めまい
「よお、元気だったかい」
「おばあちゃん……どうして……」
たったの一言なのに声が震えてしまう。だって、もう死んだはずのおばあちゃんが目の前にいるんだ。こんなの、いきなり過ぎて何を言ったら良いのか分からない。
しかも目の前のおばあちゃんは若かった。多分、だいたい高校生くらい。でもその仕草や雰囲気はやっぱりおばあちゃんでしか有り得なかった。優しい目をして微笑んでいるおばあちゃん。
でも、それはすぐに真剣な表情へと変わった。
「これからお前に大切な力を渡す。それを使ってお前は町の皆を守るんだ」
「な、何言ってるの、急に」
意味が分からない。これは夢か何かか。
そうだ。カマドはいったいどこに行ったんだ。妙な胸騒ぎを抑え込み、どうにか言葉を絞り出す。
「か、カマドは……? カマドはどこ行ったの?」
「残念だが、もういない」
「え……?」
おばあちゃんは怖いカオで怖いことを言う。嫌な予感がより強くなる。
「実はな、カマドは私の友人だったんだ。ずっと一緒に戦ってきたが、お前が生まれた頃にはもうアイツは体の自由が効かなくなっていたんだ。だから私が頼んだ。もう一度赤ん坊に戻って、お前を見張っておいて欲しいと」
「ど、どういうこと? 意味、わかんないよ」
「いいか、良く聞け。まず前提として、私はどうにかしてお前の親に力を引き継ぐ必要があった。バリアの継続のためにだ。もしバリアを継続出来なかったら町の皆の記憶にあの怪物の姿が蘇ってしまう」
「怪物……」
「そうだ。バリアの外には生命体がいる。かつて人間と共存していた者達がな。でも連中はやがて怪物になってしまった。次第に変わっていく連中を見て、私はもう共存は出来ないと悟った。それで私は戦いの中で得た力を使ってカマドと共にバリアを張った。そして町の皆から怪物の記憶を消去したんだ。忌まわしい怪物の記憶を葬り続けるにはバリアを継続しなければならん。だからお前の親に引き継ごうとしたんだが、アイツも頑固でな。中々言うことを聞かん。もしジリ貧になって引き継ぎが失敗に終わったら打つ手がなくなってしまう。そこでカマドに保険を頼んだんだ。カマドがいれば私を現世に呼び戻せる。ちょうど今見せたようにな。そうすればお前に力を引き継げる。ドームの寿命を考えるとギリギリだが、このタイミングしかなかったんだ」
間違いない。怪物とはぼくが目にしたあのおぞましい何かのことだ。アレと共存出来ていただなんて、全く信じられない。
カマドもいない。怪物は来る。立て続けに出される情報に頭が混乱してくる。
「しかし、カマドにはその代償を払ってもらった。私を呼んだ瞬間、カマドは消えた。私自身もそんなに長くはいられない。これは共にバリアを張ったカマドと私だから出来る裏ワザのようなもんだからな。そこまで大層な力じゃない――でも結局、その決断は功を奏した。何せお前の親は死んじまったからな」
今流れた言葉を理解しろと言われて、いったい何人の人がちゃんと理解出来るだろう。少なくともぼくには無理だ。カマドがいないとか、おばあちゃんがいるとか、こんなの整理なんて出来っこない。
「この若い姿なら、力の引き継ぎに支障はない……カマドは本当に良くやってくれた。一時的にせよ生を操るようなマネをして、本当に悪いことをした。だがな、アイツは間際に言っていた。お前と過ごした時は楽しかったんだと」
おばあちゃんの声が耳に入ってくる。
ポニーテールを揺らして、いつも活発に駆け回るカマドの姿。それがぼくの頭から少しずつ消えていくような気がした。いつも屈託なく笑っていたカマド。ぼくに優しかったカマド。もう戻らないカマド。唐突な別れ。
だけど、目の前のおばあちゃんは悲しむ時間を与えてくれなかった。一瞬遠い目をしただけで、すぐに睨み付けるような視線をぼくに投げ込んできた。
「……さて本題だ。カマドが言っていた通り、ドームの効果はもうすぐ切れる。今度はお前がドームを作るんだ。さあ、手を出しな」
おばあちゃんは有無を言わさずぼくの左腕を取る。その瞬間、おばあちゃんの腕をつたって何かが流れ込んできた。
それは、おばあちゃんの力。
「あ、熱い……!!」
火傷と間違うほどの熱さが左腕を突き抜ける。計り知れない膨大なエネルギーがぼくの細い腕に詰め込まれたのが分かった。
「その左腕を天にかざすんだ。そうすれば瞬く間に新しいドームが出来る」
おばあちゃんはゆっくりと、ぼくから手を離してそう言った。
左腕は激しい光を放っていた。おばあちゃんの力が確かにここにある。それはどこか懐かしい暖かさと、危険な強さを同時にはらんでいた。
「これが、おばあちゃんの力、なの……」
顔を上げておばあちゃんの姿を見た瞬間、ぼくは息を呑んだ。
目の前のおばあちゃんはもう若い姿ではなかった。一瞬で、ぼくの知っているあの年老いた姿へと変貌していた。おばあちゃんはとても苦しそうだった。腰は曲がり、自分の力で立っているのがやっとのようだった。
「さあ、やるんだ。皆を守るんだよ」
それでも、声の力は全く変わらない。芯の通った強い声。
おばあちゃんの声は、まるで頭の中に直接話し掛けられているみたいに響く。中から頭が揺らされるような気持ちの悪い感覚。
ぼくは思わず頭を押さえて、無意識におばあちゃんとの距離を離した。
「待って……待って、おばあちゃん……」
心に蘇るのは昔の感覚。
一人で暮らしている今になっても鮮明に思い出せる。おばあちゃんに縛り付けられるあの感覚。育まれた自分の思考が急に停止するあの感覚。手足がしびれ、切羽詰まるようなあの感覚。
またおばあちゃんは勝手にぼくの行動を制限しようとする。こんな物騒なとんでもないものを渡して、これでもかとぼくを押さえ付ける。また黙って言う通りにならなきゃいけないのか。
――嫌だ。
「や、やめて、おばあちゃん……」
思いは声に出る。言いなりなんかになりたくない。それでも頭はどんどん痛くなる。めまいは一層強くなる。
「――!」
瞬間、ぼくの頭にひとつの景色が流れ込んできた。