第二話 転生
……
「男になります!」と宣言してしまった佳純。
自分自身でも思いよらぬ発言に対して、顔から火が出そうになるほどほっぺたが赤く火照る。
(わーわー!言っちゃったよ!何言ってんの私!)
でも、女の子として生きて十数年。何かと面倒くさいだけだったし、友達もそんなにできなかった。
今後も女として生きていくよりも、男の体になって生きていくという冒険心の方が勝ってしまっている。女の幸せ?男の幸せ?そんなの十数年しか生きていない私にはわからないよ。中学の卒業文集で「生まれ変わったら異性になりたいか?」というアンケートがあったんだけど、「男になりたい」に票していたのを思い出したよ!目前にいる女神イルマタルの話では、この後転生するって話なんだけど。
正直言って気持ちの準備は出来ていないよ!
「ハイ、わかりました」って答えるしかないのは理解しているんだけどね。非現実的だけど、胸には穴が開いたままなんだし疑う余地はないなぁ。ここまで来ちゃったら、なるようになれって事かな。
時間にも制限あるみたいだし、覚悟決めるしかないね!
佳純は手を握りしめてガッツポーズをとって、無理にでも気合を入れてみた。
「もう少し聞きたい事があるんですけど……」
「何でしょうか?」
佳純は何か思い出したように、疑問を口にし始める。
「私が転生した時、ソフィアはどうなるんですか?」
「ソフィアの心配は無用ですよ」
「でも……」
民族性なのか、自分と関わった者が胸に穴が開いているという、同じ境遇になった相手を見過ごせなかった。女神様なら何とかするのかもしれない。でも、聞かずにはいられなかった。
「フッ……ありがとう。私はそなたを拉致したようなものなのだぞ?しまいには一緒に殺されてしまったわけだが……」
横たわっていたソフィアがむくりと半身を起こして優しい笑顔で返事してきた。
「いいの。私もびっくりしたけれど、こうして不思議な縁を頂けましたし」
佳純の、心からの返事であった。
「お優しいのですね。後の事は私に任せてください」
威圧的でもない、柔らかい口調で女神イルマタルは言葉を返していく。
……優しいあなた様の不安を少しでも解消できるように、いくつか話しましょう。
あなた様の荷物については、然るべきその時までお預かりします。
これより飛ばされる世界は、モンスターと呼ばれる生命体が跋扈しています。
あなた様のいた世界よりも遥かに多くの危険に満ちています。
生き抜く力を身につけるため、鍛錬する事を強く勧めます。
どうか、強く生き抜いていく事を願っています…………
(鍛錬かぁ。向こうで生きていくことは大変みたい。でも、死んだらどうなるかな)
黙って聞いていた佳純は口を開く。
「もし、その世界で死んでしまったらどうなるんですか?」
「その時は元の世界でなく、新しい世界で死ぬだけの話です」
聞くまでもない、当たり前の答えを返されてしまった。
(そっか……当たり前だね。あははは)
佳純は今度は鍛えて強くなろう!と心に決めた。どのような世界が待ち受けているのだろうか……
今後の自分の生き方を大きく変える一歩なんだ。口元を真一文字に引いて、瞳には決意の意志がこもる。
「覚悟は決まったようですね」
女神イルマタルの凛とした、顔の表情から厳かな声が響き渡る。
「もう後に引けません。お願いします!」
「その覚悟、しかと受け止めました。
それでは、これより転生の儀式を始めます」
女神イルマタルは両手を広げて全身から、ぽぅっと淡く暖かな光を放つ。
佳純は放たれた光によって少しずつ浮遊していく。やがて体からも淡い光を纏ってゆく。身も心も暖められる優しい光によって、フワフワと温泉に浸かっているかのような酩酊感をおぼえる。
(どこか懐かしい感覚。まるで胎内にいるかのよう……これから始まるのね)
「佳純よ。私の話が終わる頃には転生の準備が完了するでしょう。ここからは質問は受け付けられません」
(始まったら話しかけられなくなるんだ……)
宙に浮かんで身動きできないし、他に選択肢の無い事を悟った私は、条件反射のように返事する。
「は、はい……わかりました」
佳純の顔が予想できない事が起こる事に対しての、目まぐるしい好奇心と不安で極度にこわばってくる。
(どうなるんだろう?でも、今更だよ。なるようになれってね……初めて手術室に入って寝かされて、始まるときってこのような気持ちになるのかな)
〈どきどきどきどきどき…………〉
首の頸動脈の鼓動が強く感じられるほど、脈が速くなってくる。
女神イルマタルは佳純の目を見て、意を決したように瞑想に入る。百くらい数えた頃だろうか。すぅっと、整った濃い瞼が開かれる。口からは出てくる言葉が、清流を流れる花びらのように緩やかに言葉を紡がれてゆく…………
そなたと接触したソフィア 彼女の魂が燃え尽きる前に佳純
儚き命尽く赤子のもと 新たな生命を紡ぎ出す白銀の魂
聞こえぬは心の闇 これを打ち破りし刻
新たな目覚めが始まりの鬨をあげる
祝福されし魂よ 今ここに目覚めよ!
この言葉を最後に、私の耳には何の音も入らなくなる。いつしか、あんなに速かった脈が嘘のように静かに落ち着いていく。
女神イルマタルから発せられた光が佳純を、いくつもの束を重ねてぐるぐると全身を覆っていく。やがては全ての光が集まり、一つの大きな卵型をかたどっていく。周囲が真っ白い光に包まれて視界が埋め尽くされていく。赤子を優しく包む胎内のような、白い光の繭。佳純はホワイトアウトした視界に驚きをおぼえたが、包まれるような優しさを全身に受け止めて安心感でいっぱいになる。やがては、拡がっていく安心感の中で、意識を手放してしいく…………