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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第9章 猫とメイドと鋼鉄の怪物
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9.13 若いうちの失敗はいいことだ

 何時間眠っていたのだろうか。

 何かを思い出したかのように覚醒したシドは、目だけ動かして周囲をうかがった。驚きの白さの天井に、綺麗な洗いたてのシーツ。そこまで見れば、医務室に担ぎ込まれたということは嫌でもわかる。

 両足の指、足首、膝、大腿。

 両手の指、手首、肘、肩。

 体の末端から順番に、どうにか動くことを確認したシドは、腕の痛みをこらえてそっと掛け布団をめくり、体を起こす。針が落ちる音さえ響きそうな静けさがかえって違和感を生じ、消毒液と思しき匂いが鼻を突く。足のあたりに感じる謎の重みは、クロが丸くなって寝息を立てているからだ。

 【同調】で繰り出した大威力の魔法と引き換えに、体に過大な負荷がかかって倒れた、と思い当たるのに、そう長い時間はかからなかった。


 ――昔のようには行かねーか。


 制御帯が指先まで巻かれた両手を見つめて、シドは小さくため息をつく。

 以前――エプサノの惨劇より前――にも似たようなことはやっているが、その時は倒れこそしたけれど、意識を失うまでは行かなかった。わかっていたつもりではあるけれど、確実に弱くなっている(・・・・・・・)自分を目の当たりにし、内心歯噛みする。


「おはようございます、先生」


 間仕切りのカーテンを小さくめくり、遠慮がちにローズマリーが声をかけてくる。シドが体を起こしたのを確認した彼女は、水差しとグラスを携えてそばにやってきた。

 時刻を聞こうとして、シドは口をつぐんだ。少女の挨拶を考えれば、何時かなど聞くまでもない。


「先程、ヴィクトール先生とマリア先生が事情聴取に呼ばれていきました」


 そうか、とシドはヘッドボードに寄り掛かる。窓から差し込む光は柔らかいが、目を覚ましたばかりの彼には少し眩しすぎる。ローズマリーが気を利かせて、ブラインドを閉めてくれた。


「体調はよろしいのですか?」

「それよりも、やっておかなきゃなんないことがある」


 大規模な爆発を抑え込むのに大量の魔力が必要だったとはいえ、まさか十二時間近く寝込むことになるとは思っていなかった。まだ本調子ではないし、できるならクロのようにもう一眠りしたいところではあるが、後回しにしてはいけないものがあるのも事実だ。

 ちょっとこっちに寄れ、と手招きしてくるシドに素直に従ったローズマリーだったが、その額を鋭く小突かれて思わず後ずさる。


「な、何するんですか!?」

「言うこと聞かずに先走って武器を振るった弟子への愛のムチだよ。どうして突っ込んだ?」


 問い詰めるシドの口調は静かだが、有無を言わさぬ凄みに満ちており、少女は即座に答えられず口ごもる。


「俺は『注意を()け』とは言ったけど、『攻撃しろ』とは言ってない」


 シドが追求するのはローズマリーの独断専行の理由。現場では問いただす余裕も時間もなかった。その分はここで叱っておかなければ、機会は永久に失われてしまう。


「あれだけのパワーを発揮して、しかも敏捷性が高い相手です。足を止めることができれば、こちらが優位に立てます」


 珍しく厳しいシドの眼差しにさらされたローズマリーの反論は、いつもよりやや堅い。言っていることは正しいのだが、少々自身がないのか、動揺が僅かに瞳に滲む。


怪物(モンスター)のカメラに私が映らないとのことでしたから、速度を落とす必要もありました。それらを総合すると、あの段階で私が取れる手段は」

「わざと魔力を消耗する、ってか?」


 小さく頷いたローズマリーを見て、シドはこめかみに手を当てて嘆息する。


「そのためにトンファーの制御帯を外したってのか? 全く無茶してくれる」


 怪物(モンスター)に一撃を叩き込んで、その機動力を奪う必要があったのは事実だ。だが、あの段階でそこまで無茶をしなければならなかったというと、そうではない。


「着眼点自体は悪くねーんだよ」

「だったらなぜ」

「タイミングが悪い。相手がこの後どんな手を繰り出してくるかわからねーのに、開始早々からこっちが消耗した状態を作り出す必要がどこにあんだよ?」


 少女のものより劣るとはいえ、シドも【加速】魔法を使える。ならば囮役はそちらに任せ、(きた)るべき時のために力を蓄えておくことだってできたはず。わざわざ手負いの状態で挑んでやる義理も道理もないのだ。


「相手の足を止めるってのは確かに常道、魔導士相手だって例外じゃない。体の構造も強度も基本的には普通の人間と一緒なら、【強化】魔法を使ってくる相手に対してどう対処するかだけ頭の片隅に置いていればいいってのは確かだ。

 でも今回の相手は違う。人間に似せてるのは姿形(シルエット)だけで、中身は機械そのものだ。『身体の各部に設置された魔導炉に電力を送る』って説明、忘れたわけじゃねーだろ?」


 師匠の指摘で一つの可能性に思い至ったか、ローズマリーは色白な顔を見る見るうちに青くする。


「魔力だけを体の各部に供給してたなら、手足を狙えって指示も躊躇(ちゅうちょ)なく出せただろうよ。でも怪物(モンスター)の動きを決めてるのが、手足の魔導炉に供給される電力の強弱なら話は別だ」

「……体内を大電流が流れてた可能性がある、ということですか?」

「可能性も何も、それ以外に解釈の余地はねーだろ? 今回はトンファーがそんなに食い込まなかったから大事には至らなかったけど、もし骨格がヤワだったり、打ち込んだ先にたまたま蓄電池(バッテリー)があったりしたら、下手すりゃ君は死んでたぜ?

 相手の素性がよくわからないのに手を出すのは危険過ぎる。一撃を加えるのは、もうしばらく様子を見てからでも良かったんじゃないか?」

「でも先生、向こうは最終的に自爆しようとしていたじゃないですか? そうなる前に足を止めないと」


 ここまで浅慮をズバリと指摘されては、ローズマリーもなかなか反論しにくいはず。それでもどうにかその(いとぐち)を見つけようとするのはなかなかの根性だが、シドはお得意の【防壁】よろしく、彼女の意見を一つ一つ封殺してゆく。


「それは結果論だ。少なくとも、君が一撃を食らわせた段階でその兆候は見られなかった。どこかで機動力を奪う必要はあっただろうが、あのタイミングと方法である必要はない。ガーファンクル卿に狙い撃ちしてもらってもよかったし、時間が許すなら軍に応援要請をだして、装甲車両でも持ってきて力任せに押し切ったほうが話が早い。俺達も苦労しなくて済むしな」


 珍しくしょげ返り、肩を落とした少女を前にすると、さすがのシドも良心の呵責(かしゃく)を覚えずにはいられない。だが、師匠という立場である以上、言うべきことをしっかり言わねばいる意味がないのだ。


「君は確かに【加速】魔法に長けている。相手の機先を制して動くのも得意だ。日本(ジパング)にも『先んずれば人を制す』って言葉がある、その戦型を全面的に否定はしねーよ。

 だけど、手の内のわからない相手に対して、先手をとれば常に優位に立てるわけじゃないってのは、ちゃんと覚えとくんだな」

「もっと慎重になれ、ということですか?」

「相手をしっかり観察して、立ち振舞いを決める。いくら慎重になったって、なりすぎることはないからな」


 自分が最善と信じて打った手が想像以上の悪手であったことに気落ちした様子のローズマリーは、「はい……」と小さくつぶやいて目線を足元に落とした。


「ま、若いうちの失敗はいいことだ。年を取ったときに最悪のカードを引く可能性が減るからな」

「それは」


 なにかご経験が、と言いかけて、少女は思わず口をつぐむ。どこか遠くを見ながら話すシドの目つきはより鋭さを増し、口元からは感情らしい感情は読み取れない。

 シドにとって、最悪のカードを引いた経験。それが少女との生い立ちとも無縁ではない、あの惨劇(じけん)であることは、ほぼ間違いあるまい。

 それをつつくのは藪蛇もいいところだ、と思い直したように、ローズマリーは、空になったシドのグラスに水を注ぐ。どうにかごまかそうとしているようだったが、水差しを持つ細い指先は、少しだけ震えていた。

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