9.7 思いついたからといって誰でもできることじゃない
物静かな相手というのは、シドにとってはなかなかの強敵だ。
彼はもともとおしゃべりな方ではない。ローズマリーやアンディ、カレンやウルスラのように気心が知れている相手ならまだしも、初対面の相手と話をする時はそれなりに緊張してしまう。いい年して人見知りが治らない困った男なのである。
魔導式の専門家――マリアは、兄と比べるとずいぶん大人しい女性だった。お話よろしいですか、と声をかけても小さく頷くばかりで、反応が淡々としすぎている。もっと何かリアクションを返してくれればこっちもやりやすいんだが、と内心嘆くシドだが、こんなところで引くわけにも行かない。頷いてくれただけまだマシだ、と開き直ったシドは名刺を渡す。
「万屋ムナカタ……ですか?」
「要するに何でも屋です。こう見えても魔導士でして、魔法を活かしていろいろ仕事を請け負ってます。こっちはうちの従業員で、彼女も魔導士の資格を持ってます」
「ローズマリー・CCです。CCとお呼びください」
「……お二人とも魔導士なのですか?」
「そうなんです。怪物のパワーもそうなんですが、その内部の機構に興味がありまして」
マリアは大人しいだけで、別に他人を拒絶するつもりはないらしい。どのようなご質問でしょう、と応じてくれたので、ひとまずは第一段階突破と胸をなでおろす。
「怪物の動力源についてです」
「ああ、魔導炉のことですか?」
「ご存知のとおり、魔導具は魔力を電力や熱に変換するもので、その逆はできないとされてきた。魔力と物理現象の発現というのは一本通行の関係で、魔導士の間でもそれが常識だったのですが、あなた方の魔導炉は違う」
「発想自体は、決して珍しいものではありません」
ローズマリー以上のポーカーフェイスで、マリアは淡々と説明し始める。
「先のデモンストレーションで出てきた自動車は、ガソリンのもつ化学エネルギーをエンジンで熱エネルギーとして取り出し、それを動力に変換して動いているわけです。
魔法の場合も、同じことが言えます。魔力を電力や熱エネルギー、あるいは動力に変えているわけですから、魔法の発現も一種のエネルギー変換とみなせる。ならばその逆も可能では、と思ったのです」
静かだが、立て板に水をぶっかけたように話し始めたマリアを見て、万屋ムナカタの二人は少し驚く。人は見かけによらぬもの、彼女は自分の専門となればよく喋るタイプの人間らしい。
「逆も可能って、簡単におっしゃいますけど……」
「もちろん、実現するまでは長い道のりだったんですよ」
マリアの丁寧な説明はさすが大学の教員、白衣という装いも相まって様になっている。機械油の汚れの抜けないつなぎに身を包み、袖を捲ってメガホン片手に説明する、工場の若社長にしか見えない兄貴より、妹のほうがよっぽど研究者らしい。
「世界の魔導式を徹底的に調べましたが、エネルギーを魔力に逆変換する魔導式はありませんでしたしね。どれもこれも、魔力を別のエネルギーに変換するものばかり。だからこそ、魔法はエネルギー変換の一形態である、という考えに確信を持てたというのはありますが」
普通の魔導士の興味の主体は、魔力の生成過程ではなく、魔力を使ってどんな現象を起こせるかにある。外部で生成した魔力の利用に興味を持つものは、おそらくごくわずかだ。仮に【逆変換】で魔力を生成したとしても、魔力波長の個人差が邪魔をして利用できる可能性が低いというのもある。
「様々な魔導式を調べていくうちに、文法を体系だてる見込みが出てきました。その中で試行錯誤の末にできたのが、電力を魔力へ【逆変換】する魔導式です」
「そんなの、思いついたからといって誰でもできることじゃないとおもいますけどね……」
車椅子に座った白衣の研究者、彼女の持つ才能と成果は、十分称賛と驚愕に値するものだ。
魔導士はあくまでも魔法の専門家であって、魔導式や魔導具の専門家ではない。彼らは自分の魔法を磨き、鍛えることには熱心であっても、既存の魔導式や魔導具の解析や改良にはほとんど興味を向けてこなかった、という歴史がある。それどころか「魔導式に頼るものを魔導士とは呼ばない」「魔導具を使うなど愚の骨頂」と主張してはばからない、比較的旧い世代の人間がいまだに幅を利かせている。新しい魔道具や魔導式の開発になど関心を払おうはずもない。
「蓄電池、あるいは外部から供給された電力は、各部に配置された魔導炉に供給されます」
「各部ということは、搭載されているのは一つではないんですか?」
シドは驚きを隠せない少女に同意する。
彼――おそらくその弟子も――が想像していたのは、魔導士がその力を行使するときのメカニズムだ。魔力生成器官で生成した魔力を、魔導回路で配分し、その先々で「変換」する。魔導炉を生成器官と見立てれば説明がつく、と考えたのだ。
そんな二人にマリアが見せてくれたのは、A3サイズの一枚の図。すみからすみまで説明を受けたわけでもないし、一言一句を細かく読み取ったわけでもないが、シドが大づかみに解釈した限り、怪物内部におけるエネルギーの流れを図示したものらしい。
「魔導炉から出ていく魔力の量や配分を制御するのは、残念ながらまだ不可能なんです。でも、供給する電力量の制御なら、比較的制御が容易です」
「関節に相当する数だけ魔導炉を積んで、それぞれに流れる電力量を制御して、あの動きを実現しているってことですか?」
「そのとおりですよ、お嬢さん」
でかいのはそのせいもあるんだろうな、とシドは勝手に納得していた。ヴィクトールは「このサイズで二足歩行は世界初」と胸を張っていたけれど、必要な魔導炉を詰め込んでいったら収まりきらなかっただけじゃないか、と余計な想像をするのも忘れない。
「中央演算装置が姿勢制御に必要な魔力量から逆算して、各魔導炉に振り分ける電力を決定するんです。これは兄の領分になりますね」
「あれだけ俊敏な動きをするってことは、相当優秀な計算能力を持ってるんでしょうねぇ。関節の駆動には、どんな魔法が使われてるんです?」
「【力学】の魔導式が骨格に刻まれています。力を作用させる方向を指定するだけの、ごく単純な式です」
電力、魔導炉、魔力、【力学】の魔導式、そして動力。
薄い外装の中では配管や配線が入り乱れているのだろうが、エネルギーの流れという観点では、それらはすべて一直線上に、順序よく並べられていることになる。
――とんでもないものが出てきやがった。
電力から魔力を生み出す魔導炉に、それを組み込んで自在に動く怪物。いずれもシドの想像の範疇を大きく超えた存在だ。魔導士たるもの、魔法の使い方に対しては常に柔軟に考えるよう心がけるようにしている。それでも長年の経験の中で「ここまではできる」「これは魔法でも無理だ」という固定観念が知らず知らずのうちに生まれてしまっているのだろう。
――魔導士だけでは手に負えない魔法に出会うのも、そう遠い日のことじゃねーな、こりゃ。
魔法を応用した様々な技術が生まれ、普及していったらどうなる、とシドは頭を巡らせる。警察などから持ち込まれる面倒事ももっと複雑化してくるだろう。どうやってそれに対応していくかは、頭の痛い問題になりそうだ。今、シドたちが追っている魔法使いもどきなんて、まさにその典型ではないか。
そうなると、今、この魔導式の専門家に話を聞くのは無駄にはならない。卿の護衛任務という退屈が、一転して将来の投資に繋がりそうな気配を感じたシドだったが、そんな素振りは微塵も見せずに淡々と次の質問を紡ぎ出す。




