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召喚祭その二

「ママ!」


 汚れ無き眼の幼女が森の中で叫ぶ。


 あっ、ママさん居たんですねと、辺りを見回してみても、ここにはおっさんが一人のみ。


 幼女を罠に掛けるおっさん。

 事案発生。

 お巡りさんコイツです。

 いいや、違った俺ですね。


 などと混乱していたら幼女が一言。


「ちがうの、ママじゃないの〜」


 当然である、どう見ても三十代後半から四十代前半ぐらいの、髭面のむさ苦しいおっさんだ。と、言うかそう見えるように身体を魔法で変化させてある。


 今の少ない魔力量でも自分の身体だけなら、完璧に変化させる事ができる。その気になればエルフやドワーフはもちろんの事、ドラゴンにだって変化可能だ。


 今の見た目でママな成分は皆無のはずだが。


「でも、ママと同じ匂いがするの」


 おっさんはねもう一ヶ月以上お風呂に入ってないのだよ。井戸水を被ったり、タオルで身体を拭ったりはしてるけどね。そんなおっさんと同じ匂いって言われるママさんが哀れでたまらないよ。


 余談だが冒険者ギルドのある場所には、大小の差はあるが、必ずギルドが運営する銭湯が設置されている。

 ギルドに入っていれば格安で利用できるのだが、底辺冒険者にはその費用すらも惜しむべき物なのである。



 ◇◆◇◆◇



 実は俺は、黒髪黒眼の兎人族に似たような存在を知っている。しかし、あれはこんな幼い姿ではなかったし、そもそも王都周辺の森に居るなんて事は絶対にありえない。


 あれを幼くすれば、或いは子供でもいればこんな容姿をしてるかも知れない。


 しかし、あれが目の前にいればいくら姿を変えたとしても、俺には分かる。そして子供を作る様な能力も無かったはずだ。


 結論、王都周辺には少ない獣人族、そしてさらに珍しい黒髪黒眼の兎人族の幼女が、たまたま親とはぐれ、たまたま森に迷い込んだだけ。ただの迷子。


 とりあえず俺は幼女の足首に掛かった括り罠を外す。


 うん、跡にはなっているけど傷はできて無い。良かった。


 念の為、外傷用の軟膏を罠跡に軽く塗りながら幼女に訪ねる。


「お嬢ちゃんはどこから来たのかな?」


 幼女は少し首を傾けながら答える。


「うーんとね、おうちからきたの〜」


 ほとんどのヤツはそうだろうと心の中でツッコミを入れる。


「お家はどこにあるのかな?」


「うーんとね、もりのちかくにあるの」


 最近は安価な魔道具が出回りだしたおかげで変わりつつあるが、ほとんどの街や村には近くに森がある。

 もしかしたら木こりの子供か?とも思ったが、王都周辺の森は木の伐採に国の許可が必要だ。木こりの集落なんて近くには無かったはずだし、子連れで森に入って来るなんて有り得ない。


「父さんか母さんと一緒に来たのかな?近くにいる?」


「たぶんパパとママはおうちにいるとおもうの」


「ここへは一人で来たのかい?どうやって来たか覚えてる?」


「あのね、おうちのまわりのかべにね、ちいさいあながあいてたの。それでね、おそとにでてみたらおおきなおはなばたけがあってね、うれしくておはなをつんであそんでたらね、ねむくなったからおひるねしたの」


 確か少し離れた所に花を栽培している農場があったはずだが、あそこは管理されている場所である。子供が勝手に入って花を摘むなんて出来るはずが無い。


「それでね、めがさめたらおおきなかべがちかくにあってね、こわくなってかくれてたら、もりのほうからママのにおいがしたからもりにはいってみたの」


 困った、どこぞの馬鹿な魔法使いが放った転移魔法にでも、巻き込まれたのか?と思ったその時、幼女のお腹がクーと鳴った。


 恥ずかしそうに俯く幼女。俺は腰のバックから昼食用に持ってきていた、薄いハムとレタスがサンドイッチの包みを取り出す。


「食うか?」


 俺が問うとおずおずと恥ずかしそうに受け取り、幼女が言う。


「あのね、おじさんはだれなの?ママとおんなじにおいがするおじさんはだれなの?」


「ママと同じ匂いってのはよく分からんが、おじさんの名前はコトー。冒険者だ。」


 俺が精一杯微笑みながら返事をすると、安心したのだろうか幼女は包み解きサンドイッチにかぶりつく。


 木漏れ日の中揺れる兎耳、笑顔でサンドイッチにかぶりつく幼女。


 とても良い、心がほっこりと癒やされる。って、ダメ、絶対。その道は修羅の道、入るな危険。



 ◇◆◇◆◇



 念の為軽く周辺を探索した後、もしかしたら冒険者ギルドに行くと、迷子探しの依頼でも出ているかもしれない。


 そう考えながら少し傾き出した日に急かされ、森を後にして王都に帰る。召喚祭の真っ最中である。城門の外にも人が溢れており、屋台や見世物小屋が建ち並んでいる。


 そんな屋台の一つで大ぶりの棒付き飴を買い、幼女に与えてから、はぐれないように手を繋いで王都に入るための列に並ぶ。


 幼女、名前を『マーちゃん』と言うらしい。


「あのね、パパもママもね、だいにいも、ちゅうにいも、しょうにいもね、マーちゃんのことをマーちゃんってよぶの。だからマーちゃんなの〜」


 と、いう事だ。


 家族構成はパパとママ、大兄、中兄、小兄の兄が三人で幼女、もとい、マーちゃんを含めて六人家族であるらしい。


 マーちゃんにパパとママの名前を聞くと「パパはパパでね、ママはママなの!」と返ってきた。両親の名前すらわからない。困った。


 そんな感じで少しでも手掛かりがないかと、マーちゃん相手に不毛な会話を続ける事約一時間、やっと城門が見えて来た。


 マーちゃんと手を繋いだまま、いつもの様に門番にギルドカードを見せて門を潜ろうとする。


「おい、ちょっと待て串焼き屋」


 ですよね~、通れませんよね〜。


 詰め所に連れて行かれて、マーちゃんとの関係を詰問される事約一時間。何とか納得してもらい、必ず冒険者ギルドへ行く事、見つからなかった場合は教会の孤児院で一時預かりしてもらう事、最後にこの詰め所に報告に返って来る事を約束して解放された。

 その間マーちゃんは果実水と大量の焼き菓子を出されて、ニッコニコであった。


 詰め所から出てさらに人通りの増えた、王都の大通りを歩く。


 手を繋ぐだけでは不安だから、マーちゃんを抱きかかえて冒険者ギルドへ向かう。


 すると抱っこされたのが嬉しいのか、それとも高くなった目線が楽しいのか、マーちゃんはキャーキャー言いながら喜んでいる。


「ハァ〜」


 俺は軽くため息をついた後、傾いた日に照らされて赤く染まった王城を眺めつつ、冒険者ギルドへの道を歩く。心の中で祈りながら。


 迷子探しの依頼がありますように、と。





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