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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第11章 猫とメイドとマフィアたちの挽歌
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11.5 また作ってくださいね

 研修を終えた弟子のおねだりをきいて、即座に訓練に付き合う。普段の気の抜けた振る舞いからは到底想像の及ばない行動力を見せたシドだったが、()()はまだ続く。

 なんと、台所に立つと言い出したのだ。

 帰りに市場(メルカート)で材料を買い揃えたシドは、帰宅後に鍋やら包丁やらを準備し、シャツの腕をまくる。エプロンを身につけるのはいいけれど、着慣れていないのがまるわかりだ。ローズマリーもわざわざ手出しはしないが、お手並み拝見と決め込んでいるのか怖いもの見たさが先に立つのか、カウンターの向こうから師匠の包丁さばきを眺めていた。

 そんな弟子をさておいて、シドが作るのは何ということもない、普通の鍋料理だ。冬の料理のド定番で、極端に難しい手順は踏まない。数種類の香味野菜を炒めた鍋に、野菜と魚介類を適当に放り込み、ただひたすら煮えるのを待つ。最後にトマトの缶詰を入れ、塩・胡椒で味を整えれば、それで完成。よくいえば素材の味を生かした、悪くいえばシンプルここに極まれりといった作りである。

 ローズマリーが万屋ムナカタに来てから、初めて口にするシドの料理。一番近いのはブイヤベースだろうが、広い意味の寄せ鍋と称しておけば、まあ間違いはあるまい。


「……あら?」

「どうよ?」


 少女の表情に曇りはない。

 トマトの酸味に負けない魚介類の出汁に、程よく聴いた塩胡椒。シンプルゆえに、その味は万人へと開かれた受け入れやすいものとなっている。ローズマリーの箸、もといスプーンが、いつもの倍くらいのペースで進む。もともと食の細い彼女が珍しく――シドが知る限りでは初めて――おかわりを申し出るのを見ると、作った側としてはちょっと嬉しい。


「……ごちそうさまでした」

「なかなかのもんだろ?」

「ちょっとびっくりです。先生、料理もお上手だったんですね」


 皿を片付け、明日の雑炊用にと出汁をしまい込んだシドに、ローズマリーは素直な賛辞の言葉を贈る。


「そいつはちょっと語弊があるねぇ、CC。シドくんの守備範囲は、レシピがシンプルで、味付けが目分量でもどうにかなる料理だけさ」


 少女の言葉に茶々を入れるのは、さっきまでご相伴に預かっていたクロだ。傍から見ればシドの飼い猫でしかなく、食わせてもらっている立場にしてはずいぶんな言い草に聞こえるが、それは彼女が誇り高い使い魔だからである。


「魔法に関しちゃ器用で繊細なくせに、それ以外はどうも、大雑把で雑なところが目立つんだよねぇ」

「一人暮らしの野郎の料理なんて、そんなもんだろ? やたら料理に凝りたがる男の気がしれねーよ」

「さすがにそれは偏見かと思いますが……でも美味しかったです。また作ってくださいね」


 その微笑みの理由は温かい食事で腹が満たされたからか、夕食を作ってくれた師匠の優しさに心が満たされたからか。いつもよりも口角の上がったローズマリーは席を立つと、メイド服のスカートを翻し、足取りも軽やかに食後の紅茶を淹れにゆくのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ローズマリー、ちっと、話いいか?」

「ええ。私も聞きたいことがありますし」


 弟子はソファにちょこんと座り、風呂上がりのシドを待ち構えていた。

 研修前からの日課と化していた、パジャマ姿の彼女とのおしゃべりもおよそ一月ぶり。こうして対面に座ると、ローズマリーが帰ってきたんだな、という実感が改めて湧いてくる。


「先生から、お先にどうぞ」

(わり)ぃな。昼間の話の続き、ちょっとしたくてさ」


 研修の話ですよね、と例によって手帳を繰り始めた彼女だったが、シドにやんわりと止められてちょっと訝しげな顔をする。

 報告はどうせ警察からあとで届く。今ここで彼が知りたいのは、ローズマリーの心境の変化だ。


「研修を受けて、君がこれからどうしたくなったか、聞きたくてな」


 肩書だけ見るならば、シドはローズマリーの出向先の上司でしかない。だが、それ以前に師匠であり、魔導士としての先輩でもある。アンディ警部たちには話しづらいことでも相談してもらえたら、と思ってはいるのだ。たとえその中身が後ろ暗いものだったとしても。

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