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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第10章 猫とメイド不在の日々
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10.14 ……姫様、今なんつった?

「これから話すことは、報告書には載せていない。アリーの言ったとおり、データの正確性にまだ難があってな」


 再びシドたちの方に向き直ったエマは、幼い見かけに似合わぬしかめ面を浮かべ、珍しくしばしの逡巡しゅんじゅんを見せてから切り出した。

 

「一つ、実験をした」

「実験?」

「一度、サンプルの追加を要求しただろう?」


 そう言えばそんなことありましたわね、とカレンは頬に手を当てる。

 この報告会の五日前、エマが急遽、分析用のサンプルを追加でよこせと申し出てきたのだ。おかげで、シドは一日で王都とハンディアを往復するハメになったのだが。


「実は、例の不明な成分を抽出して、ハンディア(うち)の患者に投与してみた」


 やっぱりこいつマッドサイエンティストじゃねーのか、とシドは顔を引きつらせる。よくわからない薬(・・・・・・・・)を、よりによって自分を頼りにしている患者に投与するなど、正気の沙汰ではない。

 カレンも同じ考えなのだろう、いつもの微笑みが消え、神妙な面持ちにとって代わられているし、膝の上で握られた手にも、いつものようにピンと伸ばした背筋にも、明らかに余計な力が入っている。

 場に漂う雰囲気の変化を察したか、幼女はバツが悪そうに言い(つくろ)った。


「二人の気持ちもわかる。我輩も、他に方法があるならそうしてたさ。重篤(じゅうとく)な副作用がでる可能性があることだって承知しておる。だがな、不明な成分の効果を見るには一番確実な方法だ」


 研究者と称される人間が垣間見せる非情さ。それを包み隠すこと無く、エマは実験(・・)の説明を続ける。


「対象とした患者は二〇人。面談の上、魔導士とそうでないもの一〇人ずつを選抜した」

「同意の上ってことか? そいつら、そんな訳のわからない実験によく賛同してくれたな?」

「これまでの信頼があってこそ、だよ」


 あんたがやってる実験はその信頼とやらを踏みにじりはしませんかねぇ――と皮肉をぶつけたいところだが、それはエマ達の内部の問題で、シドには関わりのないこと。これ以上話の腰を折るのも無粋なので、カレンが質問するのを黙ってみていることにする。


「選抜した患者さんは、魔導器官を持つ方と持たない方に分かれる。そういう認識でよろしいですね?」

「それでよい。そのグループに、例の成分を含む点滴を投与して、経過を観察した」


 今頃になっていうべきか否か、迷いでも生じたのだろうか。エマはしばし言葉を切って考え込む。そのためらい方たるや、快活で堂々としたいつもの話しぶりからは、とても想像がつかないものだ。


「信じがたい話かもしれんが、落ち着いて聞いてたもれ」

「いまさら何聞いても、ちょっとやそっとのことじゃ驚きゃしねーよ。何が起こった?」


 しびれを切らしかけたシドがカレンになだめられるのを待って、エマはゆっくりと口を開いた。


「魔導器官を持たぬ患者のうち、八名が、魔法を使えるようになった」


 予想していなかったエマの言葉に、シドもカレンも一瞬言葉を失い、目を丸くする。

 

「……姫様、今なんつった?」

「魔法を使えるようになった」


 今にもエマに掴みかからんとする勢いで立ち上がったシドだったが、カレンとアリーに押し止められて、どうにか席につく。


「間違いないんですのね?」

「少なくとも、今回のケースに関しては間違いない。それが普遍的なものか、全ての魔法を持たぬ者たちに同じ結果をもたらすかどうかは、今は断言できない。どの種類の魔法が使えるかは個人差もありそうだが、そこまで検証できておらん」


 テーブルに肘を付き、両手を組んで神妙な面持ちをしたエマは戸惑い混じりのため息をつく。


「魔法を失った元・魔導士が、薬の投与でかつての力を取り戻した例は腐るほど見ておる。それが我輩たちの飯の種じゃからな。機能しなくなった魔導器官を適切に刺激して、魔力の生成と変換を再促進しているのだから、それは筋が通ると思っておる。

 だが、もともと魔導器官を持たなかったものが魔法を発現させたとなると、話がまるで変わってくる」

「……それだけわかれば、管理機構(わたくしたち)が動く理由には十分ですわ」


 偶然とは言え、魔法使いもどきへと道がつながったこの機を、逃してなるものですか――。


 決意の炎を双眸(そうぼう)に灯し、カレンはエマをまっすぐに見据えて宣言する。


「我々の管理外で魔法が悪用されるのを、黙って見過ごすわけにはいきませんもの。そうですわよね、ムナカタ君?」

「魔法が使えても、悪用しなきゃいいだけの話なんだけどな」


 一方、淑女に話を振られた何でも屋からは覇気めいたものは感じられない。面倒そうに頭をかく始末だ。


「とはいえ、魔法が使える人間が野放図に増えりゃ、それに絡んだゴタゴタも増えるのも道理だからな。いくらそいつがメシの種でも、万屋(おれ)としてはあんまり歓迎したくねーよ。暇なのは勘弁だが、目が回るような忙しさも御免こうむるぜ」

「あら、じゃあ、手伝ってはくださるのね?」


 金次第だ、とぶっきらぼうに答えるシドに微笑みかけたカレンは、エマに頭を下げて礼を言う。


「貴重な情報、感謝いたしますわ、エマ様」

「お主らも、ずいぶん面白い標本(サンプル)を持ち込んでくれたものよ」


 ため息とともにボヤくエマの顔には、薄くはあるが笑みが浮かんでいる。


「さっきの結果も、昨日の午後の検査でやっと出たもんでな。研究者も医局も、上を下への大騒ぎじゃ。今は二十四時間体制で患者の監視中だ。なにせ誰も今まで見たことがない臨床試験結果だからな、無理もない」

「何の気なしに分析をお願いした薬に、まさかそんな効能があったなんて……」

「なんか、大事になっちまったな」

「まあ、お主らが気に病むことではないさ」


 恐縮する大人の魔導士二人を前に、エマは手をひらひら振って見せる。


「むしろ研究者の連中を落ち着かせるほうが大変じゃよ。未知の現象に出会うと面白がって燃えるタイプの者ばかりでの、血の気が多くて困る」


 そういうエマが一番楽しそうなのは、言わぬが花というものかもしれない。


「今回の契約で渡せるのは、この報告書だけだ。質問があれば、文書で送ってもらえるとありがたい」

「了解しました」

「それと」


 ニヤリと笑ったエマの口から飛び出したのは、シドが――そしておそらくカレンも――心待ちにしていた言葉だった。


「あの未確認の成分が人体に与える影響、実に興味深くての。こちらとしても実験と分析を続けたいと考えとる。当方(ハンディア)にはそのための追加の契約を結ぶ準備もできておる。正式な文書は帰ってから送らせてもらうぞ」


 向こうから協力を申し出てくれるなら願ったり叶ったり、だ。これほどありがたい話はない。


「お待ちしております。私からも、担当者に話をしておきますわ」


 よろしく頼む、と一礼したエマ。

 再び頭を挙げた時にはもう、年相応の笑顔の花が咲いている。


「さて、仕事の話はこれくらいにして、追加でなにか頼みたいんじゃが構わんかの?」

「エマ様、さすがにもう」

「いやいや、アリーさん、今日くらいは大目に見てください」

「そうですわ、折角の機会ですし、私からもお願いいたします」


 幼い女主人を諌めようとして魔導士二人に止められる、今日何度目かのやり取り。エマの生活を管理する立場と、シドとカレンの面子(メンツ)を潰せないという天秤で何度も揺れた長身メイドは、結局後者を選んでしまう。


「ありがたい話じゃのう。それじゃ、このページからこのページに乗ってるものを全部一皿ずつ」


 シドとカレン、二人の援護射撃に気を良くしたエマだったが、流石に調子に乗りすぎた。メニュー三ページに渡る注文をしようとしたが、さすがにアリーが許してくれず、重い拳骨をもらって目を白黒させる。


「なんじゃ! アリー、何もぶつことないじゃろう!」

「主人のレディらしからぬ振る舞いを止めるのもメイドの努め。そのためなら、私は鬼にでも蛇にでもなります」


 涙目になって反論するエマの姿は、駄々をこねる子供そのもの。ハンディアの統治者の威厳など、もはや影も形もない。


「だいたいアリーはいつもそうじゃ、我輩がレディらしくないといつも文句をつけおる!」

「テーブル一面に並んだデザートの皿を、目についたものから残らず平らげるレディがありますか! 三口でケーキを平らげるなど言語道断です!」


 女主人と専属メイド、平行線をたどるコースに入りそうな言い争いを前に、カレンは苦笑いを浮かべるほかない。その隣のシドはげんなりした様子で、勝手にやってろとばかりにコトの成り行きを見守っているのだった。

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