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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第10章 猫とメイド不在の日々
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10.2 胸張って修行に行ってこい

 どう生きていくのか。

 己のあり方に対する問いかけに、ローズマリーは数秒考え込んだ後、小さくかぶりを振る。

 正直なところ、入庁直後から万屋ムナカタに送り出されてしまい、シドとともに魔法使いもどきにまつわる事件に首を突っ込むことになったものだから、組織内での立身出世についてはあまりきちんと考えたことがなかったのだ。


「警視、CCは大人びちゃいますが、まだティーン・エイジャーですよ? 僕が彼女くらいの年の頃は、将来のことなんてろくすっぽ考えてなかったけどなぁ。センセイはどうだい?」

「あんたと一緒にすんな……といいたいところだが、あいにく俺も似たようなもんでな。強くは言えねーよ。魔導士資格を取るとは決めてたけど、そっから先は正直あんまり」

故郷(ジパング)には帰ろうと思わなかったのかい」

「あんまり、ね」


 少女を見かねていつもの調子で助け舟を出してくれたアンディは、シドの言葉に我が意を得たりとばかりに話を続ける。


「おまけにこちらのお嬢さん、署のデスクにいるよりも、センセイのところであちこち走り回ってるほうが長いときてますからね。思うところはいろいろあるんでしょうけど、詳細にプランを詰めるなんてことはさすがにやっておりますまい。かくいう僕だって、自分のキャリアを明確に意識したのは、入庁から二、三年くらい経ってからですからね」

「でもバングルス君、君も定期的に昇進試験は受けていたでしょう?」


 そりゃまあ、とアンディは苦笑する。一見やる気に欠けているように見せかけて、要所要所はしっかり締めるのが彼の流儀(スタイル)。そうでなくては、若くして警部など務まるまい。


「CCさん、君は優秀だと聞いています。だからこそ、警察に入庁した最初の世代の魔導士として、貪欲に上の階級を目指す気構えを持つべきなのです。君の背中を見て、後輩たちが警察の門を叩く。それを常に意識していただきたい」

「四捨五入してやっとこ二十歳に手が届くくらいの女の子に背負わせるにゃ、荷物があまりにも重すぎやしませんかね、警視?」


 畳み掛けてくるハルパの眼差しが、獲物に狙いを定めた爬虫類に似ているものだから、ローズマリーは思わず背を強張らせる。その様子に感づいたアンディが苦笑交じりに上司をなだめてなければ、さすがの彼女も嫌悪感を顔に出していたかもしれない。


「それはそれとしてさ、CC。警察でどういうことをしたいか、まずは大体でいいから考えてみてごらんよ。部下の相談ならいつでも受けるしさ」


 少女は顎に手を当てて考える。

 彼女の目標(・・)のことを考えると、捜査する事件を選び、捜査方針を決められる階級には最低でもつかねばならない、というのはわかる。上司が立てた計画(プラン)に従って仕事をするだけの立場では、両親の仇を探すなど夢のまた夢。エプサノの事件の犯人とは相見えぬまま終わるだろう。

 

「CCさんはたしかに若いですが、逆に言えばそれはスタートを早く切れた、とも言えます。若いというのは不安要素も伴いますが、昇級を審査する側としては概ね好意的に捉えるケースが多いですからね」


 微に入り細に入った説明を始めたハルパ警視だったが、もともと粘着質の口調がさらに熱を帯びてきたものだから、シドまで目に見えて辟易し始める。それと同調(シンクロ)したかのように、窓辺でぬいぐるみ然と佇んでいた飼い猫――クロも嫌気が差したのか、どこぞへと姿を消してしまった。

 

「実戦については、バングルス君とムナカタ君のもとにいますから心配ないでしょう。ですが、それだけでは上に登っていけないのが、警察という組織です。CCさん、あなたが今以上の階級につくには、研修と昇進試験をパスしなければなりません。まずはこの研修を」

「まあまあ警視、この後は署で会議も控えていることですし、それほど時間もありませんから、細かい話は別の機会にしましょう」


 アンディは強引に割って入ると、上司の手から資料を取り上げ、そのままシドに押し付ける。


「CC、ハルパ警視の言うことは間違っちゃいない。警察ってのは、現場で功成り遂げるだけで昇進できるようなシステムになっちゃいないんだ。その功罪はともかく、ね。

 ただ、昇進すれば――察しはついてるとは思うけど、抱える責任が多くなるかわりに、裁量がどんどん増える。就いたポジションによっては、一度お蔵入りした事件の再捜査だって命じられるんだぜ?」


 ぴくり、とローズマリーの肩が動いたのを見て、アンディがほくそ笑む。君の考えてることなんてお見通しだぜ、と言わんばかりに。


「君には君の考えがあるだろうから、無理強いはしない。警察の中で立身出世するも、現場で職務を全うするのも自由だ。ただ、僕の経験から言うと、研修は受けとくべきだと思う。いざ昇進するとなったら受講必須のものもいくつかあるし、それに」

「……それに?」

「来て早々(そうそう)、センセイのところに出向させた自分の責任もあるから、ちょっと言いづらいんだけど……君、警察に友達いないだろ?」


 図星を指されてしまい、ローズマリーはすぐに言葉を返せない。

 知り合いなら、いないわけではない。万屋ムナカタは警察と連携して仕事をすることが多いし、度々報告に参上する都合上、署に足を運ぶ頻度は高いのだ。一週間と空けずに通っていれば、嫌でも顔見知りが増えるというものである。

 だが、上司のいないところでグチをこぼしあい、仕事がはねたら連れ立って食事に行く。そんな間柄の友人や同僚の類は、アンディの指摘どおり皆無だ。


「かく言う僕自身も、研修で知り合った連中のなかに、今でも付き合いがあるやつがいるんだ。同期の桜じゃないけど、一緒に苦楽をともにした仲間ってのも案外いいもんだよ」


 ローズマリーはふと、自分の日常を振り返る。

 起床して、身の回りの支度を済ませると、休む間もなく家事に取り掛かる。そのあとはねぼすけの師匠(シド)を叩き起こし、堂々と小言をつきながら昼まで仕事。午睡(シェスタ)は昼食後、きっかり三十分。午後もシドといっしょに仕事をし、夕方五時には万屋ムナカタも看板だ。夕食はごく簡単に、風呂は少々長め。夜は自室でクロとお喋りだ。ある程度の例外はあるにせよ、一日の大半を師匠とその飼い猫と一緒に過ごしていることになる。主に足を運ぶのは警察や魔導士管理機構(ギルド)、オンボロ教会だが、それらに所属する面々のプライベートをほとんど知らない。

 一緒に苦楽をともにしてきたのは、もっぱら万屋ムナカタの一人と一匹ばかり。あとはアンディくらいのもので、それ以外の人間関係は極めて希薄な気がする。


――私には優しい黒猫と先生がついていてくれるんだから!


 復讐という名の、後ろ暗い志。

 それを果たすために今の自分がなすべきことは、とにかく強くなること、魔導士として一本立ちできるだけの実力をつけることだ。そうずっと言い聞かせて、目的のためなら友達なんていなくても構わない、と強がってみせた少女だが、一抹(いちまつ)寂寥(せきりょう)感は拭いきれない。


 ――友達の有無は、ひとまず置いておきましょう。


 とにかく、警察の中で昇進をするメリットはわかったし、そのためには避けて通れない研修があるのも理解できる。出世と権力争いにはそれほど興味のないローズマリーだが、目的(・・)にその地位が役に立つ可能性があるなら、その準備として受けておく価値はあるだろう。何かしら学ぶところがあり、万屋での仕事に生かせるものもきっとあるに違いない。

 だが、少女にはもう一つ、心配事がある。

 彼女が不在の間の万屋がちゃんと回っていくかどうか、だ。その内訳は、シドと二人で切り盛りしている以上、仕事に変な穴が開いてしまわないかという不安が半分、師匠のだらしない生活態度への不信感が半分、といったところだ。


「万屋の仕事に支障が出なければ、受けたいと思っているのですが……」

「子供が余計な心配すんじゃねーよ」


 私がいない間も大丈夫でしょうか、と言外に語る少女の眼差しを、シドは鼻で笑って一蹴する。


「アンディが勧めてくれる話なら反対する理由はねーよ。そもそも君の人生を最後に決めるのは俺じゃない。若いうちから積み重ねた色んな経験が、最終的には君の財産になるしな」

「センセイ、時々、おっさん臭いもの言いするよね」

「やかましいぞアンディ……。とにかく、師匠がいいって言ってるんだ。弟子は胸張って修行に行ってこい」

「修行ではなくて研修なのですが……」


 研修を受ける当事者(ローズマリー)の意思と、その保護者(シド)の意見は一致した。あとは現場同士での調整を済ませるだけだ。

 アンディはぽんと手をたたき、話のまとめに入る。


「それじゃ、お二人の方針が固まったということで、ここからは実務の話を詰めましょう。本来なら警視にもお立ち会いいただきたいところですが、このあと会議でしたからね。もうそろそろ戻ったほうがいいでしょう」

「そうさせてもらいましょう。バングルス君はどうします? 迎えをよこしますか?」

「それには及びません、ムナカタ先生に送ってもらうことにします」


 勝手に話を進めるな、と言いかけたシドだったが、「この警視、ちょっと邪魔なんだよね」という魂胆(こんたん)が見え隠れするアンディの目配せを敏感に感じ取り、口をつぐんだ。

 

「では、詳細を詰めて、あとで報告してください」

「了解」


 玄関のドアがしまり、表で待たせていたクルマのエンジン音が遠ざかるのを聞いたアンディは、これでもかとばかりに盛大なため息をつく。そしてシドの方を見ると、まいったよ、と言う代わりに肩をすくめてみせるのだった。

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