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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第9章 猫とメイドと鋼鉄の怪物
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9.11 【同調】

 怪物(モンスター)を真っ向から見据えるシドとクロ、その眼にもはや迷いはない。覚悟は完了している、あとは機を捉えるだけだ。


「準備ができたら合図する。それまで怪物(モンスター)を引きつけろ、CC!」


 頷いて駆け出したローズマリーの背中を見送ると、シドは呼吸を整えて次の準備に入る。ガーファンクル卿が使うであろう魔法の特性を踏まえた位置(ポジション)取りをすると同時に、爆発を封じ込める(・・・・・)準備をしなければいけない。

 

「クロスケ、あれを使うぜ」

「ええ、よくってよ……なんちゃって。シド君こそ大丈夫かい? トチるなよ?」

「ん、まあ、なんとかなんだろ」


 本当に余裕があるのか、虚勢を張っているだけなのか定かでないクロの戯言を適当に受け流しながら、シドは自分の魔法に意識を集中させる。

 爆発を魔法(防壁)で抑え込む。

 離れ業ではあるが、別に初めての試みではない。初めて魔法使いもどきと対峙した時にクロがやってのけている。

 問題は、怪物(モンスター)が内包しているエネルギーの量だ。

 予想される爆発の規模は、あの時とは比較にならない。小柄なクロの魔力量では釣り合いが取れないのは一目瞭然である。彼女が得意とするのは魔力制御、特に高い空間把握能力を活かした【防壁】の遠隔展開であって、持久戦はもともと得意とするところではない。

 一方で、彼女の主人――シドの十八番(おはこ)は持久戦だ。その根底を支えるのは、口さがない連中に畏敬半分軽蔑半分にバカ魔力と称される膨大な魔力(・・・・・)。一見無謀としか思えない持久戦を相手に強いることができるのは、いくら削られても削りきられない魔力(スタミナ)と、高密度の魔力【圧縮】で形成された強固な壁があるからだ。

 では、シドの化け物じみた魔力と、クロの並外れた魔法の制御能力を足し合わせることができたなら、どうなるか?


「悪いな、今度も()の手を借りっぱなしだ」

「別にいいよ、元から返してもらえるなんて期待してないしね。それに、不出来な主人の面倒を見るのは優秀な使い魔の勤めって、相場が決まってる」


 動物と使い魔の契約を結ぶ魔導士自体は、数が少ないとはいえ珍しくはない。だが、普通の使い魔は一方的に使役される存在。主人に意見し、文句を垂れ、自分の意志で付き従うか否かを判断するものなど例外中の例外だ。

 クロはそこらの使い魔とは訳が違う。

 長く生き過ぎた猫(ナインライブス)の真名は伊達ではなく、彼女は一般的な猫よりもずっと長く生き、極めて稀な能力を有している。

 その真骨頂こそ、主人との【同調】による身体能力と魔力運用能力の強化だ。

 シドは大きく深呼吸して気持ちを落ち着ける。十分に集中し、強固な自我を保ったままこの大技に挑まなければ、この化け猫に意識を食い殺されてそれまでだ。


「『長く生き過ぎた猫(ナインライブス)』の主人たる我、右手に銃を!」

「『【鉄壁】の魔導士(シド・ムナカタ)』の使い魔たる我、左手に花束を!」


 シドは目を閉じて粛々と、クロは聖歌を歌うように朗々(ろうろう)と、それぞれに課された詠唱の文句パスフレーズ(そら)んじる。


「その唇に誓いの(うた)を、去りゆく者に(はなむけ)を!」


 最後には呼吸を揃えて、高らかに宣言する。


「【同調】!」


 声が重なった瞬間、爪先から頭の天辺に走る、電流のような違和感と痛み、そして悪寒にも似た違和感に、二人は揃って身を固くする。

 それらをやり過ごし、大きくため息を付いたシドの瞳の色は、元の漆黒から金色へと変貌している。


「面倒なことはとっとと済ませちゃおうよ、シド君」

「同感だ。これ以上CCに負担もかけらんねーしな」


 そうしている間にも、怪物(モンスター)とその魔導炉は刻一刻と限界に近づきつつある。冷却が機能せずにどこぞの圧が上昇したままなのか、安全弁が吹き飛んで蒸気が吹き出しており、薄いプラスチックの化粧板もとっくに溶け落ちて、フレームのあちこちが赤熱化している。ローズマリーの独断専行で一撃を食わせたとはいえ、四肢をフル活用した機動力、破壊力も未だ健在だ。

 少女の攻撃は稚拙に過ぎる判断だったし、怪物(モンスター)の足を止めることも叶わなかった。だが、それを無駄にさせない方法はある。

 ガーファンクル卿の一撃で、本格的に怪物の足を止める。彼は「外しはしない」と断言したが、それにはある状況が必要不可欠だ。どんなに優秀な狙撃手(スナイパー)であっても、目標(・・)なしに狙いをつけることはできないのだ。

 まずは、シドが()にならなければいけない。


「ローズマリー、離れろ!」


 シドの指示に従った少女が大きく飛び退り、怪物と距離ととったところを見計らって、シドは手元に球状の魔力塊を展開する。【同調】の影響下にある今、それはいつもの無色透明ではなく、覗き込んだら奈落の底に吸い込まれそうな、艶のない黒色をしている。

 魔法を使っているのはシドのはずなのに、魔力の色――魔力波長はクロのものだ。その様子にローズマリーは驚きの表情を浮かべるが、それはただ一瞬のこと。


「先生っ!?」


 遠方から凄まじい勢いで飛来する深緑色の光球に声を上げる少女だが、シドは全く動じない。それがガーファンクル卿の放った一撃であることも、その特性(・・)も把握済みだ。

 弟子に下がるよう手振りで指示する一方で、使い魔(クロ)共々、光球の位置と速度をしっかり確認する。


「三、二、一、今だ!」


 クロの合図が耳朶を打つと同時に、シドは手のひらで弄んでいた魔力塊を消散させる。迫りくる光球を相殺(そうさい)できる唯一の手段を自ら手放した師匠を見て思わず悲鳴を上げそうになったローズマリーだが、直後に目の当たりにした信じられない事象に息を呑む。


 光球は急激に軌道を変えると、怪物(モンスター)目掛けて一直線に唸りを上げ、狙い過たず敵の右足を削り取った。


「曲がった……? どういうこと?」

「種明かしは後だ! 俺の後ろに下がってろ!」


 右足、脛から下を失って倒れた怪物(モンスター)。これでようやく機動力を封じたわけだが、間髪入れずに次の一手を打たなければ、演習場もろともシドたちが吹っ飛ぶことになる。少女はやや慌てた様子で、拾い上げたトンファー二本を懐に差し、全力で師匠の元に駆け寄る。


第三階梯(サード)まで略式対応、抑え込むぞ、クロスケ!」

「わかってるって! 【圧縮・第四階梯(フォース)】!」


 練成した大量の魔力を緻密な魔力制御で圧縮し、数メートル先の敵を黒色の【防壁】で球状に包み込む。

 その構造自体は、直径がゆうに十メートルを超えることを除けば、これまで彼らが展開してきたものと同じで、厚みらしいものがほとんどなく、怪物(モンスター)の剛力を前にすると心もとない。振り回された太い手足が生み出す衝撃をいなすにはまだ荷が重いのか、数十秒ほどで【防壁】の表面に傷が生まれ、それをきっかけにヒビが少しずつ拡大してゆく。内部では本当に爆発が起こりかけているのかもしれない。


「【第五階梯(トップ)】!」


 魔力【圧縮】は、さらに上位の階梯(ギア)に進む。

 強力な魔法は本来、時をかけて発現させるべきもの。だが、シドたちは【同調】で底上げした処理能力に物を言わせ、ごく短時間でいくつかの段階(ステップ)を省略、あるいは短縮することで、普段使っているものとは桁違いの強度を持つ【防壁】を形成するのだ。

 それだけの魔法を使うとなれば、当然、相応の代償(コスト)を支払わざるをえない。消費する魔力もさることながら、体にかかる負担が普段の比にならないのである。大量の魔力を黒色の球体に送り込み、密度を上げてゆくたびに、衝撃が全身を駆け抜け、酩酊と痛みをないまぜにした感覚が魔導器官を襲う。

 それはクロも同じこと、いつもどおり飄々(ひょうひょう)としてはいられない。全身の毛を逆立てて目一杯踏ん張るものだから、シドのシャツは破れ、肩に爪が食い込んで血が(にじ)む。

 でも、そんな些細なことにかかずってはいられない。【同調】と、大規模な魔力【圧縮】がもたらす負荷にくらべれば、ひっかき傷なんて存在しないも同然だ。


「先生! クロちゃん!」

「ヤバいと思ったら自分の判断で逃げろ。絶対無理すんじゃねーぞ、ローズマリー……!」

「今はボクらに任せておくれよ、待てる女はいい女だぜ!」


 シドとクロの必死の抵抗が実を結び、怪物(モンスター)を包み込む【防壁】の亀裂が一つ、また一つと消えてゆく。だが、籠もった爆発音ともに、球体が文字通りぶるり(・・・)と震えるのは、あまり気持ちの良いものとはいえない。

 シドやクロたちの表情から余裕が削り取られるのを感じているのか、二人の後ろで控えているローズマリーも気が気でない様子だが、手出しも援護もできず、ただ見ているしかない。


「シド君、息が上がってるぜ?」

「そっちこそ、いつもの余裕を見せてみろよ?」


 互いに意地でも張り合ってないと意識を持っていかれそうになるのか、軽口を叩きあった矢先に立て続けに球体の内部で爆発が起こり、思わず揃って歯を食いしばる。


「クロスケ、もう一段階上げられるか?」

「君の体が持つなら、どこまでもついてくよ?」


 まだまだここからだよ、と応じようとしたシドだったが、その強がりは脆くも挫かれた。

 彼の肩から指先にかけて、これまでと比にならない衝撃が走り、魔力の錬成も供給が止まってしまう。直後に襲う意図しない痛みに両腕を抱えたシドは、うめき声とともに顔を歪ませ、膝をついてうずくまった。

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