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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第10章 猫とメイド不在の日々
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10.15 お仕事の時間ですわ!

「今日は世話になったのう」


 日が傾き始めた頃合い。ハンディアの客人二人は東屋の席を立ち、帰宅の途につこうとしていた。

 グランドホテル謹製のデザートの数々を心ゆくまで堪能し、ハンディアで待つ皆と、後で自分でつまむ分のお土産を購入したエマは、ニコニコ顔でリムジンの後部座席から顔を出している。悠久の時を生きる吸血鬼とは思えない、見かけ相応の振る舞いは実に微笑ましいのだが、それを諌める立場のアリーは、女主人の傍若無人な食欲魔神ぶりにため息を止められぬまま、ステアリング・ホイールを握っている。


「またなにか困ったら相談に来るが良いぞ!」

「ええ、お二人ともお気をつけて」

「心得ております」


 静かに頷くアリーの表情は、真剣そのもの。すう、と短く息をついた直後にはもう、有能なメイドモードに自らを切り替えている。


「姫様、最後に一つだけいいか?」

「なんじゃ?」

「魔法使いはみんな、平時でもわずかに魔力を生成して、体内を循環してるんだったよな?」


 それがどうした、と可愛らしく小首をかしげていたエマの表情が、だんだん真剣なものに変わる。


「最終的に、その魔力はどこへ行くんだ?」

「どこへ行くも何も、再変換されて身体に吸収されるだけじゃ。お主もどこかで習っておるじゃろ?」


 そのとおりだ、とシドはうなずく。だが、彼が本当に知りたいのは、その()だ。


「じゃあ、もし、魔力が失活しないままだったらどうなる?」


 しばらく虚空を見つめ、何かを思い出すような素振りをしていたエマだったが、やがてため息交じりに首を振る。


「調べればわかると思う。少し時間がかかるかもしれんが、急ぎの用件か?」

「大至急で頼みたい。追加料金は」

管理機構(ギルド)に請求書を回していただいて構いませんわ」


 カレンの助け舟に拝み手で答えながら、シドは短く「頼む」と答える。


「成立だな。努力はするが、期待に答えられるかどうかはわからん」

「よろしくお願いします」

「それじゃ、今度こそ出発じゃ。坊主、メイドの小娘にもよろしくな」 

「ああ、伝えておくよ」


 それじゃまた(サリュ)、というエマの言葉を残して走り去るリムジンを見送ると、二人は(きびす)を返し、ラウンジへと向かう。

 夕暮れがどんどん近づいてくる。イスパニアは温暖な国だが、秋の夕刻ともなればさすがに肌寒さを感じる。表での立ち話にはあまり向かない。


「最後の質問、なにか意図があってのことでしょう?」

「まあな」


 窓際のテーブルを確保した二人の前に並ぶのは、無糖のコーヒー、それに紅茶。あれだけ大量のお菓子を胃に収める様子を見せつけられたのだから、今だけは苦味を求めてってバチは当たるまい――という点で、シドとカレンの意見は見事に一致していた。


「今後の布石につながるかもしれないし、そうならないかもしれない」

「なんですの、それ」

「うまくいけば御の字、そうでなかったら別の手を探すだけだ」


 唇を尖らせてみせるカレンを、シドはどうにか見て見ぬ振りでかわそうとする。あやふやなままの方策を喋って惑わすわけにもいかないだろうという彼なりの配慮だが、果たして伝わっているかどうか。

 やがて諦めたように、淑女は上品に息をつき、別の話題を持ち出した。


「とりあえず、戦果は上々といったところかしら?」

「一歩前進、ってところかな」

「あら、ずいぶん謙虚(けんきょ)ですのね? 一歩どころか、数歩だと思ってもいいのではありません?」

「三歩下がって二歩下がる、って歌が日本(ジパング)にはあるんだけど、さすがにあんたも知らねーか」

「初耳ですわね。まあいいですわ、ちゃんと前には進んでるんですもの。何も悲観することなんてありませんわ」


 剣を振るうとは到底想像のつかない繊細な指でカップを取り上げるカレンの目は希望に輝かいている。そう意識した途端、シドはふと、郷愁(きょうしゅう)の念に駆られた。


 ――こういう関係は、昔と変わんねーんだな。


 養成機関(アカデミー)で出会い、ちょっとした事件をきっかけに行動をともにするようになったあの頃から、二人の役割分担はいつも変わらない。前向き(ポジティブ)なカレンが引っ張り、消極的(ネガティブ)なシドが舵取りをする。

 数年の間、違う土地と立場で仕事をしていたはずなのに、いざ一緒に動くとなれば、体も行動も勝手にあるべき立ち位置(ポジション)に収まるというのは、ずいぶん不思議なものである。


「どうしました、ムナカタ君?」

「なんでもねーよ。残りの仕事の話、とっとと済ませようぜ」


 たぶん、これからも、彼女との距離感はこんな感じなのだろう――。


 心配するな、と手振りで答えたシドは、半ば照れ隠しのようにコーヒーをあおるが、その予想以上の熱さと苦さに目を白黒させて咳き込んでしまう。その様子を見て微笑う淑女を見たシドは、ついバツの悪そうな顔になる。穴でもあったら入りたいところだが、彼も子供ではないのだから、いつまでもそんな顔のままではいられない。今後の予定について短い打ち合わせをする。


「資料の展開は、任せていいよな?」

「ええ、よろしくてよ」

「今回の件で、俺ができるのはここまでだ。あとは管理機構(きみたち)なり、警察なりから依頼を受けて動くことになる」

「頼りにしてますわよ、ムナカタ君」

 

 あんまり面倒なことにならなきゃいいけどな、とシドはため息をつく。一応人前だし、さらにここは一流ホテルのラウンジなので、あまり姿勢を崩し続けるわけにもいかないのはちょっと窮屈(きゅうくつ)だが仕方ない。渋々といった様子で身体を起こす。


「この後の捜査方針は、管理機構(ギルド)と警察の協議待ちか」

「ムナカタ君は、この後どう動くおつもりですの?」

「手弁当で仕事をする気はねーよ……と言いたいところだけどな」


 いくらシドでも、魔法使いもどきにまつわる一連の事件に肩までどっぷり浸かり、もはや抜け出せなくなっている自覚くらいはある。依頼人が警察か魔導士管理機構(ギルド)の違いだけで、何かしら厄介事を頼まれる公算も高い。ならば、最後まで事件に付き合って、収支をプラスにできるよう立ち回るのが得策というもの。そのためなら、多少の持ち出しをする覚悟をしておかねばならない。それが時間でも、金であってもだ。


「魔法使いもどきが事件を起こしたら、嫌でも駆り出されるからな。その時に楽できるように、ちっと仕込みでもしておくよ」

「あら、なにか名案がありまして?」


 それはまだ秘密だと言う代わりに、シドは自らの唇に人差し指をあててみせた。普通なら気になって問い詰めているのだろうが、先程の彼の振る舞いを考えれば素直に教えてはくれないと判断したらしく、余計な追求はしてこない。


「ちゃんと方策が決まったら教えてくださいね?」

「わかってるって。管理機構(そっち)はどうするんだ?」

「警察と連携して、捜査を進めていきます」


 これまであまり交わりのなかった二者がそんなに簡単に歩調を合わせられるか、疑問に思っているのはシドだけらしい。カレンは自信満々に微笑み、胸を張る。


「もうすでに準備も済ませています。話も通してありますから、後は動き出すだけですわ」

「ずいぶん手回しがいいな」

「備えよ常に、とはよく言ったものですわね」


 そう言って突然立ち上がったカレンは、訝しむシドを尻目に拍手(かしわで)を打ち、ラウンジ中に響く大音声で高らかに宣言した。


「さあ、皆さん! お仕事の時間ですわ!」

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