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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第9章 猫とメイドと鋼鉄の怪物
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9.17 腹を割ってお話しいただきたい

 怪物(モンスター)暴走事故から、およそ一ヶ月弱。

 軍と魔導士管理機構(ギルド)の連名で、事故の見解が発表された。別に新聞やニュース番組で報じられたわけではなく、関係者に報告書が送付される、という程度のものだ。

 関連資料を除けば五十ページ程度の報告書、概要をかいつまんで言えば、以下の通りである。

 

 事故は、中央管制室から怪物(モンスター)の制御プログラムが書き換えられたことで発生した。

 出入りの業者が定期点検の際に仕込みをしていた痕跡が見つかったとのことで、その記録(ログ)も報告書に添付されている。その業者が、怪物(モンスター)お披露目の日程を知って仕込みをしたのか、制御プログラムの内容をどうやって知りえたのかは、今の所不明。当の犯人は既に行方をくらませており、目下捜査中とのこと。

 制御プログラムの乗っ取りは、怪物(モンスター)の背中に繋がれたケーブル経由でなされたものと推測されている。あれは単に電源を供給するものではなく、二系統の通信線も内蔵されていた。格納庫につながるものと、射爆訓練場の中央管制室につながるものだ。

 制御が乗っ取られた結果、怪物(モンスター)は内覧会の参加者を襲った後、自爆する。その原因は魔導炉(リアクタ)での過剰な魔力生成に対し、放熱による処理が追いつかなかったこと、蓄電池(バッテリ)への回生が過剰に行われたことによる、と結論付けられていた。


 ひとしきり報告書に目を通したローズマリーは、開いた口が塞がらない、といった面持ちでシドの方を見る。見られている方としては、そんな顔をされてもどうしようもないのだが。


「……報告書って、これがですか?」

「調査しています、って姿勢を見せるのが大事って考えたんじゃねーのか? 疑いを持たない、技術のこともよくわからない、ましてや何らかの証拠を持っているわけでもない一般の方々(スポンサー)からすれば、これ以上追っかけるってわけにも行かんだろうし」

「だからって、いくらなんでもこれは」


 お粗末すぎやしませんか、と口に出して言わないだけ立派だ。シドが彼女ぐらいの歳の頃は、思ったことをうっかり口にしてよく注意されたものである。


「犯人、見つかりますかね。……そもそも実在するんでしょうか?」

「さあな」


 ソファに行儀悪く座り、先程開封したばかりの報告書を読むシドは、気のない返事を返すばかりで表情も締まりがない。だらしない師匠の姿に、対面のローズマリーはつい唇を尖らせ、傍らに座るクロは諌めるように鳴く。


「ちょっと前のやる気はどこに行ってしまったのやら」

「熱しやすく冷めやすい年頃なんだよ」


 そう言いながらも、シドはページを繰る手を止めないし、報告書から目を離さない。

 外部の業者の手によって中央管制室から何らかのプログラムが実行されたとのことだが、怪物(モンスター)の制御システムのどこが書き換えられたかなど、具体的な記述はされていなかった。それもそのはず、自爆しようとした怪物(モンスター)は、シドによってこの世界から葬り去られてしまったからだ。「現場に立ち会った護衛担当の魔導士により、爆発による損害を防ぐべく処理された」の一文が、妙に皮肉めいて見える。

 もっとも、あの場では他に選択肢なんてなかった。【圧縮】した魔力で暴走した怪物(モンスター)をまるごと包み込んで消し去る。それが許されないなら、シド達もろともあたりが吹っ飛んでいたことは想像に難くない。

 

「ローズマリー、君はこの報告書、どう見る?」

「事故の全容が明らかになっているとは言えません。内容だけみれば、中間報告程度のものかと」

「この調子だと、追加報告が出てくるのは、例の業者が見つかったあとになりそうだな」

「そんな業者、いるかどうかも怪しいし、いたとしてももう亡き者かも知れないぜ?」


 少女の膝に乗り、一緒に報告書を覗き込んでいたクロも、どうも腑に落ちんと言いたげに首をひねっている。


「……どういうこと、クロちゃん?」


 ローズマリーの問いかけに、簡単な話さ、とクロは胸を張って答える。


「隠したいことがあって、嘘をでっち上げてる可能性がある。そうだろ、シド君?」

「あくまでも可能性の話だ。だが、あれだけの事故の調査報告の内容がこれじゃ、鵜呑みにする訳にはいかないな」 


 嘘をでっち上げている。

 クロのあけすけな指摘を、シドは否定しなかった。物証がないから表立って指摘できないだけで、軍や管理機構(ギルド)が裏で手ぐすねを引いているのは、だいたい想像がついている。


「……シド先生、これからどうなさいます?」

「まあ、真相は結局、闇の中だろうな。下手に手を突っ込めば引きずり込まれちまう。探偵ごっこはこれで終いだ」

「ですけど」

「でももストライキもねーよ。虎穴に飛び込んで虎の子を見つけるどころか、親の待ち伏せを食うようなことになってみろ、丸損のほうがまだマシってこともありうる」


 真実を知りたいという少女の正義感もわかるが、いささか若い考えだ。シドには今の立場と万屋を守るという、大人特有の事情がある。下手に藪をつついて、軍や管理機構(ギルド)といった大蛇を相手にするのは避けたいのだ。怪物(モンスター)暴走事故から足を引っこ抜くには、ここらが潮時だろう。

 これ以上、事故の真相を追うことはできない。そもそも、報告書はれっきとした公式文書だ。お偉いさんの裁可を受けて公表しているわけで、異論を突きつけたところでいまさら覆るものでもない。

 少女は無念そうだったが、万屋の活動方針を決めるのは彼女ではなく、代表(シド)である以上、異論は認められない。


「そういうわけだから、ちょっと出かけてくる」

「どういうわけだよ」

「どちらへお出かけですか?」

管理機構(ギルド)。ガーファンクル卿と話をしてくる。ちょっと質問があってな」


 クロのツッコミを苦笑いでいなしたシドは、必要以上に元気よくソファから立ち上がってジャケットを羽織ると、お供いたします、立ち上がりかけたローズマリーを制した。

 

「ここからは大人の話し合いだ、将来(さき)のある魔導士を巻き込むワケにはいかないさ」


 でも、と身を乗り出そうとしたローズマリーだったが、クロが首をふるのを見て思いとどまる。


「わかってくれてありがたいよ、CC。ここはシド君にまかせておこう」

「……クロちゃんまでそう言うなら引きますけど、子供扱いはやっぱり納得がいきません」


 渋々といった面持ちで矛を収めたローズマリーの頭をぽんと叩けば、出てくるのは子供扱いに対する抗議の言葉。苦笑交じりの背中でそれを受けたシドは、そのまま市電の駅へと赴き、目的地――管理機構(ギルド)庁舎へと足を向ける。

 路面電車(トラム)のドアにもたれかかり、車窓を眺める彼の眼光は、先程までソファでだらけ、弟子をからかった人間とは思えないほど、鋭く冷たいものだった。




「急に卿に取りつげだなんて、なんて無茶おっしゃいますの、ムナカタ!」

「無茶はお互い様だろ、そっちだって事前連絡(アポ)なしで来やがった前科があるだろうが」

 

 自分のことは棚に上げやがって、と舌打ちしたシドはずんずん廊下を進む。仕事で頻繁に訪れることもあり、管理機構(ギルド)庁舎の勝手は百も承知。ウルスラの案内がなくたって、ガーファンクル卿の執務室がどこかくらいわかっている。


「卿と話をするってだけだ、それ以上の用はねーよ」

「あなたがそんな顔をするということは、たいてい悪い話ですわ!」

「……内心ではなんとなくわかってんだろ?」


 図星を突かれたのか、ウルスラの小言が止まる。

 シドを本当に止めたいと思うなら、とっくに実力行使に出ているはずだ。いくらシドが一流の【防壁】使いであっても、彼女だって相応の実力者、本気で向かってこられては無事ではすまない。相手が顔見知りだからといって手心を加えるほど、ウルスラ・ベラーノは甘い女ではないのだ。

 でも、彼女に魔法を使う気配が見られない。それはシドが庁舎(ここ)に来た意図を薄々察しているからだ、と踏んでいたのだが、どうも正解のようである。


「そんなわけだ、卿に会わせろ」

「そ、それが人に物を頼む人間の顔ですか!」


 人相の悪さは生まれつきだからしょうがねーだろ、と嘆息したシドは、ひときわ重厚なドアをノックもなしに開け放った。後ろでウルスラが喚いているのは、積極的に聞こえないふりをする。


「そろそろ来る頃と思っておったぞ、ムナカタ」

「それはどうも」


 椅子に座ったまま、非礼を気にする様子もなく微笑ってみせるガーファンクル卿だが、眼だけは別の生き物のように、シドにプレッシャーを掛けてくる。


「で、用件は何だ?」

「そのまえに」


 シドは遠慮会釈なく、背後のウルスラを指差す。


「内密に話をしたいので、後ろの秘書殿を退出させてくださいませんか

?」

「ムナカタ、あなたねぇ!」

「ウルスラ、すまん、彼の言うとおりにしてくれ」


 卿にそう言われては、さすがの彼女も引き下がらざるをえない。彼女に一瞥もくれないシドの背中をこれでもかとばかりに睨みつけると、一礼して執務室を出てゆく。感情の乱れは相当のはずだが、去り際の足音もなく、重い扉も静かに閉めていくあたりが、ウルスラがいかに優秀な秘書かを物語っている。


「改めて問おう、ムナカタ。なぜここに来た?」

「何の件かは、卿もお気づきのはずです」


 シドが小脇に抱えた封筒から取り出したのは、今朝届いたばかりの報告書だ。

 あの事故の場にいて、その鎮圧のきっかけとなった一撃を繰り出している以上、卿も無縁ではない。そもそも彼は管理機構の理事、当然この報告書には目を通しているはずだ。


「例の事故の件で伺いたいことがございまして、突然ではありますが参った次第です。可能であれば、腹を割ってお話しいただきたい」

 

 若干芝居がかった挨拶を聞いても、卿の表情はピクリとも動かない。決して大柄ではない卿が(まと)う、周囲の空気の流れさえも支配してしまいそうな威厳に、シドは圧倒されそうになる。

 

 ――強敵だが、これも万屋(俺たち)の今後のためだ。


 目論見のサイズとさらされるプレッシャーのアンバランスさを嘆いてたところで、自体は好転しない。大きく深呼吸をしたシドは、ジャケットの襟を正して覚悟を決めた。

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