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仮)異世界転生の代償  作者: 雪燕
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第六話 神童カシュー


初めて見る謎の文字群を見せられた学者ラグナーは、家の中へ駆けこんでいった子供が耳が聞こえないという事を知った。

何故あのように年端もいかない子供が、見た事もない文字を書けるのだろうか?

学者として追及せずにはいられない。いや、ここで引き上げたら学者の名折れ。これはもしかしたら、神が会えという天啓ではないのか?偶然に線を引いただけの物かもしれない……いや。あれは記号かもしれないが、我々とは遥かに違う文明の文字だ。知りたい!何が何でも知りたい!

抑えられない衝動を内に秘めつつも、顔色を変えぬよう村長サンサに指示を出す。

「信じられない場面を目撃したようだが、興味が尽きない。何とか会わせられるよう、お願いできるか?」

「わかりました……トールスに直接尋ねてみますので、少々お待ちして頂けないでしょうか?」

村長サンサは後ろめたさをおぼえつつも、学者ラグナーのお願いを拒否するわけにはいかなかった。

村長サンサは家のドアをノックして、元冒険者トールスの対応を待つ。

(コンッコン!)

乾いた音が年季の入った木のドアを通して響く。

それほど間を置かずドアが開かれた。出てきたのは髪を短く切り揃え、作業の帰りといっても良い程度のラフな格好の壮年の男だった。だが眼光の奥深くにあるものはは鋭く、只者ではないオーラを放っている。

最初の沈黙を打ち破るかのように、ドアを開けた人物が口を開く。

「ようこそ、本日もおいでくださいました。私はモクサ村民のニルカッツ・トールスです。今日は村長サンサ、そしてティムスさんですね。そしてもう一人、この方は?」

ハッとした村長サンサは最初の目的を思い出して、改めて挨拶する。

「トールスよ。今日も調子は良さそうですね。本日はティムスさんの主人である学者殿に来ていただきました。王都ヘルミンスクで学士を務めている、学者ラグナー様になります」

「紹介の通り、私は学者ラグナー・トルグラです。こちらは助手のティムスだが、面識がある様子ですね。本日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。

お尋ねしますが、学者ラグナー様とお呼びしたらよいのでしょうか?」

トールスは一歩前に出て、学者ラグナーに軽く会釈する。

「学者ラグナーで良い。本日は貴家の出産祝いといくつかの質問があって足を運んでみたのだ」

「これは有難い事です。立ち話も何ですから、散らかっておりますが室内にいらしてください」

「言葉に甘えよう。それではよろしく頼む」

トールスは学者ラグナー一行を室内に招く。

入口の間を通り抜けた先に十人は座れそうな丸太で作られたロングテーブルと背もたれの椅子が中央で存在感を放っている。トールスは妻であるシャルにハーブティーを出すよう指示する。

机を挟んでトールマンの対になる位置に三人が座する。

この中で最も地位の高い学者ラグナーが最初に口を開いた。

「本日は助手がお世話になっている元冒険者トールスの、お子様の誕生を祝いたくて来たのだ」

「これはありがとうございます」

「だが、つい先ほど顔を合わせてな。助手の話では生まれたと聞いたが、これほど大きいとは思ってもみなかったぞ。何歳になるのかね?」

「息子は三歳半になります」

「ラグナー様、申し訳ありません。私がもっとよく調べておけばと思います」

横から助手ティムスが詫びの言葉を口にする。

「よい。どちらにせよ、誕生祝いに来たのは間違いない。例の品を」

「ははっ!」

助手ティムスは席を立って、持ち運んだ木箱の中の布袋を取り出してトールスの側で差し出した。

布袋を開封したトールスは袋から銀で装飾されたカップを取り出す。

「これは海の南方向こうの第三帝国ビルツェン製の高級名産品ではないかな?」

「慧眼ですね。さすがは元冒険者トールス、見分が広いですな」

「いやいやそれほどでも。生きていくのに必死なだけでしたよ。しかしこのような高級品をよろしかったのですか?」

「うむ、それは問題ない。本日ここにやって来たのは、学者としての用向きがあったからなのだ。聞くところによるとオゥルーとモクサ村を結ぶ主要道路の再開発に携わった話、戦乱に巻き込まれた港町を率先して復興させた手腕を聞いてな」

これを聞いたトールスは遠まわしな返答ではかえって長引くと考え、直球で返そうと思いつく。

「道路の方は以前はわだちが目立ち、車輪をはまらせる馬車を多く見かけていました。冒険者時代に各地を巡った際に、主要道路や橋梁きょうりょう工事に携わる機会がありまして。雨の多い地方でしたが水はけが非常に良くて、こちらの地方より強固でしたので採用させて頂きました」

「国家の為に尽力頂き、こちらも感謝する。さて本題に入るが……先ほど顔を合わせたお子様について聞きたい」

「…… ……」

トールスは答えがすぐに思い浮かばず、間を取ってしまう。

「いや、先ほど偶然にも文字らしいものを書いている所を拝見してな」

「えっ?文字をですか?」

「トールスのお子様は村長の話では耳が聞こえないそうだが……見慣れぬ文字らしい物が書ける。各地を研修などで回った私でさえ見た事もない物だ」

「ほ……本当ですかっ!?」

トールスは驚きを隠せず、一瞬握る手に力が入った。

トールスはずっと家にいて自分の子供が文字を書いている事実すら知らなかったのである。

そこへ妻シャルがタイミング的に、夫であるトールスをフォローするかのようにハーブティーを卓上に配っていく。

トールスは出されたハーブティーの注がれたグラスをそっと口につけて幾分気分が楽になる。

「学者ラグナーたちの手前、みっともない所をお見せした」

「気にせずとも良い。知らなかったのだから驚きは大きかろう。そこでお子さんについて多少尋ねたいが、よろしいだろうか?」

「……」

気分的に落ちつけられたトールスは思い出すように我が子の事を語っていく。

「息子の名前はカシュー。皆様の知っての通り耳が聞こえない。だが生まれたての頃から夜泣きは無く、理不尽なところを見せなかった。本当に手間がかからない子だったよ。しかし何故耳が聞こえない子に産まれてしまったのか。私の不徳によるところが大きいのだろう……か?」


「……」


室内は大きな窓が解放されていて射光が射してきて明るかったが、次の言葉が直ぐに出せず沈黙する。

テーブルの上で手を組んだ学者ラグナーが静かに答える。

「そなたが不徳と称したら周囲には耳の聞こえない子供であふれるだろう。様々な国々を見てきたが、同様に聞こえない子供は不徳の対象とみなされる事があるのかもしれない。しかしながら、何かに秀でる者、貴族である者など。一定の水準以上に身を置く耳の聞こえない者を見た事はある。つまりは、何かに秀でればよいのだろう。これがもし、東の方の皇国ログナーであれば大変厳しいと言わざるを得ない。選ばれ仕人種によって国を為すという選別主義であるからだ。最悪、奴隷以下に切り捨てられるだろう」

「……学者ラグナーよ。我が子がこの国に生まれてきた事に感謝しなくてはいけないな。しかし、皇国ログナーが選別主義の話は知っている。厳冬が明けてきた頃にも攻めてきたのだからな……」


トールスの家に来るまでの港町や外壁に多数見られていた、真新しい戦の痕々。

皇国ログナーが何時再び戦火を拡げてくるかもわからない。

学者ラグナーは静かに瞼を閉じて、今後の方針を張り巡らせようと思案する。


「トールスよ。お子さんをここに呼んではくれないか?」


トールスを見つめた学者ラグナーはゆっくりと口を開く。

「……」

「……」

トールスは答えられず、沈黙が続く。

「お尋ねしたい事があります」

横から学者ラグナーに尋ねる人物があった。

トールスの妻であるシャルだ。

「体裁は気にせずともよい。どのようなお願いなのかね」

男性社会において女性の発言力はかなり低い。しかしながら、強い意志を持った質問に対して耳を傾けるべきだろうと感じた学者ラグナーはトールスの妻シャルに促す。


「息子カシューとは、未だに会話のやり取りが出来ていないのです。ただ、着替える、片付けるなど自分で出来ますし、簡単な意思の疎通は出来るのですが……」

「ふーむ。会話は出来なくてもこれから何をしようか、と雰囲気を読む事は出来ると考えれば良いのだな?」

「ええ。そのように考えて頂ければと思います。早速呼んでまいりましょうか?」

「よろしく頼む」

「かしこまりました」

トールスの妻シャルは返事ののち、そのまま息子カシューを呼びに退室していく。


ほどなくしてドアが開かれてトールスの妻シャルと共にカシューが登場する。

このカシューは察しの通り、新たに生を受けて転生してきた佳純である。

転生前は女性として学生時代まで生きてきたが、特に未練があるわけでもなく今度は男性として生きていくと決めている。


カシューは入室するなり、前世の習慣でお辞儀をしてしまう。

この世界での言語がわからなかったので、何も言わずお辞儀しただけであったが……

「……」

学者ラグナーは予想外の行動に驚く。

「トールスよ。そなたは3歳の子にマナーを身につけさせたのか?」

「いえ、そのような事は全く……」

学者ラグナーはカシューを足先から観察するように見つめる。

「私の言う事はわかるか?」

カシューに向けられた言葉だが、日本語なら断片的でも読み取れたかもしれないが……あまりにも言語が違い過ぎて何を言っているのか全く理解できない。

カシューは苦渋の表情になりながらも、日本語で「わかりません」と答える。

正確には日本語()()()で発声したつもりだ。

自分の発声が耳に届かない今、正確に発音出来たのか確認する手立てはない。


これを聞いた周囲の人は見慣れない発音を耳にして固まる。

いつも一緒にいるシャルやトールスでさえ、初めて聞く発音だった。

「今何と言ったんだ?」

「どこの言語なんだ?」

「発音がおかしいのかしら?」

様々な憶測がカシューの目前で飛び交う。


カシュー自身はというと、この場に呼び出された時点で覚悟を決めている。

自分自身幼いので、外へ出たら無力だ。保護してくれる両親や村の人たちに感謝している。でも、目前にいる人たちにきっと奇異な目で見られたんだろうなぁ。この流れは、村を追い出されるのだろうか?

不安そうになるカシューはぎゅっと小さな指を握りしめる。


学者ラグナーは周囲の人たちと違って、学者としての目で観察をしている。

(外で書いていたというあの文字が気になる。ここで書かせてみようか……)

「ティムス!紙とペンをここへ」

「は……はっ!」

いつもの学者の姿勢に戻ったのを察知した助手ティムスは、そそくさと荷物の中から紙とペン、インクを卓上に用意する。

学者ラグナーはカシューに向かって、手のひらを上向きに手招きする。

「……」

カシューはじっと学者ラグナーを警戒しつつ、見つめる。

学者ラグナーは、そんな幼い子の鋭くも真っすぐな視線を当てられても顔の表情一つ変えず軽く頷く。

「……」

意を決したカシューはゆっくりと卓上に近づく。

「カシュー!」

カシューの一般人にあるまじき態度を見てトールスの妻シャルが呼び止めようとした。

「よい。私が許可する」

シャルの動きを察した学者ラグナーはカシューから視線をそらさずに、周囲の人を制止した。

再びカシューは足を進めて椅子前に立つ。それから学者ラグナーに訴えかけるように軽くお辞儀する。

「……かけたまえ」

学者ラグナーは手を差し出して座るよう促す。

察知したカシューはゆっくりと一礼して、椅子に座る。

(……三歳ほどの子供がこれほど気を配って行動するとは。大人でも出来ない者は多い。大変に興味深いな)

周囲の人たちは固唾をのんで、成り行きを見つめている。

学者ラグナーはゆっくりと卓上のペンを手に取り、インクを付けて紙に書き始める。

紙面にはこのように書かれた。


 <学者 ラグナー・トルグラ> と……


学者ラグナーは助手ティムスに目配せし、もう一枚の紙とペン、そしてインクをカシューの前に並べていった。

カシューは自分自身を指差して学者ラグナーに尋ねるように視線を送る。

察知した学者ラグナーは、こくりと頷く。

(自分の名前を書けっていうことかな?日本語でもいいかな?)

これを受けてカシューは慣れた手つきでペンを手に取り、目前で学者ラグナーが扱っていたのを真似てインクを付けて紙に書き始めた。


< 佳 純 > と漢字で書いていった……



















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