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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第11章 猫とメイドとマフィアたちの挽歌
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11.6 君は諦める気、ねーんだろ?

 少女は膝に目線を落とし、しばし考え込む。考えを整理する時間は多少なりとも必要だろうと、シドも無理に急かしたりはしない。


「魔導士資格をとって、警察の一員になってもうすぐ一年になりますけど、あの時の決意は変わっていません。万屋(ここ)に初めて来たときと同じです」


 いたずらを白状する時よりは長く、神への懺悔の言葉を考えるよりは短い決意の時間を経て、ローズマリーは静かに、いつもよりも抑揚のない声で語る。魔法を学ぶのも、警官の一員となったのも、シドに師事して腕を磨くのも、全て両親の仇を探し出して復讐を遂げるためだ。


「そうかい」

「はい。私は、必ず父と母の敵を討つ」


 この手の話をする時、ローズマリーは必ずと行っていいほど、その碧眼の奥深くに黒い炎を宿している。それを見る度に、シドは一抹の切なさを覚えずにはいられない。万屋ムナカタでの暮らしを通じて、少しでも穏やかな人生というものに多少なりとも目を向けてくれていればと、彼は常々期待しているのだが、ことはそううまく運ばないらしい。愛する家族を奪われた彼女の心中(しんちゅう)は察するに余りあるが、人生の第一目標が復讐というのも寂しすぎる、とシドは思うのだ。

 とはいえ、生き方とは自分で決めるべきもので、外から強制される類のものではないのも事実。彼女の(くら)い目標の是非は、当面棚上げにせざるをえない。


「エプサノでの事件をもっと知らなければいけない、って思いまして。図書館に問い合わせたり、研修の自由時間に資料を調べてみたりしたんですけど」

「その様子だと、あまり上手くいかなかったみたいだね、CC」


 隣に陣取った黒猫の指摘は図星だったらしく、少女の眉間に一筋のシワが寄り、つまらない映画につきあわされたときのような顔になる。物静かで表情の変化に乏しいと言われがちな彼女だが、そこは長いこと顔を突き合わせている間柄、心の機敏も多少ながら読み取れるというものだ。


「王立図書館の蔵書庫にも、事件に関連するものはほとんどなくて。警察の資料は閲覧許可すらおりませんでした」

「アンディに断られちまったか?」

「……そのとおりです」


 まあそうだろうな、と得心した顔で、シドが紅茶を一口含む。

 その性質上、警察の捜査資料は当然ながら禁帯出。閲覧も許可制であり、上司――彼女の場合はアンディ警部だ――を通じて承諾を得なければならない。とはいえ、いくら彼がローズマリーに協力的であっても、正当な理由なしにホイホイと許可を出すとも思えない。


「独断で閲覧するには上の職位について、権限を獲得するしかないんです」

「先の長そうな話だな」

「時間がかかることも、出世への関門が厳しいことも大した問題では……ないとはいいませんけれど、想定の範囲内ではあります」


 覚悟はとうの昔に決まっているようだし、真面目で勤勉な彼女のことだから、コツコツと実績を積んでちゃんと試験に合格すれば、自ずと相応の職位には就けるはずだ。彼女の素質自体に問題があるとは、シドも疑ってはいない。

 抱えている問題は、もっと別のところにあった。


「でも、魔導士(わたしたち)は、最初から一般的な出世コースから外れてるって、今回の研修でよくわかりました」


 ここ数年、シドが何でも屋を名乗りだしたくらいの頃から、イスパニアの公的機関も魔導士の採用に踏み切り初めているのだが、警察はその流れに最後まで抗い続けた組織である。ローズマリーは彼らが初めて採用した魔導士の一人にあたるのだが、その風当たりはずいぶん強いらしい。


「私が邪魔者扱いされるのはわかるんです。警察に入った動機が動機ですし、おまけに早々から出向扱いですから。でも、他の魔導士の皆さんには、そんな妙な動機なんてないんですけどね」


 世のため人のために力を振るう決意を持った人間こそ公僕の肩書にふさわしい、とする警察の理念と、ローズマリーの動機は完全に相反している。彼女が魔法を学び、警察の門戸を叩いた経緯と素性については上層部も当然知っているはずだ。出向という名目で入庁早々外に追いやったのは、魔導士の処し方がわからない以上に、仄暗い動機を心の底に横たえる彼女を出世のメインルートから遠ざけることにあったのだろう。特別扱いといえば聞こえはいいが、実態はただの厄介払いである。ローズマリーは頭のいい娘だから、そのあたりも早々に感づいていたのかもしれない。この度の研修でそれを再認識させられた、といったところだろう。


旧来(むかし)からの制度にどっぷり浸ってる連中にしてみりゃ、後から入ってきた魔導士をのさばらせたくない、って気持ちがあるのかもな。(ふる)い伝統と新しい風がなじまないってのは、警察に限らずよくある話だ」


 ただし、アンディがローズマリーをシドのもとに送りだしたのは、彼女がクリーデンス前内務大臣の娘という特殊な立場だったからというのもある。シドが請け負った仕事は彼女の保護も含まれるのだが、そのことはもちろん伏せておく。


「でも、君は諦める気、ねーんだろ?」

「もちろんです」


 少女の可憐な唇から放たれるのは、真摯で、確固たる、顔に似合わず過激な決意だ。


「警察が私を出世街道の本流から外すなら、魔法対応の専門家(プロ)になって、そこに割って入るまでです」

「アンディには、その話をしてあんのか?」

「全面的に応援するから、先生のところでしっかり腕を磨いてほしい、と言われてます」


 アンディに上手いこと押し付けられたと悟ったシドは、熱い紅茶を飲むのにかこつけて渋い顔をする。


「いずれにしても、私が今頼れるのは、先生だけです。経験を積んで実績を残したい。だから、任務に連れて行ってください。もっと鍛えてください。いろいろ教えていただきたいんです」


 その背後にどのような理由があろうとも、弟子から真剣にお願いされたなら、それ相応の真心をもって答えなければいけない。それが師匠というものだ、とシドは思う。乗りかかっただけと思っていた船はもはや相当の沖合まで出ており、港はすでに遥か彼方へ離れてしまっているのだ。今さら降りることは許されないし、降りる気もない。


「できる限りのことはする、ちゃんとついてこいよ」


 だが、彼がローズマリーに約束してやれることは決して多くはないし、下手な返事をして余計な期待をさせすぎるわけにもいかない。師匠が弟子に贈るものとして、シドの答えは、あまりにも簡素すぎるかもしれない。

 

「はい、先生。よろしくおねがいします」


 それでも、少女は小さくうなずき、ひとまずは納得した様子をみせてくれる。シドを知り信頼しているからか、それとも他に理由があるのかまでは判断がつかなかったが、今はそれを詮索しても仕方がない。その夜は一旦、そう結論づけるほかなかった。

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