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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第2章 猫とメイドと最初の事件
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2.6 普段からそれくらいしっかりしてればよろしいのに

 シャワーを浴びたローズマリーが髪を乾かして戻ると、シドはソファーに行儀悪く座り、本を読んでいた。

 事件の後は眠りこけていたクロも、いつのまにやら元気を取り戻したようで、ローズマリーに擦り寄ってくる。


「今日はご苦労さん」

「先生こそ、お疲れさまでした」


 シドの言葉に、ローズマリーは小さく頷く。

 意外と可愛らしいパジャマを着た少女は、シドの対面に座るやいなや、事件について質問を投げかけてきた。


「昼間の事件の犯人、どうやって二種類の弾丸を使いこなしていたんでしょう? 複数の魔法を無詠唱で使うというのは相応の技量が必要かと思うのですが」


 経験が浅い魔法使いらしい質問に、シドはどう答えるべきか、しばし首をひねる。彼の中では既に答えがでているのだが、少女に考える機会を与えなくては意味がない。


「犯人がぶっ放した弾丸の種類、覚えてるか?」


 もちろんです、とローズマリーは頷く。


「一つは徹甲弾で、警察の装備を破壊するだけの衝撃、貫通力を持ちます。もう一つは炸裂弾で、爆風で広範囲を吹き飛ばす効果があります」

「ついでに言うなら、どちらも本来なら拳銃から放たれることのない弾丸だ」

「炸裂弾は【爆発】系の魔法で実現できると思うんです。発動遅延術式(ディレイ)条件起動術式(トリガー)を使えば、着弾時の爆発も再現できるはず。わからないのは徹甲弾の方なんです……」


 考えが行き詰まったら、原理原則に立ち返るのが鉄則だ。悩める可愛い後輩に、シドは助け舟を出してやる。


「そもそも、なんで徹甲弾はあれだけの威力が出る?」

「弾速を上げてるんですよね? 【加速】を使えばできないこともない……?」


 ローズマリーは少々自信なさげだ。自分を【加速】させることに長けていても、弾丸を加速するイメージが浮かばないのは無理もない。


「魔法で弾丸の初速を上げれば徹甲弾の一丁上がり、ってのは事実だ。でも、あいつの銃が暴発したことの説明をどうつける?」


 ローズマリーの考えはどん詰まりにハマってしまったらしく、手帳を放り出して唸ってしまっている。


「確かにそうですよね……。【加速】で負荷がかかるのは銃身じゃありませんし」

「そもそも、銃弾の発射原理、理解してるか?」

「何かで目にした程度の知識なら……」


 シドもさほどではないが、彼女はそれに輪をかけて銃火器の知識に乏しいようだ。もっとも、火器の扱いや特性を熟知したティーン・エイジャーの少女のほうが少数派だろうが。


「銃身内部で火薬に点火して、爆発の圧力で弾丸が……」


 そこまで口にしたところで、ローズマリーは何かに気づいた様子でシドの方を見る。


「【爆発】魔法で弾丸の発射速度を上げていたんですか?」

「俺はそう踏んでる。徹甲弾と炸裂弾で発射音の大きさが違ったんだが、気づいてたか?」


 ローズマリーは頭を振る。身体を揺さぶる大音響に耐えるのが精一杯で、音量を区別する余裕までなかったのだろう。


「君が先ほど気づいたとおり、犯人が使っていた魔法はただ一種類――【爆発】だ。

 広範囲の標的を仕留める時は、弾丸そのものに【爆発】魔法をかけて炸裂弾として使う。固い守りの相手には、銃身内で【爆発】魔法を起動し、弾速を上げた徹甲弾を使う。一見性質が全く異なる二つの弾丸だが、一種類の魔法で両立できる可能性があるわけだ」


「犯人の拳銃が暴発したのは、弾速をさらに上げようと高威力の【爆発】魔法を使ったから、銃身が耐えきれなかった、ということですか?」

「俺の防壁を抜こうと躍起になって、銃身の強度まで頭が回らなかったんだろ」


 それを聞いたローズマリーは、ふと何かを思いついたように問いかけた。


「……シド先生、本当は狙っていたんじゃないですか?」


 人の神経を逆撫でするような物言いに立ち居振る舞い、一見無防備に見える正面突破。あれはただの無策でなく、すべて計算のうちだとしたら。


「不用意な行動に見せかけて、犯人が炸裂弾を使えなくなる距離まで接近する。あそこまで執拗に挑発したのも、徹甲弾の威力をわざと上げさせて拳銃が暴発するよう仕向けるため。……違いますか?」


 そこまでわかってれば上出来だ、とやや曖昧な笑みを浮かべるシドだが、まじまじと見つめてられてしまうとやりづらくて仕方ない。


「的確な分析、冷静な仕事ぶり、さすがです」

「気持ちわりぃな、褒めても何も出ないぜ」


 言葉こそ敬意がこもっているが、ローズマリーは目が口以上にものを言うタイプであり、眼差しが雄弁に「とんだ食わせ物だ」と主張し続けている。

 そして案の定、


「普段からそれくらいしっかりしてればよろしいのに」


 と、くすりと笑って毒を吐くのだ。いちいち小言をつかないと人を褒められないのか、とシドがため息を付くのも仕方がない。


「クロちゃんが魔法を使ったのにも驚きました」


 大したもんだろう、と胸を張って鳴くクロを見て、ローズマリーの表情が微かにほころぶ。


「君が初めてここに来た時に言ったろ、こいつは使い魔だからな」


 その言葉にカチンと来たのか、ボクがキミを使ってるんだぜ、と反論するようにニャーニャーやかましく鳴くものだから、シドもつい閉口する。


「私の周りには、使い魔を使役する魔法使いがいませんでしたから」

「最近は動物愛護団体がやかましいから、無理もないか」


 シドが「おいで」と呼んでも、クロはローズマリーの膝から動こうとしない。よほど居心地が良いのか、使い魔呼ばわりが今ひとつお気に召さないのか。


「クロスケは特殊な部類の使い魔でね。瞬間的な出力と制御能力だったら、そんじょそこらの魔導士には負けない。

 犯人が自爆しようとした時に、高密度の圧縮魔力を上からおっかぶせて爆発を無理やり押さえ込んでもらったんだ。力任せの技だから、魔力の消耗はお察しだけどね」


 消耗した魔力は休息を取ることでしか回復しない。だからクロはずっと眠りこけていたのだ。


「頑張ったね、クロちゃん」


 何が嬉しいのか知らないが、クロはずっと喉をゴロゴロ言わせている。


「そう言えば先生、朝の質問のことなんですけど」

「なんだそりゃ」

「お忘れなんですか? 反社会的勢力から依頼を受けたらどうするか、ってお話ですよ」


 本当に忘れていた様子のシドをみて、ローズマリーはポロリと小言を漏らしてしまう。


「現場ではあそこまで頭も回るのに、どうして普段はこんな調子なのかしら……?」

「聞こえてるぞー」


 ローズマリーは女の子らしく可愛い咳払いをする。当然ごまかしきれてはいないが、まあいい。


「で、君の意見はどうなんだ?」

「具体的にどうする、となるとなかなか難しいのですが……物的証拠はなくても、反社会的勢力が何らかの企みをしているという情報は手に入っているわけですよね?」


 どことなく言いづらそうに口ごもっていたローズマリーだが、意を決して話し出す。


「その情報を使って、逆に……脅すとか?」

「ずいぶん大胆な方向に話を持ってったな……」


 いくらシドが修羅場を多数くぐった魔導士とはいっても、ギャングスタやマフィアと敵対する度胸はない。ローズマリーの中のシド像がとんでもないことになっていないか、少々心配である。

 ただ、万屋ムナカタが彼らに追従することもない、というのも事実だ。お天道様の下を歩けなくなるような後ろ暗い真似はするな、という祖母の教えを、シドは今でも極力守るようにしている。


「ま、当たらずとも遠からず、ってところだな」

「え、脅したんですか?」


 違う違う、とちゃんと否定しておくシド。そこを曖昧にしておくと、後で尾ひれがついてとんでもない話になりかねない。


「そいつらの情報を、そのまま警察とか公安に持ち込んだ。ついでに自分のことも売り込んでおいた」


 自分は魔導士であること。

 自営業なので、呼び出しにもある程度柔軟に応じられること。

 元傭兵なので荒事に慣れているから、魔法絡みの厄介な案件の時は手を貸せるということ。

 自分の略歴と反社会的勢力の情報を、シドはまるごと警察に持ち込んだのである。当時の警察には「魔導士枠」がなかったため、魔法使いが起こす凶悪犯罪への対応に苦慮していた。そんな折に、警部補だったアンディがシドの申し出に目をつけたのをきっかけに、二人の協力関係が始まって今に至る。

 普段のだらけた態度からは想像もできないシドの手腕に、ローズマリーはずいぶん感心しているようである。


「普段のご様子からは想像がつきませんね」


 ただし毒舌付きだが。


「フリーの魔導士の評価は行動一つでガラッと変わっちまう。俺も一歩間違えば牢屋で臭い飯を食うか、ギャングスタの悪事の片棒を担いでたかもしれねーな」


 何か思うところでもあるのか、シドは目を伏せる。


「この商売をやってると、ある程度は荒事に関わらざるをえないからな。その過程で人の恨みも買う。長生きしたけりゃ魔導士なんてやめて、別の道を選びな」

「それを覚悟で魔導士で居続けたいと思う酔狂な娘がいたら、どうです?」

「やめておけ、親が泣くぞ」

「泣く親がいない場合は?」

「……そういう言い方は卑怯だぜ」


 エプサノで親しい人を失ったローズマリー。彼女の境遇を知っているシドの目は、少し寂しそうだ。


「いずれにせよ、そいつに関わったすべての人々が悲しむことになる。人柄が良ければ、なおさらだ。魔法に関わらなくても、幸せになる方法なんかいくらでもある。

 さ、良い子はもう寝る時間だぜ?」


 シドに額を小突かれ、パジャマ姿の少女は年相応にむくれた。


「……子供扱いしないでください」

「俺から見りゃ、君は十分子供だ。うざったいかもしれないが、大人のいうことは聞いておくもんだ。夜更かしはレディの肌に良くないぜ」


 テレビジョンもぼちぼちその日のお役目を終えて砂嵐になる時間だ。ローズマリーは不服そうではあるが、素直にシドの言葉に従って立ち上がった。


「先生はいつも、夜遅くまで何をしてらっしゃるんですか?」

「子供は知らなくていいことだ、とっとと寝ろ」

「……えっちなことはいけないと思います」

「なんでそんな発想になるんだよ」

「先生は人の下着姿を見た『前科』がありますから」


 あれは事故だそもそもフレデリカ先生が、とあたふたしているシドを見て、ローズマリーはクスリと笑う。


「冗談ですよ、先生。あれだけの腕前を持つ魔導士を、ちょっとワガママ言って困らせてみたかっただけです。

 今夜はもう休みます。おやすみなさい」


 ローズマリーは笑みを浮かべたまま、クロを伴って自室に下がる。


「……あの年頃の娘が考えてることはわからん」


 シドはため息混じりの悪態をつくと、伏せていた本に再び手を伸ばした。

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