11.10 ……誰にも言わない?
「そんで、戦果はどうだった、CC?」
「あまり芳しくないんですよね……」
ローズマリー達が訪れたのは少し路地を入った、個人経営の店が軒を連ねるエリアだ。表通りに立ち並ぶ有名ブランドのような華やかさはないが、職人が丹精込めて仕上げた逸品や掘り出し物を扱う、いわゆる隠れた名店が多く存在する。旧市街は見かけこそ地味だが、その実、小さな宝箱のような街だ。
きっとさぞかし素敵な買い物タイムを過ごしたのだろうと予想していたクロだったが、周囲やローズマリーの足元を伺う限り、紙袋もおしゃれな包みも見あたらない。持ち物といえば、黒猫がちんまりと収まったバックパック一つきりだ。買い物に出た女の子はたいてい荷物が増えがちで、付き添った男がげんなりしながらそれを持つ、といういささか勝手なイメージを抱いていた黒猫は、少々拍子抜けする。
「そもそも何を買いに出たのさ?」
「……誰にも言わない?」
「なんだよ、もったいぶっちゃって。女同士なんだ、今更恥ずかしいことなんかあるかい? 大丈夫、笑いやしないって」
珍しく歯切れの悪いローズマリーの背中を押すように、クロはいつもより余計に力強く頷いてみせる。もちろん、あまりヤバそうな代物を買い求めたいといいだしたなら、保護者の判断を待つまでもなく即座に止める準備はできている。いくら猫といってもそれくらいの良識はある。
フォークを繰る手を止め、たっぷり数十秒ためらってみせたあと、ローズマリーはようやく口を開いた。
「先生の……」
「シド君の?」
「……誕生日プレゼントです」
宣言通り、クロは笑わなかった。
「何か言いたいことがあるなら言っていいのよ、クロちゃん?」
「いや、なんというか、その……」
その代わり、すぐに言葉を返すこともなかった。想定外の回答を前に、ただでさえ丸い目を一層丸くし、口をぽかんと開けている。
皮肉ればいいのかからかえばいいのか、それとも真摯に答えるべきか。困ったときは思いついた順番にやるのが、クロという女性――もとい、猫である。
「貴重な午後の昼下がりを、ぐうたらな師匠への贈り物選びに費やしてたのかい、君って奴ぁ?」
「お世話になってる人だもの、当然じゃない」
「彼の誕生日、来月だぜ?」
「こういうのは早いほうがいいのよ。でもなかなかピンとくるものがなくて」
そんなところまで勤勉にならんでもよかろうよ、とクロは呆れる。
シドには不釣り合いの弟子が目を落とすのは、目星をつけておいた店のリストだ。そのほとんどにはすでに打消し線がひかれている上に、いつもどおりの丁寧な字で書き添えられたコメントも否定的なものばかりである。
結果的に、ローズマリーは猫が身を潜めたバックパックを引っさげ、旧市街を歩き回り、店に飛び込んでは今ひとつ納得できない顔で出ていく、というのを繰り返しただけで、傍から見たら迷惑な客以外の何物でもない。
「まだ時間はあるんだ。ゆっくり探すといい」
「そうします」
ローズマリーは相変わらずの澄まし顔だが、シフォンケーキをつつく手つきはちょっとだけ乱暴だし、ティーカップを置くときにわずかだが音を立ててしまっている。そんな妹分の精一杯の照れ隠しに、クロはこっそりほくそ笑むのだ。
――そんなに気にするほどのことでもないのに。
いくらシドが朴念仁でも、可愛い弟子からのプレゼントで喜ばないはずはない。常軌を逸したものでない限り、何をもらったって嬉しがるのは目に見えている。
それをわかっているからこそ、クロはそれ以上、余計なことを言わない。そのほうが面白くなりそうだ、と野生のカンが告げているなら、それに従うまでのことだ。




