召喚祭その八
「本当に良いのかい、コトーさん」
「ああ、祭りが終われば南部に、田舎に帰ろうかと思っている。荷物になるからな、必要な物があったら持っていってくれ」
俺は森から帰った後、宿屋に置いた荷物の整理をしていた。
旅をするために最低限必要な物だけ手元に置いておき、残りは宿屋の主人に頼んでロビーの隅を貸してもらい、そこに並べている最中だ。
先程回収してきた猟に使う罠や予備のナイフ、罠猟をするようになってほとんど使う事が無くなった弓矢、持っていくには多過ぎる衣服、後は細々とした生活雑貨など。
十年ほど王都で冒険者をしていたわりには、荷物はかなり少ないと思う。
たまにこの宿屋を使っている冒険者が死んだり、もしくは行方不明になったりした時、こんな風に荷物がロビーに並べられる事がある。
本来ならここに荷物が置かれているのは、何らかの不幸があったという事になる。
だからだろう、生きているのに、売ればいくばくかの金になるだろうに、荷物を捨てていく俺を見て宿屋の主人は呆れた顔をしていた。
一通り終わった後、やや遅めの昼食を取るために宿を出た。
祭りの最中と言えど遊んでいる者ばかりではない。
貧乏人ならなおさらだろう。
そんな奴らが多く集まる安食堂で、雑穀の雑炊と塩ゆでしただけのカブの切り身を腹に入れる。
食べ終えた後、数人の顔見知りに祭りが終わったら王都を離れる事を伝える。
皆が南部のエルフ族に関するきな臭い噂を知っていたらしく。
南に帰るのは止めておけ、と盛んに言ってきた。
ここらは貧乏人がばかりだが、気の良い奴がとても多い。
俺は冒険者ギルドに登録した時、出身地を南部と偽っただけだから少々心が痛む。
しかし心配してくれる彼らに、だから帰るんだよと返して、軽く雑談を交わした後、教会に向かうために店を出た。
◇◆◇◆◇
教会の孤児院に預けられているマーちゃんとその他の子供達のために、飴やら焼き菓子やらを買い込んでいる途中、ちょっと異様な集団を見た。
まずその集団の一番外側にいるのは、やたらと体格の良い男達。
立ち居振る舞いからおそらく騎士、それも護衛を専門にするような、もしかしたら近衛騎士かもしれない。
そして中心にいるのはおそらく勇者、残念ながらフードを被っているため、この位置から顔を見る事は出来ない。
だが今の俺よりはずっと大きい、人外と言っていいほどの魔力を垂れ流している。
これほどの魔力を持つものは、勇者以外には考えられないだろう。
その隣を歩く金髪の少女は聖女だろうか?
そこらの街娘の様な服装だが、こちらも魔力が大きい。
前に遠目に見た聖女と姿が似ている、少なくとも一般人では無いだろう。
さらに勇者にまとわりつく様に歩く聖女?と同じ年頃の三人の少女。
魔力は一般人程度だが服装が凄い。
夜の酒場で男を誘う娼婦のような感じ。
甘い声で勇者に媚を売りまくりだな。
うん、ここだけ見るとただのハーレム、爆ぜればいいのに。
もう一人、ハーレムの二三歩後ろを歩く少女、この娘が『異様』の原因。
年齢は聖女?より少し下だろうか?
この娘の服装は奴隷や投獄中の受刑者が着るような粗末な貫頭衣。
しかし、この国の奴隷はすべて犯罪奴隷で農園か鉱山にいる、すべて国の管理下にあり個人で所有する事はありえないはず。
それに腰まで伸びた明るい茶色の髪は綺麗に整えられているし、身体は全く汚れていない。
もしかしたら変装のために無理やり着せられているのかもしれない?
だが、一番異様なのは表情だ。
顔はとてもよく整っている、彼女を見たほとんどの者が美しいと言うだろう。
ただ、目に光が無い、感情を感じられ無い、まるで人形のようだ。
よく見れば足の付け根のあたりを気にする様な、ぎこちない歩き方をしている。
この世界の女神が選ぶ勇者はクズがやたらと多い。
あぁ、またかと思いながら、俺は菓子袋を抱えて教会に向かうのだった。
◇◆◇◆◇
コトーが教会に向かったその頃、王都からやや離れた丘の上で、言い争っている三つの人影があった。
いや、彼らの事を人と呼んでいいものだろうか。
彼らは普通の人とは少々姿が異なっていた。
その中の最も背の高い男は、手足が爬虫類を思わせるような鱗に覆われていた。
その次に背の高い男は、背中にコウモリを思わせるような羽が生えていた。
そして三人目、一番背の低く少年か少女か見分けがつかない中性的な顔をした者は、右の瞳は金に左の瞳は赤く光っていた。
「ロンペール兄さんはただぶら下がってただけじゃないか!ボラール兄さんは空を飛ぶために、僕は姿と気配隠蔽するために、ここまでずっと魔法を使っていたんだよ!もう魔力が限界なんだよ!」
「……兄上、グリタールが言うとおりだ。……夜までで良い、休もう」
「お前らふざけんな!目的地は目の前じゃねえか!それでも男か、気合い入れてどうにかしやがれ!」
どうやらこの三人は兄弟であるようだ。
一番背の高い男から順に名前はロンペール、ボラール、グリタールと言うらしい。
「気合じゃ魔力は回復しないよ!竜の目と鼻を誤魔化すために、どれだけ魔力を注ぎ込んだと思ってんだよ!」
「……兄上、万全を期すためだ。……ここまで来たんだ、慌てる必要は無い」
「今頃さらわれた妹が酷い目にあっているかも知れねえんだぞ!わかってんのか!」
「そんな事言われなくても分かってるよ!でもロンペール兄さんだって空にいた時に見たでしょ、下手したらあの数の人間が全部敵になるんだよ!魔力が枯渇寸前であそこへ突っ込むの、僕やだよ!」
「……地面が一分に人が九分だった。……母に聞いてはいたがあそこまで多いとは」
「ああ、わかった。よくわかったよ、お前らが度胸も根性も無い事は。もういい、俺が一人行く!」
「何言ってんの!あそこにはロンペール兄さんより大きな魔力の持ち主がいるよ!一人じゃ無理だって!」
グリタールの言葉を聞き終える前に、ロンペールはその場から走り去った。
彼は丘を下りながらどんどん加速していく。
人間ではありえないような速度で走る。
その進む先にあるのは王都。
そしてロンペールは自分の体に鞭を入れるかの様に吠える。
「待ってろよマール!今、兄ちゃんが助けに行くからなー!」