序章 「狐の嫁入り」
平成2X年
平坂市 清和北高校
小さな雲がまばらに散りばめられた、淡いオレンジに染まりかけた空には、ぽつりぽつりと所々雨を降らせては止ませている。
「んー、ハッキリしない天気ね」
学校の廊下を走っていた佳純はオレンジかがった空をしかめっ面で窓越しに見上げた。
〈キーンコーン カーンコーン〉
本日の下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響く。
急なにわか雨に驚きつつも、傘を忘れてそそくさと帰る者。
相合傘に入れてもらおうと、クラスの子たちがはしゃいで話をしている喧騒で埋め尽くされている玄関口。
傘を持って来ていなかった佳純は、ちらりと周囲を見回す。
誰か私に「一緒に帰ろう」って、声をかけてくるだろうか?
そんな期待をした私が馬鹿だったと言わんばかりに、すれ違う何人かの鞄や肘などが触れてゆく。
まるで私が見えていないかのように……
(私って居なくてもいい子だったんだ)
まるで関心を持たず耳を塞ぐように、佳純は早足で人混みを抜けていく。
佳純は誰からも声をかけられない程度に、友達が少なかった。
(……いつもの事なんだし)
佳純は小学の頃に両親の離婚で母と二人暮らし。母は働きづめであまり構って貰えず、家に帰っても誰もいない。友達とも上手く話せなくなってしまった。もっと打ち解けるべきなんだけど、一人でいる方が気楽でいいやって思ってしまう自分が腹立たしい。
本当は寂しい。そのはずなのに母に心配をかけまいと、大丈夫大丈夫と言い続けてきた。いつしか他人に対して興味が持てなくなる。自分自身さえも、ふっと居なくなってもいいんじゃないかなって思えてきてしまう。時には「死にたい」なんて思えてしまう。
こんな事を考えてしまう私に気安く、声をかけてくる人は周囲には居なかった。
考えを止めようとすればするほど、辛い気持ちばかりが溢れてくる……
これ以上考えるのを止めにして、小走りで小雨が降り続く家路につく。
空を見上げると、ふんわりオレンジに染まってきた散らばってる小さなひつじ雲。そこからパラパラ雨がまとまって降ってきた。
(わ!雨が強くなってきた!)
雨脚が強くなってきて、少しでも早く家に帰りたい佳純は、普段通らない細い脇道を通っていくことにした。
やや黒っぽい高級そうな生地に、セーラーの特徴を残して現代風に意匠をこらしたデザインの制服。ところどころ遊びの入った、縦と縁の白いラインがスマートで清楚さを引き立てている。黄色い制服のリボンが通う清和北高校の、ワンポイントになっている。駆けるたびに、小ぶりで後ろに束ねたポニーテールが揺れる。
ぴちゃり!
走り出た足に泥水が跳ねる。
……今の私にお似合いだ。
(もっと汚れてしまえ。あたしなんか)
そう思った。
どんどん、泥水か靴にソックスにあたっていく。
このままジッとしてたら、目に涙までも溢れてきそうだ。
だが、それもそう長くは続かない。
運動部に属していなかったので、たちまちに息を切らしてきた。
「ぜぃぜぃ……ぜーぜー」
たまらす足を止める。
深い水たまりから跳ねた泥水が顔にかかる。
(晴れてるはずなのに降って来ちゃうし、もう最悪っ!)
雨宿り出来そうな所はまだ先。もう少し走らないと風邪をひいてしまう。佳純はもう少し頑張ろうと、乱れた呼吸を少しずつ整えていく。
一息つかせる間を奪うかのように、降り注ぐ雨は強くなってくる。
〈バンッ!〉
急に耳を覆いたくなるほどの強い破裂音に襲われ、思わず目を閉じて身がすくんだ。
「……」
一分ほど経っただろうか?
恐る恐る片目を開けてみると……
目の前にはマーブル状の様々な色の靄がうごめいていた。
同じようなものを見た事はなく、現実とは思えない不思議な光景に目を奪われてぼーっとしてしまう。
すると、
〈キンキンキンキン!〉
と甲高い音を震わせながら靄の中から何かが出てくる気配がした。
「何なのよ!これ?」
佳純は背筋に冷たい恐怖心を覚えて、その場を立ち去ろうと足を踏み出そうとした……が、一歩も動かせなかった。腰が抜けたのだ。
うごめく靄の中から、人型の物体がせり出そうとしていた。
〈キィィーーン!〉
と耳障りで甲高い音が鳴り響く中で佳純は、ごくりと固唾をのんだ。
出てきた人型は我々現代人が着るファッションからかけ離れていて、一層警戒心が高まる。
頭にはフルフェイスの兜を被っていて所々血が付着しており、全身にはズタズタに破損した鎧に装具を纏わせている。
破損も無く、血汚れなど付着していなければ恐らくは、白銀に輝く西洋式に近い鎧であったに違いない。
(鎧?どこかの国の鎧なのかなぁ?西洋っぽい気がするんだけど?)
目の前の人物が私に気が付くと、振り絞ったように口をひらいて尋ねてきた。
「××××××××××××……」
(えっ?)
「な……なに??」
全く聞き取れなかった佳純は目をきょとんとさせて、目の前にいる人物を凝視している。
言語が通じていないことを察したかのように、目の前の人物は仰々しいフルフェイスの兜を外していく。
そこからは流れるようにキラキラとした白銀色の髪がこぼれ出てきた。想像に反してどこかの国のモデルのような人が出てきたよ!
「ふわぁ……き……綺麗な人……」
佳純は溜息交じりで未だ現実を受け止められないでいる。
目の前の白銀の髪の女性は言語が通じていないとわかり、私にスゥっと笑みかけた。
その刹那、
〈ドンっ!〉
と鈍い音が全身を駆け巡る。
「えっ?」
佳純はそれが何であったのか、理解するのに暫くの時間を要したのだった。
何故か、自分の胸に黒い棒が生えているのだ。
目の前の白銀の髪の女性も私と同じく胸から黒い棒を生やしている。
「××××××」
カッと目を見開いて、驚愕した白銀の髪の女性が申し訳なさそうな顔でこちらを見つめてくる。
「な……なんなの?」
いや、違う!
これは目の前の女性と私の胸を貫いているのだ。
やっと理解出来たその時、佳純はふっと意識を手放す…………
「私、死んだのね……」