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魔導士はつらいよ〜万屋ムナカタ活動記録〜  作者: 白猫亭なぽり
第9章 猫とメイドと鋼鉄の怪物
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9.10 あとでちゃんと言って聞かせなよ?

 弾丸(たま)の雨が止んだ。

 怪物(モンスター)が両手で捧げ持つ機関砲、その銃身が虚しく空回りする音が、火薬が弾け飛ぶ喧騒に取って代わった、その一瞬。


 三人の魔導士は、それぞれの仕事を(まっと)うせんと走り出す。

 シドは右前、ローズマリーは左前。ガーファンクル卿はヴィクトールを引っ張って、真後ろへ。


「あまり無理するな、CC!」


 聞こえているのかいないのか、ローズマリーは怪物(モンスター)の間合いに大胆に出入りして攻撃を誘い出そうとするが、当の相手は少女に全く目もくれず、シドを狙って弾丸切れの機関砲を振り回してくる。

 相手の注意を引けるのなら、誰が囮になったとしても関係はない。相手が少女ではなく自分を狙うというならば、受けて立つ覚悟はとうにできている。だが、怪物(モンスター)の一撃をかい潜って一歩を踏み出すごとに感じる違和感は、切り返して一旦距離を取るたびに確信に変わってゆく。


  怪物(モンスター)の目――カメラがとらえているのは、一人だけだ。


 【加速】した師弟は、幾度(いくど)となくその軌道を交差させ、間合いの中への出入りを繰り返す。だが、ローズマリーがことさら近くまで踏み込んでも、巨人は決して彼女を狙わないのだ。彼女の()は十分速いし、オンボロ教会での特訓によって、相手を翻弄する動きを習得しつつあるとはいっても、動き自体はまだ直線的。カウンターを狙う余地も十分にある。


少女(レディ)に配慮……?」

「ずいぶんとロマンティックな物言いじゃないか?」


 シドのふとしたつぶやきを捉えたのか、イヤホンの向こうからヴィクトールの嘲笑が聞こえる。直後、ガーファンクル卿に腕をねじりあげられでもしたのか、声のトーンは若干落ち着いたものに変わった。


怪物(モンスター)に搭載したカメラは高性能だがな、物には限度というものがある」

「結論から言ってくれませんか。あんたの説明はまどろっこしい」


 いろいろとままならない状況への苛立ちがシドのため息に混じる。

 人間相手なら、表情や目線、細かい立ち振舞から次の一手を読むのが常道。だが、今回対峙しているのは機械。感情も読み取れなければ息遣いも乱れないので、予測も何もあったものではない。シドでなくても焦るというものだ。


「あの娘はね、速すぎる(・・・・)んだ」

「何ですって?」

「だから、速すぎるんだよ。これ以上わかりやすい説明もないだろう?」


 怪物(モンスター)が振り下ろす、もはや撃つべき弾もない機関銃を大きく横に飛んで避けながら、これだから頭の良すぎる人間は困るんだよ、と言うかわりに、これ見よがしに舌打ちしてみせる。


「カメラの撮影速度が、彼女の速度に追いついてないんだ。だから捉え切れない。視覚で検知できないものを、怪物(モンスター)存在しない(・・・・・)として処理する」


 囮役は見られてナンボの役割なのに、怪物(モンスター)(カメラ)に、本気をだしたローズマリーは映らない。それは、彼女が得意とする足を活かした撹乱(かくらん)が通らないことを意味する。今、囮として機能しているのは、足の遅いシドだけだ。


「CC、作戦変更だ!」

「どうなさいます?」

「俺が囮になる! 軍が電源を落とすくらいまでは持ちこたえてやるさ!」


 カメラが小刻みに動いて彼を捉えているのは既に確認済み。彼だって自己強化系の魔法はお手の物、囮役を引き受けるのに支障はないが、なにせ人ならざる相手、油断したくたってできやしない。

 怪物は【加速】したシドを視界に捉え、追って来ている。その頭の良さ(・・・・)がどの程度かは推測の域を出ないが、行動を先読みされ、狙い撃ちされる可能性は否定できない。いくら彼が防御に長けた魔導士であっても、人間と大型機械の質量差は歴然。一撃を貰うのはご法度(はっと)だ。あの太い腕でぶん殴られれば、【防壁】ごとふっとばされるのは間違いない。


「そんなこと言ったって……」

「たまには師匠らしい所も見せておかねーとな」


 一歩大きく退き、怪物(モンスター)との間合いを取って(うそぶ)いてみせたシドだが、内心では自分の甘さに舌打ちをしていた。

 ローズマリーは野放図に【加速】するのが得意な一方で、その速度を自由自在に調節できない。彼女が魔法を使う時はいつも、ほぼ最高速度(トップスピード)で駆け抜けるのだ。中途半端な加速の仕方なんて知らないとばかりに、涼しい顔のまま一陣の風となるその姿は絵になるのだが、何でも屋家業の魔法に必要なのは芸術性ではなく、実用性だ。彼女に無理にでも魔力制御のやり方を叩き込み、速度を手懐ける訓練を積ませておけば、もっと有利に立ち回れたかも知れない。

 

「……先生は万屋ムナカタの盾であると同時に、頭脳ですもの。万が一のことがあっては困ります」


 そんなシドの思惑も知らずに、口元には微笑みを、流麗な眼差しには覚悟を(たた)えて、ローズマリーは怪物の眼前で足を止めた。


 速度ゼロ。


 怪物(モンスター)(カメラ)が遂にローズマリーに向く。やっとこちらを見てくれた、とばかりに微笑みを濃くしたローズマリーと、機関銃を高々と振り上げた怪物(モンスター)が、ようやく相対することになる。

 ()に表情があったなら、動かない獲物を仕留めんとする狼のごとく眼をギラつかせ、涎を垂らしていたであろう。そんな獰猛(どうもう)な相手を前にしても、少女は決して、目を逸らさない。


「待て、ローズマリー!」


 その意図に気づいたシドの手は、少女の繊細な腕を捕まえられずに空を切った。

 彼女がローズマリーが握るトンファーには、いつも巻かれているはずの制御帯がなかった。獲物に仕込まれた【破砕】の魔法によって魔力を消耗している状態なら、彼女も最高速度で走ることはできなくなる。だが、それは魔力切れと背中合わせの危険な橋。それを少女は自ら渡ろうとしている。

 瞬きをした後にはもう、少女の背中は遠くにある。そして、容赦なく振り下ろされた機関銃を叩き切るべく、左手を振り上げていた。


「私が、矛になります」


 交錯した鋼鉄と光条、その決着は一瞬。深赤色の【破砕】魔法に彩られたトンファーは、熱したナイフがバターを切り裂くかのごとく、銃身を両断する。


「たとえ私が倒れても、先生とクロちゃんが健在なら……!」


 左手のトンファーを投げ捨てたローズマリーは、さらにもう一歩前、敵の懐に踏み込み、今度は目いっぱいの力で右手を振るう。


 ――狙いは右足、機動力を奪う!

 

 大いなる決意とともに振るわれたトンファーは、狙い過たずに怪物(モンスター)の脛、骨格に食い込んだが、直後に予期せぬ衝撃が少女を襲う。

 数秒間、世界が二転三転し続け、地面に倒れ伏す。口中に入った砂を吐き出し、体の異常がないことを確認して初めて、何者かに放り投げられたと気づいたようだ。

 少しふらつく少女の瞳に映るのは、顔を紅潮させ、肩を怒らせたシドの姿だ。

 

「仕留めるのは二の次って言っただろ! 話聞いてやがったのか!? 伊達や酔狂で持久戦を挑んでんじゃねえんだ! 勝手に前に出るんじゃねぇ!」


 普段は声を荒げることがない師匠が垣間見せた剣幕に、少女は戸惑い怯えているのは明らかだ。だが、その内心を推し量って物が言えるほど、今のシドに余裕はない。彼らが時間を稼いでいる間に、軍が電源周りの対処をしてさえくれれば、あの怪物(モンスター)をほぼ無傷で生みの親(ヴィクトール達)に返す見込みも立った。だが、少女の行き過ぎた配慮と勇み足で、その目論見は崩れてしまった。なんとかリカバリーをする方法を探さねばならない。


「立て! 立って走ってもらわねーと困るんだ」


 かといって、魔力を消耗したローズマリーをそのまま放って置くわけにも行かない。半ば強引に弟子を立ち上がらせたシドは、再び怪物の注意を引かんと走り出す。


「師匠らしいってこういうことかい、シド君?」

「やかましい。柔軟な判断は必要だけど、あれはいくらなんでも拙速に過ぎるぜ」

「あとでちゃんと言って聞かせなよ? 理由を説明して理解できないほど、あの娘はバカじゃない」

「わかってるよ。今は目の前のデカブツに集中しろ」


 シドがちらりと横に目線を向ければ、そこにはローズマリーの姿がある。魔力を失った分だけ速さは失われてはいるが、怪物(モンスター)のカメラは時折その動きを捉えている様子。あとは向こうの出方を伺って、重い一撃をもらわないように立ち振舞い続ければ、目的は達成できるはずだ。


 ――そう思っていたのだが。


「ムナカタ、落ち着いて、今から言うことを聞いてくれ」


 インカムから聞こえてくる、ガーファンクル卿の声。どんなに脳天気(のうてんき)な人間だって、朗報を期待することはない口調の重さだ。


「悪い方の知らせから、お願いします」

「覚悟が決まっているようなら何よりだ……説明を頼むぞ、ヴィクトール・シュタイン」


 諦観を包み隠すなんてとうの昔に忘れたような顔で、シドはイヤホンに意識を集中する。


「魔導炉の温度と圧力が上昇し続けている」

 

 ヴィクトールの説明はまだるっこしいが、シドは何も言わず、彼が話すのに任せることにした。良い状況ではないことは伝わってくるし、理解できる。言って聞く相手でもないし、非常事態に余計な揉め事を背負い込むことなんてなおのことごめんだ。


「順番に話をする。格納庫に残っている学生の報告を聴く限り、怪物(モンスター)に搭載された魔導炉は暴走状態にある可能性が高い」


 説明の要点を聞き取りながら、シドはローズマリーと入れ代わり立ち代わり、怪物(モンスター)の手の届く範囲に踏み込んでは、攻撃を避けて一歩退くルーティンを繰り返す。右足を傷つけた分だけ機動力を()いではいるが、怪物(モンスター)の持ち味である一撃の重さは未だ健在、予断を許さない状況だ。


「過剰に生成された魔力のうち、一部は電力に戻されてバッテリに行き、残りは熱として排出されるようになっているんだが、その処理が追いついていないか、正常に作動していない」

「その状態が続くとどうなります?」

「良くても構成部材が融解して崩壊、最悪の場合は爆発する」

 

 マジかよ、としばし言葉を失うシドをよそに、イヤホンの向こうから呪文まがいのつぶやきが聞こえてくる。これもきっと何らかの計算なのだろう、結論は三〇秒足らずで出た。その間にも、怪物(モンスター)が跳び、振り下ろした拳で地が揺れる。


「君たちが今戦っているところを中心に、格納庫も含めて吹っ飛ぶ可能性がある、と言っておこう」

「で、良い知らせの方は?」

「先程、電力の供給が停止した」


 でももう暴走してんじゃねーか、とシドは露骨に舌打ちする。対応が遅いにも程があるし、そもそも遮断器(ブレーカー)が最初からきちんと動作していたなら、いらぬ苦労を背負い込まずに済んだのだ。

 だが、ぼやいたところで状況は好転しない。最悪の事態が爆発なら、それをどうにかする立ち回りを考えなければ、すべてが水の泡だ。


「この後に及んで、怪物(モンスター)を傷物にせず止めろとは言わない。だが、形が残ってないことには、今後の検証もできなくなる」


 このあと、ヴィクトールの口からどんな言葉が出てくるか、なんとなく想像ができてしまった。おそらく、その問答は貴重な時間を浪費するだけで、何の利益も産まない。シドは私見を述べ、機先を制することにする。


怪物(モンスター)の原型を留めたまま爆発を抑えろ、というなら、無理と言っときますよ」


 ちょっと待て、と反論しようとしてきたヴィクトールに、シドは淡々と正論を叩きつける。


「魔法だって万能じゃない。爆発の被害を防ぎながら怪物(モンスター)を無傷で残すなんて、そんな都合の良い話はないんだ。科学だってそうでしょう? 研究者なら、そのあたりはよくご存知のはずだし、そうでなければ」


 ――あんたの目は節穴だ。


 そこまでは言葉にせず、シドはその場にジャケットを脱ぎ捨てると、シャツの腕を()くり、制御帯を日の(もと)に晒す。久しぶりに大技を使うので、本腰を入れてかからないといけない。


俺達(・・)の魔法で、爆発を押さえ込みます。構いませんね、ガーファンクル卿?」

「任せる。貴様ならうまくやれるはずだ」


 今の彼の雇い主はガーファンクル卿であって、シュタイン兄妹ではない。怪物(モンスター)に切り札をぶつけるには、卿が一言「やれ」といえば済む話である。とはいえ、余計なプレッシャーまでかけるのはご勘弁願いたいところだ。


「できれば怪物(モンスター)の足を止めていただけると助かりますが」

「……わしがやろう。貴様は自分の仕事に集中しろ。せっかくお嬢さんが道筋を立ててくれたんだ、万が一にでも外すものか」

「よろしくおねがいします。途中までの誘導(・・・・・・・)はお任せください」


 【万能】と称された魔導士・ガーファンクル卿の狙いがなにかを察知したシドは、イヤホンを外してそのまま握りつぶす。「貴重なデータを取れるかも知れないのに」と騒ぎ立てるヴィクトールの声も、これで今の彼には届かない。


「それじゃあ、いっちょやりますか」


 肩の上の相棒にだけ聞こえるようにつぶやいたシドは、両足でしっかり大地を踏みしめ、大きく息をついて空を仰いだ。

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