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決意

「おばあちゃん」

 上げかけた腕を下ろして、ぼくはおばあちゃんと向かい合った。こうやって正面から向き合うのは初めてかも知れない。

「ありがとう。やっと分かった気がする、おばあちゃんのこと」

「……何を言っているんだ、お前。そんなことは良いから、早くやるんだ。もうすぐドームがなくなる」

 おばあちゃんは困惑しているようだ。でもそれは仕方のないことだろう。ぼくが『ありがとう』なんておばあちゃんに言うのは今までなかったことだから。

「おばあちゃん。ぼくが今ドームを作ってもきっとまたいつか消えてしまう、そうでしょ。それに、その時にはもうおばあちゃんは出てきてくれないんでしょ?」

「そんなのは当たり前だ。だからお前は、自分の子どもに力を受け継いで守り続けるんだ。私にいつまでも甘えているんじゃない」

「それなら、今からもう甘えない」

「……なんだって?」

「甘えるなって言いながら、結局おばあちゃんはおせっかいするんだ。だからもう、今からぼくは甘えない」

「意味が分からないよ。良いからさっさとドームを作ってしまいな。わけの分からんことを言ってるんじゃないよ」

 おばあちゃんは苦しそうに言う。今にも倒れてしまいそうな姿なのに、今にも飛び掛ってきそうなほど、言葉には力がこもっていた。

 それでもぼくはおばあちゃんの強制に怯えないで、思っていることを素直に口に出すことにした。

「おばあちゃんが作ったドームのドア――あれを開けたら危険な外の世界に出られるのに、あんなものを一体どうして付けたの?」

 その言葉を聞いた瞬間、今度こそおばあちゃんは怒りをむき出しにした。

「ドアを開けたのかい!? バカ!! あれは開けちゃいけないものなんだよ!!」

 おばあちゃんは唇を震わせて叫ぶ。口うるさく、ぼくを怖がらせるための顔じゃない。今まで見たことのない本気の怒りの形相。

「……本当かな」

 でも、その怒りに説得力はない。ぼくの腕に宿ったおばあちゃんの想いが、ハッキリと答えを出していた。

「おばあちゃんも本当は分かっていたんだ。いつまでも自分が皆を守っているわけにはいかないって。だからドアを付けた。誰かに開けて欲しくて」

 おばあちゃんは力の限り叫んでいた。でもそれは言葉になっていない。まるで命がなくなる間近のトラかライオンのよう。

 ごめん、おばあちゃん。変なことを言って苦しめて。

「おばあちゃん、ありがとう……でもぼくは、おばあちゃんに守られているままじゃきっとダメなんだ」

 ぼくの頭の中に怪物の姿が再生される。

 怪物は怖い。『外の世界』は、怖い。思い出しただけで、ぼくの足はまた震え出した。

 でも、今なら何とかなる気がする。何とかしなきゃいけない気がする。

「本当はドームの中じゃなくて、外の世界で生きなきゃダメなんだよね」

 おばあちゃんは悲鳴のような絶叫を止めない。その声は、少しずつ薄くなって――やがてその姿と共に消えた。

 おばあちゃんは、消えてしまった。

 夢のような再会のひととき。それももう終わり。

 でも、不思議と寂しくない。おばあちゃんの温もりは、この腕にしっかりと残されているから。

「なんだ、さっきの光は!?」

「おい、大丈夫か!」

 ふと、いくつかの声が聞こえてきた。それと共に大勢の人の気配がそこにあるのを感じる。おばあちゃんの柱を見たのか、公園の入口には町の皆が集まっていた。

 そして直後、それを待っていたと言わんばかりに耳鳴りのような高音が町中に響く。

「ぎゃあああああっ!」

あまりのノイズに集まった皆は必死に耳を塞いだ。頭が割れそうになる音。悲鳴を上げる人もいる。それも当然だ。こんな音、この世のものじゃない。

 やがて、音は完全に静まった。町は真夜中のように暗くなっていた。今までほのかにあった温もりが、感じられなくなった。

 ぼくは直感で悟った。ドームが完全に消滅したのだ。

「い、嫌だ……怪物が来る……」

「もう、もうお終いだあああああああ!!!!!!!!」

 町の皆の声にならない叫びが、嗚咽がそこかしこから聞こえる。

 始まったんだ。記憶の復活が。みんな思い出してしまった。あの忌まわしい怪物のことを。

 ごめん、みんな。ぼくが黙ってドームを作ればもしかしたら幸せでいられた。

 でも、ぼくたちはまた歩み出さなければいけない。

 次の瞬間、あの夜聞いた怪物の呻きが町中に響き渡る。町の皆の声も一層強くなった。まるでピアノをデタラメに弾いたみたいな、狂った声。

「ぼくがなんとかするから――大丈夫だから、任せてよ」

 左腕の熱が高まるのをぼくは感じていた。これはおばあちゃんの願い。そして、ぼく自身の願い。それを達成するためにより強く光る。

 ただひとつ、怪物との共存という道を再び切り拓くために。


 ぼくたちは、生きる。

 これからは、自分の力で生きる。たくさん守ってもらったおばあちゃんを安心させるために。

 足はまだ震えている。怖さは消えない。

 でも、大丈夫。きっと出来る。

 ――だってぼくは、皆を守ったおばあちゃんの孫なんだから。

これで終了です。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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