勇者召喚
初小説です。
「勇者よ、良くぞ参られた!」
それが、意識が戻った僕―中之島海斗―に向けられた第一声だった。
僕の正面には赤いマントで、頭には色とりどりの宝石をあしらった王冠を被った40〜50歳くらいの男性が立っていた。
そしてその周りには、全身鎧の騎士達が、さらにその外側には白いローブを着て杖を持った、聖職者?達が立っている。
床には僕を取り囲むように幾何学模様、いや、もしかしたら魔法陣が広がっている。
確か僕はバス停でバスを待っていたはずだった。
そういえば突然足元が光り出し、そのまま光に飲まれるように意識が遠くなって…
うん、そんな話を知っている。
と言うか、僕はそんな小説が大好きだった。
「まさか異世界召喚………」
混乱して、いや、八割方興奮で小さくつぶやいたその時、僕の背後から鈴を転がしたような美しい声が聞こえた。
「そのとおりでございます、勇者様。」
声に釣られて振り返ると、そこには聖女―――いや、聖女としか呼ぶ事のできない少女がいた。
光沢のある絹を思わせるような金色の長い髪、たぶん、顔だけならもっと綺麗な芸能人や女優がいると思う、服装だって周りの聖職者?達と同じ白いローブだ。
なのにその身に纏う雰囲気と言うか、オーラのようなものが凄い。
一度見てしまうと目が離せなくなる、思わず膝を突いて手を合わせたくなるような………
たぶんその時の僕は、とてもマヌケな顔をしていたと思う。
でも、そんな僕を見た聖女の、少し困ったような笑顔がとても美しくて―――うん、脳内メモリに永久保存しました。
「勇者よ、召喚に応じてくれてありがたく思う」
それまで聖女のおかげで、僕の記憶の外側に飛び出ていた赤マントの人、たぶん王様が言う。
「百年前、先代の勇者がその身を賭した魔王の封印が、綻びつつあるのだ。勇者よ、貴殿には魔王の討伐を、そして魔王と共に封印にある、先代勇者の魂の解放を頼みたいのだ」
テンプレな物語に僕の興奮は最高潮になりそうになる、だけど………
「先代勇者が封印しかできなかった魔王の討伐を、僕にできるのでしょうか?」
「ふむ、不安なのは分かる。だが、貴殿が先代勇者以上の力を秘めており、魔王を討伐する者であり、先代勇者の魂の解放者であると、女神アリューシャ様が神託で断言なされたのだ!」
「勇者様、神託は当代の聖女であるこのイルナの身に、アリューシャ様自らが降りられて下されたものでございます。一命を懸けて間違いはございません。」
と、膝を突きながら少女が言う。
うん、やっぱり聖女だったのか。で、名前はイルナさんね、うん、保存だね。
と言うか忘れたくても忘れられない強烈な聖女オーラだよね。
この時点で僕の興奮は、最高潮どころかゲージを振り切って跳び出る勢いだったよ。
で、なるべく興奮を顔に出さないように耐えながら、僕も言う。
「僕の名前はナカノシマ カイト。この身が勇者の名に相応しいかは分からない、だけど僕を選んだ女神アリューシャ様の名を汚さぬために、自らの身体を差し出して神託を降ろした聖女の献身に報いるために、そして魔王の影に脅えるこの国の人々のために、魔王を討伐する事を誓う!」
騎士やら、白マントから上がる歓声。
そして、喜び過ぎて笑顔で涙ぐむ聖女。うん、うん、保存、これも保存。
その後赤マントのオッサンが、「〜〜〜国王、〜〜〜の名に懸けて〜〜〜をここに誓う!」みたいな事を言っていたけど、ちゃんと聞いてなくて覚えてないよ。
だって仕方ないよね、オッサンだし、こっちは聖女のオーラを浴びるのに忙しかったし。
一通り落ち着いた後、明日から始まる勇者召喚の祭りに出るために、今日はゆっくり休んで下さいって言われたよ。
魔力測定とかしないのかって赤マントに聞いたら、女神様が選んだ勇者を試す様な不遜なマネは出来ないって返された。
うん、大事にされてるみたいだよ、僕。
◇◆◇◆◇
そんな話を王城でしてるかもしれないなぁ、と適当に想像しながら、俺は明日の祭りの屋台で出す串焼き用の兎肉の仕込みをしていた。
俺の名前はコトー。
仕事は何かと聞かれたら、たぶん冒険者だと答えるだろう。
ランクは下から二番目のE級、普段の冒険の主な獲物は、街でよく使われる傷薬やら、胃腸薬やらの原材料の薬草類。
冒険者としては底辺だ。
当然ながら薬草採集だけでは食っていけないから、冒険の行き帰りに小動物用の罠を仕掛け、それで兎にリスたまに山鳥何かを狩り、半月に一度の自由市で串焼きにして売って小銭を稼いでいる。
そして明日から始まる祭りは、神託による百年ぶりの勇者召喚、千年続いた魔王との戦いに終止符を打つ最強の勇者、奪われた世界の半分を魔王から取り返す解放者、などと教会が音頭を取ってが盛んに騒ぎ立てている。
祭りの間の7日間は自由市と同じ扱いで、商人ギルドに入ってない者でも店を出す事が出来て、さらに税金がかからない。
稼ぎ時である。
祭りで浮かれたアホ共に、普段より少な目に焼いた肉を、普段より高い金額で売ってぼったくるチャンスである。
仕込みをする手にも普段よりも気合いが入ろうというものだ。
だけど、祭りの屋台なんかどこでも似たような事をしてるはず、悪いのは俺だけじゃない。
うん、自己弁護終了。
ちなみに勇者は祭りが終わった後、一年以内の『壁』の突破を目指して訓練に入るらしい。
この世界に一つしかない大陸は、横長の菱型に近い形をしている。
その中央に大陸を東西に分ける形で存在する、南北に長く連なる巨大な山脈、名をオセーアノ山脈と言う。
主に冒険者達が使うその山脈の通称が『壁』である。
壁を越えた向こうには、ゴブリンやオークなどのお馴染みのファンタジー生物が闊歩する大森林地帯『魔界』があり、その『魔界』を抜けた先、大陸の最西端に百年前の戦いによって生まれた、勇者が封印をされた土地を『封界』と言う。
そう勇者が封印だ。
正確に言えば、魔王が魂の一部を裂いて作った分身と勇者だが。
実は本物の魔王は分身を作った後、魔境南部にあるダンジョンの奥深くに、自らの魔力の大部分を封印し、壁を越え、人族の振りをして街を転々としながら暮らしているのだ。
えっ、何でそんな事を知っているのかだって?
そんなもん決まってるだろ。
俺がその『魔王』だからだよ。