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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第9章 猫とメイドと鋼鉄の怪物
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9.19 君の力を借りたい

「シド先生、お手紙ですよ」


 夕食後、美味しいコーヒーを楽しんでいたシドに一通の手紙がもたらされた。今時珍しい、封蝋で綴じた封筒に入っている王立工科大学のロゴに、透かしの入った上質な便箋が収められているとなれば、差出人に大体の予想はつく。

 ひとしきり目を通し終えると、シドはそっと、弟子に便箋を手渡す。


「よろしいのですか?」

「そうじゃなきゃ渡さねーよ」


 便箋に並ぶのは想像以上に流麗な文字だった。兄が内容を考えて妹が書いたのか、その逆なのかは定かではないが、どこにでもある何の変哲もない、いわゆる礼状である。


「お二人とも、大学で研究を続けられることになったんですね」

「まあ、あの一件の真相がどうであれ、シュタイン兄妹に落ち度はないからな」


 彼らの弁によれば、学内委員会でもそれなりの紛糾があったものの、ガーファンクル卿が弁護してくれたため謹慎処分のみで済んだという。もっとも、風の噂では


「ちゃんと事故報告も出したし、委員会でも我々に非はないと証明されてる、にもかかわらず謹慎とはどういう了見だ」


 とヴィクトールが噛みついたせいで謹慎期間が延長されたとのことだが、真相は定かではない。だがどうせあの男のこと、学内のお偉方だがなんだろうが気に入らないことがあれば噛み付き、敵を作って回っているに違いない。自分を曲げないのは結構だが、そのフォローに回っているであろう、マリアを筆頭とする研究室の面々の苦労が忍ばれるところである。


「『ガーファンクル卿が証言者として名乗りを上げてくれたのは貴君の働きかけによるものと伺いました。感謝いたします』……先生、そんな申し出をしてたんですか?」

「ま、こんな事もあろうかと思ってね」

「以前、先生お一人でガーファンクル卿のところにいったのは、このお願いをするためですか?」

「そういうことだよ」

「てっきり、あの事故の真相を問いただしに行ったのかと思ってました」


 さすがにそれは無理だ、とシドは柔らかく否定する。

 シュタイン兄妹との間でも、裏で手打ちを済ませているか、これ以上余計なことを追求するなと言外のプレッシャーでもかけているのだろうが、これはあくまでもシドの推測。そうでなければ、あの口うるさいヴィクトールが、何の声明も発表せずに大人しくしているはずもない。

 いずれにせよ、真実は闇に葬られ、表沙汰になることはない。それをつつこうとしても一文の得にもなりゃしない……と言ったら、きっと少女は嫌そうに顔をしかめて小言をつくだろうから、やめておく。

 

「そもそも、報告書を否定するだけの物証が手元にない。後ろ盾がない以上は、どんな反論も机上の空論で終わっちまう。何の裏付けもないのに、連中の主張を否定なんてしてみろ。メンツを潰されたって大騒ぎされて、目ぇつけられるのがオチだよ」

「それだけじゃないだろ」


 さっきまで丸くなったまま聞き役に徹していたはずのクロが、ニヤリと笑って口を挟む。


「シド君は事件の真相究明を棚上げにすることで、万屋と僕たちを守ることにしたのさ」

「どういうこと?」

「ボクらはでかい組織に嫌われたら、それで終わりなんだよ。特に管理機構(ギルド)を敵に回すわけにゃいかない。魔導士として生きていこうと決めたなら、資格剥奪だけは避けなきゃいけないんだ」


 シドはそれでもどうにかなる。いくらイスパニアの魔導士管理機構(ギルド)といえども、彼が持つもう一つの魔導士資格――日本(ジパング)の分までは剥奪できないからだ。

 だが、ローズマリーはそうは行かない。


「もし君が、この国の管理機構(ギルド)に目をつけられたとしたら、魔導士としての活動は一切できなくなる。イスパニア国外で活動しようにも、本国の許可が降りなければ、滞在先での資格発行はありえないからね。そうなっちまえば」


 君の目的はどうなる、とは口に出さない。

 そこまで言わなくても、少しうつむき加減で口を真一文字に結んだ少女を見れば、クロの意図を理解したことくらい察しがつく。


「真実に対して、常に誠実でありたいってのはわかる。俺も君くらいの歳のころはそうだった」


 軍も、管理機構(ギルド)も、腹に一物抱えた連中だ。時に露骨に、時にひっそりと、自分たちの思う未来を描くために奔走(ほんそう)する。おまけにどちらも権謀術数渦巻く、一枚岩とは言えない組織だ。総意として怪物(モンスター)退治に踏み切ったのか、一部の人間の独断で動いたすら定かではない。


「残念ながら、今の俺は一人じゃない。将来有望な弟子の育成を頼まれている以上、軽はずみな行動は慎まなきゃいけないんだよ。

 その中で、万屋の利益を最大化するのが、今の俺の仕事だ。そのためには、真実を解き明かしたいという好奇心を抑え込んで、軍と管理機構(ギルド)の主張を受け入れたふりをするしかない」

「猫も殺さずに済むしね」


 現役の猫が口にしてしまっては、笑える冗談も笑えない。


「でも、こうやって、シュタイン兄妹との繋がりをつくれた。軍や管理機構(ギルド)はどう思ってるかしらねーが、あれだけの技術を持った人間は貴重だぜ? 余計なことをしゃべらないだけでそんな二人とお近づきになれたなら、悪くはねーと思うけどな?」


 当方も魔導士ではないため、魔法については少々不勉強であります。いろいろご教授いただけますと幸いです。

 そのかわりとなるかはわかりませんが、魔導式のことでお困りでしたらご連絡ください――。

 

 本来であればこの事件、軍と管理機構とシュタイン兄妹の間で手打ちとなり、幕が引かれてもおかしくなかった。その関係性のどこかに割り込んで兄妹に恩を売る手段として、シドに取れるのはガーファンクル卿への進言しかなかったのである。

 たとえ社交辞令であっても、この文言を引き出せたのなら、シドとしては十分だ。


「専門分野で頼り頼られる、この素敵な関係を維持するために俺達が今やらなければならないことは、こいつだ」


 そう言ってシドが自分の部屋から持ってきたのは、透かしが入ったいつもより高価な便箋に、上質な紙を使った封筒。万屋ムナカタがお得意様と認めた相手にしか使わないとっておきだ。

 それらをずらりと並べて、師匠は弟子に頭を下げる。


「俺は無作法だからな。手紙を書くのに、君の力を借りたい」


 ローズマリーも姿形(なり)こそメイド服だが、元を辿れば良家の子女だけあって、手紙だの礼状だのはお手のもの。どこで覚えたのか知らないが、タイプライターの扱いも玄人はだしだ。万屋ムナカタから提出する書類の多くは彼女の手によるものである。

 だが、今回はさすがに、代筆をすべて頼むわけにはいかない。手紙の類は可読性が重要で、肉筆か否かは特に問題とは考えていないシドだが、向こうが直筆の礼状をよこした以上、その返答は彼自身の手によるもののほうがいい、と考えるくらいの常識は持ち合わせている。


「仕方ありません……しっかりついてきてくださいね?」

「ああ、よろしく頼むぜ、ローズマリー」


 悪いな、とすまなそうに言うシドをみてため息をつくローズマリーだが、頼りにされるのは悪い気はしないらしい。まったくしょうがありませんね、と呟く言葉とは裏腹に、口の端に浮かぶ笑みはどこか得意げだ。


「ところでさあ、シド君」


 だが、良くも悪くも空気が読めない黒猫が、やけに間延びした口調で鋭い質問をぶっこみ、穏やかで平和な空気をかき乱す。


「君、いつの間にかCCのこと、名前で呼ぶようになったんだねぇ」


 ふたりとも、今さらこんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。互いを名前呼びするようになってからそれなりに日が経つものだから、クロも特に気にしていないと油断していたのかもしれない。師匠は拝み手のまま、少女は腰に手を当ててちょっと偉ぶったポーズのまま、それぞれ固まってしまっている。

 そんな二人を見逃すほど、我らが黒猫は優しくなんかない。どこぞのチェシャ猫もかくやとばかりに、意地悪くにんまりと笑ってみせる。


「時期を考えると……【同調】を使って、ボクが長いこと伏せってたあの日かな? さあ、正直に話してご覧よ? 大丈夫、笑いやしないって」


 そんなの信用できるか、とシドは内心で毒づく。師匠のためらいと逡巡を話せば「とんだチキン野郎だね!」と罵られるだろうし、弟子のささやかなこだわりを話せば「そりゃちょいとチョロくないかい?」と笑われるに違いない。かと言って、もっともらしい嘘をこさえるだけの時間もない。

 さてどうするかね、と弟子の方をちらりと伺えば、受け止めるには少々重たい真っ直ぐな目線に射抜かれ、もう逃げ場はないと悟らされる。


 ――腹をくくれ、ってか?


 少女の信頼の眼差し、黒猫のなで肩から立ちのぼる異様なプレッシャーに押されたシドはすべてを諦め、事の顛末を素直に話さざるを得なかった。

 それだけならまだいいが、クロが大方の予想に反してあっさりと笑い出し、ローズマリーもそれに引きずられるように吹き出すものだから、シドとしては誰を信用していいものかわからない、と途方に暮れるしかなかったのである。

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