぶやきながら、クロは少女の柔らかい頬に爪を走らせた。
「つっ……!」
一瞬痛みに顔をしかめた少女に追い打ちをかけるように、黒猫はしっぽを目一杯振るい、形の整った後頭部をポニーテールもろとも盛大にぶっ叩く。
「あいたっ!」
「ここは事件の現場だぜ? ぼんやりしてるヒマなんかないだろ、CC?」
爪としっぽ、前後から叩き込まれた衝撃と痛みでようやく我に帰ったローズマリーは、横目で肩の上の相棒を恨めしげに睨みつける。だが、諫めの言葉に全く反論の余地がないとすぐに悟ったのか、すぐに小さく頷いた。荒療治のかいあってか、震えもだいぶ落ち着いている。先程の熱病に侵されたようなそれよりは、ずっとましだ。
「現場に行くって言い出したのは君だろ? 茫然自失して固まっちまうくらいなら、最初からボクの言うこと聞いとけばいいじゃないか」
「……ごめん、クロちゃん」
肩の上の黒猫の温かみに触れて、少女は再び前を見据える。怯えが薄れた心に改めて装填し直すのは、勇気と決意だ。
「行くならしっかり覚悟決めて、自分をしっかり持ちなよ。ボクはそばにいるし、ちゃんと護るから、心配すんな」
「クロちゃん、やっぱり、シド先生みたいなこと言うね」
柔らかい憎まれ口が叩けるようになれば、ひとまずは大丈夫だろう。手のかかる妹の説教はこのくらいにしとくか、と潮をみたクロは、改めてあたりを観察する。
「しっかし、ひどいことするもんだね」
「爆発……事故かしら、それとも事件?」
「さあね。どっちでも――」
ボクの知ったこっちゃない、といいかけて、クロは口をつぐむ。
彼女の目に留まったのは、業界最大手の運送会社のコーポレート・カラーに塗られたトラック。他の車両がどうにか元の形状を保っているのに対し、この一台だけは鋼鉄の車体が力ずくで前後に泣き別れさせられている。察するに、そこが爆心地だろう。
「クロちゃん?」
「事件、だろうね。あのトラックをごらんよ、随分派手にやりやがったもんだ」
コンテナに爆発物を満載していたことくらいは、クロにも想像がつく。どうやって火をつけたのか、あるいはなぜ火がついたのかまではわからないし、考える必要もない。それを解析するのは万屋ではなく、警察の仕事だ。




