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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第10章 猫とメイド不在の日々
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10.10 弟子にみっともねー姿を見せるわけにもいかんだろう

 ニヤリと笑ったアンディは、分厚いバインダーをシドに手渡した。

 写真といいネガフィルムといいスパイカメラといい、外部の人間に捜査資料をあっさり見せるのはどうかと思うシドだが、責任を取るのは見せた側(アンディ)であると割り切り、変に深堀りせず黙ってご相伴に預かることにする。


「重要なのは最後の方のページだから」


 何度かみたことのある書式(フォーマット)で書かれているのは、化学物質の分析結果。グラフの読み方や、数字がなにを意味しているかまでは理解していないシドは、アンディの言葉に甘えて、初めから読み飛ばしにかかっている。

 最後に付されているのは検出された成分の一覧だ。具体的に成分が判明しているのは半分弱で、残りは特定できていないらしい。末尾の署名は薬学研究所の担当者のものだろう。


「アンディ、これ」

「警察も薬学研も、成分や効能を特定しきれない。どこぞの魔導士が持ち込んでくれた綺麗(きれい)な色の液体と状況が似てると思わないかい、センセイ?

 こいつはね、例のご老人の自宅から見つかった薬の分析結果だ。処方(しょほう)(せん)が見つからなかったから、本人が使ってたのか、動物病院で鳩用に処方されたのかはちょっとわからないけど、それはこの際どっちでもいい。老人が複数の薬を常用してたとしてもおかしな話じゃないしね。

 問題は、現場で見つかった薬のうち、成分の半分以上を特定できなかったことだ」


 なるほど、と頷いたシドは、一旦ペンを置く。

 タブロイド紙の発刊停止処分の原因となった、怪物(モンスター)の空撮写真。

 伝書鳩を愛する老人宅で見つかった、空撮写真のネガフィルムとスパイカメラ。

 これら二つを結ぶのが、成分のロクにわからない怪しい薬だ、とアンディは予想しているのだろう。以前シドに持ち込まれた栄養剤が成分不明だったという事実も頭にあったのかもしれない。


「ジジイの家で見つかった薬が魔法絡みのものだ、って言いたいのか?」

「そういうことだよ。まずは、その薬の成分が一般的でない(・・・・・・)ことを調べてほしいんだ。君の伝手(つて)を使って、ね」


 ある程度の証拠も揃った上に、クロの証言(・・)のことを考えれば、ありえない話でもない。そうなってしまえば、シドとしても真っ向から断る道理はない。


「話は大体わかったが、引き受けてもらえるかは聞いてみないとわからない。少なくとも、さっき見せてくれた分析結果は引き渡さないとダメだろうな」

「そのへんは上に掛け合うよ。あと、こっちでやっておくことはあるかい?」

「この仕事は管理機構(ギルド)経由で受けたい。俺からも伝えるけど、カレンに話を通しておいてくれないか?」

「委細、承知した」


 長い付き合いの二人である。一度意見が通じ合えば、後は多くを言わなくても話が進む。ここまで来ればアンディも少し肩の荷が下りた様子で、冷めたコーヒーを味わって少し不満そうな顔を見せる程度には余裕を取り戻したようだ。


「ずいぶん前向きに検討してくれるじゃないか?」

「なんだよ、文句あるか?」

「いや? むしろやる気を出してくれて助かるよ。こっちも仕事が捗るからね。

 ……これも、CCを差し向けたおかげかな?」


 ほっとけ、とシドは苦い顔をする。彼女の存在とお小言が彼をまっとうな生活に留まらせているのは事実だが、それを素直に認めるのは沽券に関わる。せいぜい


「弟子にみっともねー姿を見せるわけにもいかんだろうが」


 と強がるくらいだが、その内心を、アンディはとっくに見抜いているのだろう。


「そういうことにしておこう」


 と楽しそうにコーヒーを飲み干して、どこか楽しげに万屋を後にするのだ。

 その背中を見送ったシドは、少し疲れた顔で微笑ってみせると、自分の分のコーヒーを淹れ直し、仕事の方針について考えを巡らせてみる。

 一方、打ち合わせが終わってからしばらくの間は出窓から外を覗い、アンディの足音に注意を払っていた様子のクロだったが、安全距離(・・・・)まで遠ざかったと判断したか、ソファに飛び乗って大きくあくびをした。


「また厄介事が舞い込んできたねぇ、シド君」

万屋(ここ)にきた仕事で面倒じゃないやつなんてあったかよ?」

「違いないや。で、ああは言ったけど、どうするつもりなのさ?」

「カレン経由で、ハンディアに分析を依頼するさ。そこで断られたならご破算だ」


 また厄介な相手だねぇ、とクロは鼻を鳴らす。


「話を持ってくるやつが厄介なら、頼る相手も厄介だよね。情に訴えて通じる相手でもなさそうだし」

「しょうがねーよ、他にアテもないしな。治療は終わったけど、また何度かあの姫様のところに通うことになるかもな」

「やだねぇ……」


 心底嫌そうな声を上げると、クロはその場で丸くなる。

 ハンディアに行くと、クロは必ずといっていいほど体調を崩す。くしゃみが止まらなくなり、微熱に苛まれるのだ。それ以上の症状は今のところ見られないし、王都に戻ってくれば(道中の車酔いを別にして)元気になるのだけれど、ちょっと心配ではある。


「あんたも一度、姫様に診てもらうか?」

「冗談じゃないよ、向こうはこっちの正体に感づいてるかもしれないんだぜ? そんな医者にかかるなんてまっぴらごめんさ。そもそも、あそこにさえ行かなけりゃ僕は健康体なんだ」

「そこまで言うなら、無理にとは言わねーけどさ」


 シドが困った顔をしているのをいいことに、クロは牙をむき出しにし、しっぽを太くしてまくしたてる。


「だいたい、医者にかかるのになんでボクまで連れて行く必要があるんだ? しかもクルマしか手段がないときてる。ボクが乗り物に弱いの、知ってるだろ? 病院が怖いなんて歳でもあるまいし!」

「家に相棒を一人ぼっちにするのは心配だろ? それに、そもそもハンディアの立地は俺になんの責任もねーんだが……」

「調子のいいときだけ相棒扱いかい、まったく大したご主人様だよ」


 そこまで言い切ったクロだったが、さすがにやり過ぎたと思ったのか、少しバツの悪そうな顔をしてそっぽを向く。


「……まあ、心配してくれるのは、ありがたいけどね」

「素直じゃねーやつ」

「君だって人のこと言えた柄じゃないだろ」


 まったく、とため息交じりに起き上がったクロは、いつものようにちょっと(えら)ぶって胸を張る。


「まあいいや。これからも相棒として、君とその不肖の弟子の面倒はきっちり見てあげるよ」

「ん、よろしく頼むぜ」


 シドが差し出した拳を前足でひっぱたいたクロは、タバコの匂いが残る部屋は勘弁だ、と飼い主を残して表へ出てゆく。一人残されたシドは、仕事を先にすすめるべく電話に手を伸ばした。

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