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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第9章 猫とメイドと鋼鉄の怪物
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9.18 どうか格段のご高配を

 シドは、もともと口下手な人間だ。

 彼の姉たちが口も達者で言葉も巧みだから、その反動で……というわけではないのだろうが、交渉事が上手く、駆け引きに長けているとはお世辞にも言えない。

 だが、 何でも屋という仕事柄、様々な形で折衝(せっしょう)しなければいけない機会が多いのも事実だ。


怪物(モンスター)の暴走の原因を作ったのは、一体誰なのか。ガーファンクル卿のお考えを伺いたい」

「……もう少し遠回しな言い方はできんのか?」


 そんな事ができたらとっくにやっている。

 器用に振る舞うのが苦手と自認しているシドは、遠慮会釈なく本題から畳み掛けてゆく。苦手な搦手に頼って失敗するよりナンボかマシ、というのが彼の言い分である。


「……その性格は、昔とちっとも変わらんな」

「他に取り柄もありませんので」

「本音でも嘘でも、そう切り込める貴様が(うらや)ましいよ」


 少し疲れたように、小さく息をついた卿。表情は先程より、少し緩みつつある。


管理機構(ギルド)は計画のオブザーバーであり、事故の調査担当だ。わしもそこに属する身である以上、報告書に書かれていることが全てだ、としか答えようがない」


 魔導士管理機構(ギルド)、その理事ともなれば、言動一つにさえ十分注意を払わねばならない。時と場合によっては、彼の発した一言が魔導士の総意と解釈されることさえある。公・私的な場を問わず、不用意な発言を避けねばならない立場の人間らしい返答に、シドはほんの少しだけ同情する。

 だが、彼が聞きに来たのは、魔導士管理機構(ギルド)理事の建前ではない。


「一介の魔導士としてお答えいただきたい。本当に、怪物(モンスター)の暴走は外部の業者によって引き起こされたものとお考えですか?」

「そうは言うがな、ムナカタ。シュタイン兄妹が致命的な設計ミスをしていたわけでもなければ、あの場にいた誰にも、そんな事件を起こすだけの動機はないだろう?」


 果たしてそうでしょうか、と静かに異を唱えたシドは、懐から引っ張り出した愛用の手帳に眼を走らせた。


「内覧会でのやり取りをみた限り、軍とシュタイン兄妹の間には明確に意見の相違があったと推測します。

 軍は怪物(モンスター)は早急な実戦投入を望んでいましたが、シュタイン兄妹は違う。軍の要求に合わせるために、活動時間の面で改善が必要と提言していた。下手な性能のまま納品したとなっては、彼らの今後の活動に差し支えますから、当然の回答かと思います」


 調査報告書の大元締めに半ば喧嘩を売るような物言いだが、ガーファンクル卿は特に気にする様子もなく、続きを話すように促してくる。残り時間がどれくらいかわからないが、早く済ませるに越したことはないだろう。


「どういう経緯ををたどったかは定かではありませんが、王立工科大学と軍の間の溝が広がりつつあったのは間違いないでしょう。そうでなければ、さすがのヴィクトールも公衆の面前で、共同研究者をあそこまでくさすこともありますまい」

「……確かに、あの態度はあまり褒められたものではないな」


 それに、と続けたシドが思い浮かべるのは、面子にこだわる軍の体質だ。


出資者(スポンサー)の中には、軍とつながりのある企業もいる。その面前でオブラートに包むことなく、ほとんど役に立たなかったと言われるんです。普段はどういう関係か……なんとなく想像はつくでしょう」


 ヴィクトールは非常に癖が強い男だ。

 研究の最前線を走り、その分野の第一人者である人間は、多かれ少なかれ我が道を行く強さを備えている。まっすぐ自分の進む方向を見据え、立ちふさがる万難を排して目的を達成する、そんな強さだ。

 それにしたって、ヴィクトールには協調性というものがなさすぎるように見える。実力や姿勢を認めた者と、そうでない者に対する接し方に極端に差があると、ああいう振る舞いにもなるかもな……というのがシドの見立てだ。悲しいかな、そういう手合の魔導士も少なくないからだ。


「だがムナカタ、外部業者による工作、制御システム書き換えと思われる痕跡はどう説明する?」

「シュタイン兄妹に反発した軍が裏で手を引いてるなら、いくらでもでっち上げられるでしょう」

「それはまた」


 乱暴な、というガーファンクル卿の吐き捨てるような呟きは、聞こえなかったふりをしてごまかす。

 アクの強い性格の代わりに――といったら本人は怒るかもしれないが――彼が才と行動力にあふれた人間であることは言をまたないだろう。自分の専門分野を核に立ち上げた一大プロジェクトに軍や多くの出資者を巻き込み、やや内気な魔導式の天才である妹・マリアの技術と自らの知見を融合して、魔導炉(リアクタ)そして怪物(モンスター)として結実させた手腕は並大抵のものではない。

 

怪物(モンスター)は電力を魔力に変換して動く、技術の粋を集めた最新鋭の大型機械です。魔導炉(リアクタ)を暴走させた上に過剰魔力の処理機構を逆手に取って自爆させるなんて、怪物(モンスター)を動かす原理原則と設計を把握してなければ成しえないはず。軍に出入りする一介の業者の手に追えるシロモノではないでしょう」


 魔導炉で生成された魔力の余剰分のうち、一部は魔導式を介して蓄電池へと戻されるが、残りは熱に変換される。

 では、魔導炉で生成された膨大な魔力が、すべて蓄電池や放熱システムに回ったとすれば、どうなるか。その安全機構についての配慮が足りなかった、というのは、報告書中でも問題点として挙げられてはいた。だが、自爆の決定打になったのは安全機構への配慮ではなく、制御が乗っ取られ、魔導炉(リアクタ)での【逆変換】が暴走したことにある。それを人為的に起こせるのは、怪物(モンスター)の構造を知っている人間だけだ。


「軍から派遣された技術者が、怪物(モンスター)を暴走させる仕込みをした。貴様はそう見込んでいるのだな?」

「さらにいうなら、軍の人間のほうが電源を細工しやすいというのもあります。ですが、くれぐれも推測ということをお忘れなく、ガーファンクル卿。残念ながら、自分の手元には物的証拠がありません。断定はしかねます」


 推測は大胆でも、言葉選びは慎重に。変に揚げ足を取られて、貴重な時間を余計なフォローに割かれるのだけは避けなければいけない。


「確かに、物的証拠がないのは惜しいな。もっとも、それは貴様の活躍の裏返しでもあるのだが」

「そのことについて、ちょっと伺いたいことがございます。なぜ、卿自ら、怪物(モンスター)の制圧に動いたのです?」


 下手を打てば卿に目をつけられるだろうが、この質問をするために来たと言っても過言ではない。この答えを聞かずに帰るくらいなら、はじめから来ないほうがなんぼかマシだ、という気構えで、シドはここに立っているのだ。


「魔法絡みの新兵器が暴走して、出席者が危険にさらされているのだぞ? 魔法と魔導士を監督する組織に属する以上、あの場はああするしかなかろう」

「そうでしょうか?」


 何が言いたい、と睨みつけてくる卿の眼差しは、獲物を狩るときの猛禽類(もうきんるい)を彷彿とさせる。だが、その反応はすでに織り込み済みである。


「あのプロジェクトにおいて、管理機構(ギルド)はあくまでもオブザーバーです。怪物(モンスター)が引き起こす様々な事態の矢面に立って対応する立場ではない」

「あの状態で何もせず、被害を受けるのを座して待てとでも言うのか? 貴様、正気か?」

我々(オブザーバー)が取るべき行動は、いいところ出席者を守ることでしょう。暴走した怪物(モンスター)の鎮圧ではない。それは本来、研究の責任者であるシュタイン兄妹と、そのパートナーである軍の仕事のはず。

 だが、実際に非常対応の主導権を握ったのはあなただ。ヴィクトール・シュタインに面子を台無しにされたにもかかわらず、非常事態の対応を魔導士管理機構(ギルド)明け渡すというのは、体面を重んじる軍の行動として一貫性が取れていない。

 でも、軍と管理機構(ギルド)が共通の思惑を持ち、事前に何かしらの取り決めをしていれば、話は別です」


 卿は何も答えない。まばたき以外に動きがなく、表情筋が仕事を放棄したような厳しい顔のまま、シドを睨みつけている。


「あなたにしてみれば、自分は非常に都合のいい魔導士だったでしょうね。急な呼び出しに応えられる昼行灯、その魔法の特性は百も承知。他の出席者を守る盾として使える。怪物(モンスター)が自爆しても、それを抑え込むだけではなく、なかったコトにまででき、貴重な証拠さえこの世界から消せる」


 さすがのシドも、ぴったりな配役(キャスティング)じゃないですか、とまでは口にしなかった。下手な発言をしたら【弾丸】で頭を撃ち抜かれるんじゃないかと思わせるくらいに、ガーファンクル卿の全身から殺気が満ち溢れていたからだ。


「……貴様、どこまで知っている?」


 答えようによっては万屋ムナカタ廃業の瀬戸際である。


「何も知りません。先程も言いましたが、すべて推測です。決定的な証拠なんてありません。仮に証拠を握っていても、告発なんてできませんよ」

「……なんだと?」

「あなたからの依頼を受け、報酬を受け取っているからです。非常事態にあなたの支持に従うという契約に従って動いた時点で、我々は同じ穴のムジナだ。告発する資格なんてあるはずもない。この推測は墓まで持っていきますので、ご心配なく。

 そのかわりと言ってはなんですが、いくつか質問をさせていただきたい。あなたはどこまで知っているのですか、ガーファンクル卿?」


 涼しい顔で言い放つシドを見て、ガーファンクル卿は深くため息をつき、ことさら重々しく答える。


「報告書に書かれていることが、わしの知っているすべてだ」


 ――それ以上の追求は許さない。


 言外にそう滲ませながら、威圧感たっぷりにそう告げるガーファンクル卿に、これ以上推論を話したところで無駄なこと。おそらく、彼の口から真実が語られることはないと判断したシドは、一旦矛を収めることにする。


「事故のことはこれくらいにして、今後の話を少ししたいのですが、よろしいですか?」

「なんだ、まだあるのか?」


 またなにか面倒なことを聞かれるのか、と苦い顔をされるシドだが、彼と話をできるチャンスが次いつ巡ってくるかわからない以上、今のうちに聞けることは聞いておき、頼めることは頼んでおかないといけない。


「シュタイン兄妹の今後の処遇は、どうなるのでしょうか?」

「……貴様らの活躍のおかげで、被害は最小限に留められた。だが、事故が起こったという事実は揺らがないし、膨大な研究開発費をつぎ込んだ怪物(モンスター)も失われてしまっている。報告書の内容がああである以上、軍や管理機構(ギルド)が事故の責任を問うことはないが、王立工科大学は話が別だ。学内委員会にかけられて、そこで処遇が決まることになるだろう」


 それならば、とシドは最後の提案をする。


「実際の現場に立ち会い、事態の収集にあたった当事者として、卿が証言することは可能でしょうか? 彼らに落ち度がなかったことを、御自ら証言していただきたい」

「何を言うかと思えば」

「二人の研究が、あなたの言うところの魔法を貶める(・・・・・・)行為にあたると本当にお考えですか? 二人の技術と知識は、必ず世の人々の役に立つはずです。あなたが本当に魔法の将来を憂うなら、どうか格段のご高配を」


 言いたいことはこれで全ていった、はず。シドは卿の返事を待たず、一礼するとそのまま踵を返す。

 感情の変化に乏しい卿の眉間に、一層深く刻まれたシワ。それは質問の意味を解しかねたからなのか、それとももっと別の思いが彼を支配しているせいなのかは、シドには正直わかりかねた。

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