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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第10章 猫とメイド不在の日々
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10.3 その心意気や良し

「やっぱエリート様は言うことが違うよね」

「あんたも十分出世組だろうが。三十代で警部やってる人間なんて天然記念物モノだぜ?」

「バカ言いなさんな、ハルパ警視は四十そこいらで警視だぜ? 僕が天然記念物なら、あの人はバケモンだ」


 朗々と上司の悪口を叩くアンディ、その口調と立ち振舞はおおよそ警察官らしくない。

 映画やテレビドラマに出てくる叩き上げ警部のように、無理を叩いて道理を引っ込ませるようなパワフルさも、頭脳と観察眼を振りかざして犯人を追い詰める怜悧(れいり)冷徹(れいてつ)さも感じさせない。身分を明かさなければ、そのへんの酒場(バル)にでもいそうな気のいい(あん)ちゃんである。

 そんな性格もあって、他人を露骨に(くさ)すような物言いをすることは少ない彼だが、ことハルパ警視の話となると、評価がやや辛い気がする。


「周りはなんて言ってるか知らないけど、正直、僕は今以上の肩書なんて望んでなくてね」

「そいつは初耳だな」

「現場でドンパチやってるほうがどうも性に合ってるらしいよ」


 コーヒーを一息であおったアンディは、即座におかわりを要求する。良くいえばリラックスしている、悪くいえばやや厚かましい振る舞いではあるが、シドが特に何も言わない以上、ローズマリーも素直にポットを傾けるほかない。


「上司がどんなやつでも、その命令には従う。それが警官って人種だ。でも、目の前の事件を点数稼ぎとか昇進の具としてしか捉えられないようなやつを理解しろ、とまでは命令されてないしね」

「なんとなくそんな気はしてたけど、やっぱあの人、そういう(へき)の持ち主か」


 心底残念そうにアンディが頷く。

 警察という大規模組織ともなれば、内部は決して一枚岩ではない。シドやローズマリーの預かり知らないところで、権謀(けんぼう)術数(じゅっすう)渦巻く派閥抗争、出世競争が繰り広げられているのだろう。


「CCが昇進を望むなら、僕は応援するし相談にも乗る。ただ、人の上に立つんなら、現場をちゃんと踏んどかないとダメだぜ。そういう意味でも、センセイのところに預けたのはやっぱり正解だったね」

「ハルパ警視は、現場に立つ機会が少なかったのですか?」

「少ない、ってのは多少なりとも経験があるやつに対して使う言葉だよ、CC」


 一見するといつも通りの朗らかなアンディだが、その顔にはデカデカと太字で「あいつはいけすかない」と書いてあるうえに、いつにも増して口が悪い。今までの話を総合する限り、彼とハルパはちょっと(・・・・)反りが合わないどころか、真逆の向きを向いているようにさえ思えてしまう。


「あの人は最初から幹部候補生として入庁してるからね。現場に立ったことはほとんどないはずだよ。そのくせ異動してからこっち、ひょいひょい顔だしてはいらん指示を出してくるから困っちまう」

「あんたがあの警視を嫌いなのはわかったし、ご不満なのも重々承知してるつもりだが、グチは自分の部下にこぼしてくれねーか、アンディ?」

「CCも僕の部下だぜ?」

「そんなら相手の年齢(とし)を考えろよ。そんな夢のねー話、年端もいかないお嬢さんにしてどうするんだよ」


 子供扱いされるのは不満だが、シドの不器用な気遣いは伝わるので、ローズマリーもさすがに無下にはできない。


「お互いにいい大人なんだ、文句は一旦棚上げにしようぜ、アンディ」

「ん、そうだね。CC、今の話は忘れてくれていいよ」

「そんなこと申されましても……」


 前向きに検討します、としか答えようがない少女を置き去り気味に、大の男二人の話が進む。


「さっきのとおり、本人にその意志があるのは確認した。俺としては、ローズマリーの研修の参加には賛成だ」

「その間はこの事務所の広さを持て余して、夜は一人枕を涙に濡らしてもらうことになるけど、いいかい?」


 面白くねぇ、とアンディの冗談を切り捨てたシドは、少女の方を向いて啖呵(たんか)を切る。


「心配してくれるのはありがたいが、昔は一人で切り盛りしてたんだ。君がいない間に事務所がゴミ屋敷になってたなんてことはないようにするから、安心して行って来い」


――たぶん大丈夫だと思う。大丈夫なんじゃないかな。……ちょっとは覚悟はしておくべき?


 数秒の沈黙の後、ローズマリーはしっかりと頷いた。彼女がここに来るまで、シドが一人で万屋を営んでいたのは純然たる事実。現に最初にこの事務所を訪れた時も、一応小綺麗ではあったではないか。

 想像を絶するようなひどいことには、おそらくなるまい――と信じたい。


「アンディ警部、研修の日程を確認しておきたいのですけれど」


 指し示したスケジュール表によれば、研修は座学と実技、合わせて二十日程度。ハンディア郊外で合宿形式で行われる。


「実技は問題ないと思うんだけど、座学は少し難しいかもしれないね。今年度入庁した新人の中でも、君はとりわけ若いから」

「大丈夫です、食らいついてみせます。新しいことを学べるのでしょう? ならば、決して無駄にはならないはずです」


 クールな顔立ちと華奢な背中からは想像できない気迫と、詩でも紡ぎそうな可憐な唇から飛び出す熱い言葉に、アンディは短く口笛を鳴らす。


「その心意気や良し。センセイの弟子にしとくには、ちょっと惜しい娘じゃないかい?」

「預けた側の人間が言うことか、それ?」


 研修に行かせると決めた以上、決めなければならないことがもう一つあるのだが、アンディが目だけで「それはまた後で」と語るものだから、シドとしては黙りこむほかない。


「それじゃ、研修の手続きを進めよう。いくつかサインしてもらう書類があるけど、それは後日、署に来て対応してもらうよ。担当からの詳しい説明は、そのときに改めて聞いてもらう」

「よろしくお願いいたします」

「それじゃ、お仕事の話はこれくらいにしようか。CC、次の一杯は紅茶にしてもらえるかな?」

「かしこまりました」

「ウチは喫茶店じゃねーぞ?」


 アンディの依頼どおり、律儀に紅茶を淹れて戻ろうとしたローズマリーだったが、客間の入り口で、ふと足を止める。

 彼女の目に映るのは、壊れた蛇口もかくやとばかりに警視への不満とグチをこぼし続けるアンディ。よほど鬱憤(うっぷん)が溜まっているのか、それともカフェインの過剰摂取でテンションがおかしくなっているのかは定かでない。その対面では、故郷・日本(ジパング)の伝統玩具である張り子の虎のごとく、シドが首を定期的に縦に振っている。完全に疲れ果てた様子の師匠の瞳から光が失われつつある様子はさながらホラー、あるいはサスペンスである。


 ――先生には申し訳ないけれど、できることなら巻き込まれたくないし、もう少しだけ、警察という組織に夢を見ていたい。


 そんな思いを胸に秘めた少女は、客間に戻る機会(タイミング)を先延ばしにするべく、少し早い昼食を作ることにした。なるべく手のかかるものができないかしら、と冷蔵庫を覗き込んで思案する彼女の背後では、アンディの御高説が変わらぬペースで朗々と響き渡っている。

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