11.8 手伝ってくれ
「シュタイン兄妹の怪物を相手取ったときに、【同調】使っただろ?」
ローズマリーも、その時のことはよく覚えている。
魔導士管理機構の重鎮・ガーファンクル教の護衛として、軍の射爆訓練場に出向いたときのこと。シュタイン兄妹が心血を注いで作り上げた鋼鉄の怪物が、よりによってそのお披露目の場で暴走し、最後は自爆するという末路を辿った。
あわや出席者を巻き込む大事故、とならなかったのは、シドとクロが【防壁】をもって爆発を抑え込んだからである。
「あの時に、実は魔導回路を傷めてな」
「先生ほどの方が、ですか?」
「シド君だからこそ、だよ」
まさか、と言いたげなローズマリーのそばに陣取ったクロが、横から口を挟む。
「魔導士としてのシド君の特徴はなんだい、CC?」
「堅い【防壁】と、豊富な実戦経験?」
「悪い、言葉が足りなかった。身体的な面で頼むよ」
「それなら、膨大な魔力、ですよね?」
研修で離れている期間があったとはいえ、毎日のように顔を合わせ、その薫陶を受けていただけのことはある。妹分が示した模範解答に、黒猫はニンマリと笑う。
「シド君はね、魔力の容量も、生成能も高い。その代わり」
そこまで説明したクロだったが、ここから先は俺が話す、と言外に語っている飼い主の気配を敏感に察知したか、一歩退いて様子を見守ることにする。
「俺の魔導回路は、並の強度しかない。【同調】の時みたいにでかい魔力を瞬間的に行使しようとすると、自分の魔力で自分を傷つけることになる」
「……先生が以前、腕に巻いていたのは、制御帯だったんですね。魔力の流れを制限すれば、回路を傷つけるリスクは下がる」
「勘違いしてもらっちゃ困るが、一応、緻密な制御ってやつも身につけてはいるんだけどな」
「も、もちろん存じております……」
嘘が苦手なローズマリーのこと、シドに言われてようやく思い当たったのだろう。言い繕いかたがぎこちないにもほどがある。
だが、目に浮かぶ憂いの色の理由は別にあるらしい。
「通院が必要、だったんですよね?」
「今はもう完治してるよ。昼間もちゃんと魔法を使ってたじゃねーか。だから、そんな心配そうな顔すんな」
「……病院に行くなら、そう言ってくれないと、困ります」
「でも……すまない」
君は研修に出てたじゃないか、と言い返そうとしたシドだったが、膝の上で組まれた少女の指先に落ち着きがないのを見て、短く謝る。伝えないのはさすがに子供扱いしすぎだったかもしれないが、心配をかけたくない親心もある。天秤をどこで釣り合わせるかは、もっと勉強が必要そうだ。
「魔導回路には、もともと古傷を抱えててな。【同調】で久しぶりにでかい魔力を流したもんだから、同じところをやっちまったんだ。この際だから根本的に治療しようと思って、ハンディアに通って、姫様に診てもらってた」
「事情はわかりましたけど、魔法の発現が遅れるのと、どうつながるんですか? 完治なさったとおっしゃいますけど、まだ違和感とか痛みがあるってことではないんですか?」
「平気平気、それはない」
体に問題がないことは紛れもない事実。問題は、彼がまだ魔法の新しい運用方法に馴染みきれていないことにある。
「【同調】を使う使わないに関係なく、これから先も、でかい魔力を瞬間的に運用しなきゃならない状況はそれなりに出てきそうだからな。その度にハンディアに出向いて、お小言つかれながら治療を受けるのは本意じゃねーから、本格的に対策をとることにしたんだ」
「何をなさったんです?」
「魔導回路を強化する」
手帳のページを繰り、ペンを走らせていたローズマリーの手が止まった。顎に手をあてて考え込むが、答えが出ないらしい。
「……普通の身体【強化】とは違うのですか?」
「一緒だったら苦労してねーんだよなぁ……」
使える魔法が身体強化系一辺倒のローズマリーは、シドの取り組みの想像がつかないらしい。このままでは彼女の首が疑問に傾いだまま、もとに戻らない可能性がある。それはあまりにも不憫と思ったのだろう、黒猫が助け船を出してやる。
「シド君はね、【防壁】で魔導回路を補強してるんだよ。今もたぶんやってんじゃない?」
「え……えぇ?」
「気持ちはわかるよ、CC。ボクも最初聞いたとき、ついにシド君も頭がおかしくなったのかと」
まあそうだよな、とシドは文句を言うことなく、ただバツの悪そうな顔で頭をかく。
かくいう彼も、エマからアイディアを聞いたときに「無理じゃねーか?」と戸惑いを覚えたクチだから、あまり大きな事は言えない。若い世代の柔軟な思考に期待をしても、ローズマリーは【加速】に特化した魔導士で、まだ経験も浅い。さすがにそこまで即座に理解しろというのは無理な注文である。
「【防壁】を体内に発現させて、魔導回路だけをピンポイントで保護すれば、でかい魔力を流しても耐えられるってわけだ」
「……先生、そんなわけのわから……とんでもないことをしながら、訓練にお付き合いいただいてたんですか?」
「本音が漏れ出し駆けてるのは、聞かなかったことにするけど……ほら、俺、ガキの頃から魔法使ってるから、それくらいは」
「経験だけでなんとかなるとも思えないんですけど……?」
ローズマリーの首はもとの角度に戻ったが、今度は師匠の理解不能な謎の技術にこめかみを押さえてしまう。
「ま、俺もどっかのお嬢さんの師匠を名乗る身の上だからな。それくらいできねーと話にならねーだろ」
最近どうにか形にできたことも気取られないよう、シドは極力、こともなげに語って見せる。魔導士としては器用な方に分類される彼だが、魔導回路の強化を反射や無意識のレベルで使いこなす境地に至るには、もうしばらく訓練が必要と見込んでいる。とはいえ、弟子に余計な不安を与える必要もないし、師匠として、魔導士の先輩として、そして男として、少し見栄も張りたい。
「身体【強化】に、【加速】に、【防壁】を体の内外で発現、ですか。それなら、反応が遅れがちになるのも納得です」
先程までとは一転、弟子の口角は僅かに上がっている。少し引きつっているようにも見えたけれど、それは気のせいだろう、とシドは無理やり自分を納得させた。
「ずいぶん慣れてはきたけど、まだ元通りの速さとはいかねぇな。もうしばらくは、君の訓練に付き合いながら使いこなせるようにするよ。手伝ってくれ」
「ええ、もちろん、お供いたします」
師の提言に、最初からそのつもりです、とローズマリーは柔らかく微笑む。
頼もしい弟子の帰還を経て、万屋ムナカタはまた一歩、新たな日々へ踏み出してゆく。




