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豹変

「ねえ、知ってる? この町には昔台風が来てたけど、もう来ることはないんだって」

 休み時間の開放感と共に届くクラスメートの話し声。ぼくは窓の外を見ながら黙って耳をそばだてる。

「うん。凄いよね。それもこれもドームが町を守っているからだよ!」

 目をキラキラ輝かせて熱っぽくはしゃいでいるのはカマドだった。ドームの話をすると、カマドは決まってテンションが高くなる。

 カマドはいつかぼくに話したみたいに色んなことを矢継ぎ早に喋っていた。その声の通りといったら、まるで始業のベルみたい。

ぼくは机に突っ伏して寝たフリをした。勢いあまってカマドが急におばあちゃんの話題を振ってくるんじゃないだろうかと思ったからだ。けど、どうやら幸いにも心配していたことは起きずに済んだ。

 それで良い。ぼくの口から出るおばあちゃんのことは大人が言うおばあちゃんの情報とあまりにも違いすぎる。カマドや他のクラスメートはきっと困惑してしまう。

「でも、台風って一度経験してみたいよねー。風と雨が横から来るんだって。どれくらい凄いんだろう」

 うっとりした声でカマドが呟いた瞬間、本物の始業ベルが鳴った。教室の皆はがやがやと自分の席に戻り出し、真後ろの席でも慌てて椅子を引く音がした。ぼくの後ろはカマドだ。この様子なら着席に間に合ったらしい。

 それにしても台風を経験してみたいだなんておかしなことを言う。危ないものだって授業でも散々聞かされているはずなのに、どうしてそんなものを体験したいと思うのだろう。心の中でカマドをからかいながら演技の伸びをした。

 不意に、ぼくは背中を何者かにつつかれる。ハッとして振り返ると、後ろの席のカマドがねだるような顔でこっちを見ていた。

「ねえねえ。今日、公園に遊びに行こうよ」

 心の中が読まれてしまったのかと焦ったが、どうやらそうではないらしい。ぼくはホッとして頷いた。

「オッケー、決まりだね」

 満面の笑みと共にポニーテールがひとつ揺れる。思わず見とれてしまうが、即座に始業後であることを思い出す。急いで前に向き直ると、先生は何食わぬ顔でプリントの用意をしていた。良かった。お喋りしていたこと、バレていない。

 おばあちゃんが亡くなった後、カマドはぼくのことを世話してくれるようになった。同い年なのに世話だなんてヘンなやつだとその時は思ったけど、なんだかんだで助かっている。急におばあちゃんを失って沈んだぼくの気持ちを救ってくれたのは恐らくカマドなんだろう。

 でもそれだけじゃない。カマドとは放課後もよく遊ぶ。場所は色々だ。いつもぼくは誘ってもらってばかりだけど、悪い気はしない。ぼくから誘うなんてことは恥ずかしいからやらないし。

 今日もそんな日常の延長。

「はやく行くよ!!」

 やがて授業が終わり学校から解放されたと感じるのもつかの間、カマドたちは帰り支度をするぼくを待たずにすぐさま駆け出した。

 カマドが男の子だと言うならまだ分かるけど、そうじゃない。ぼくと同じ女の子。この活発さはいつも不思議に思う。とにかく置いていかれないように必死に走っていたら、あっという間に公園に到着した。誰もいない公園。そこかしこにうっそうと草が生い茂っている。どうやら今は手入れがされていないようだった。

「ここならきっと、あるはずなんだよね……」

 学校からここまで走ってきたばかりなのに、カマドは既に次の行動を開始していた。何かを探すように草むらをひたすら漁っている。その疲れ知らずには本当に呆れるしかない。

 不意に、頭の中に浮かんでくる情景があった。

「ほら、お前は運動不足なんだから外で思いっきり遊ばなきゃダメだよ」

 聞こえるのはおばあちゃんの声。映るのは、まだ子どものぼく。

 そう言えば、昔ここでおばあちゃんと遊んだことがある。いや、遊んだわけではない。おばあちゃんがぼくを運動させようとしただけ。

「なんだいその走り方は。もっとしっかり腕を振りなさい」

 嫌味ったらしい声が息切れする体を侵食する。目が回りそうになる感覚。

「――へへん、やっぱりね」

 急に、カマドがまた視界に現れた。草むらから拾ったのか、身の丈の半分程度の長さの棒切れを自慢げに掲げている。

 息を止めて潜り込んだ水中からやっとの思いで水面に顔を出した瞬間のような気分がした。カマドといるとなぜかたまにおばあちゃんとのことが頭に蘇ってくる。

 ぼうっと余韻に浸っていると、カマドは続けて鞄から小さなボールを取り出した。

「今日はこれ! ほら、投げて投げて!」

 カマドはもう一人一緒に来ていたクラスメートの子にボールを渡して、自分は勢い良くスイングを始めた。なんとなく状況が理解出来たぼくはカマドたちから遠くに離れて、飛んでくるであろうボールを待ち受けることにした。

「いっけー!」

 狙いは的中した。カマドはクラスメートが投げ込んだゴムのボールを棒切れでかっ飛ばした。このホームラン競争が今日の遊び。女の子らしくないけど、カマドらしい活発な遊び。

 打球は一直線にぼくの方へと向かってくる。そして、頭上をあっさりと通過して後ろの草むらへと飛び込んだ。

「ごめーん、飛ばし過ぎちゃったー」

 ボールに遅れてカマドの声が飛んでくる。せっかくの会心の当たりを悪い気持ちにさせてはいけない。ぼくは右手を振り上げジェスチャーで気にしていないことを伝え、ボールを探すことにした。

 草むらの背は高く、分け入って行くとあっという間にぼくの体を飲み込んだ。視界は中々に悪い。大体の勘を頼りにボールがあるであろう方角へ少しずつ進む。

「あっ……」

 直後目に飛び込んでくるものがあった。それは、ドームの壁。

 町の端に位置しているこの公園。昔おばあちゃんと一緒にここへ来た時には、ドームの壁を良く触っていたものだった。今はもう意識することもなくなったドームの壁。思わず懐かしさが込み上げた。無意識のうちに壁に近付き、ドームに触れる。

「あったかい……」

 久し振りに触ったドームは、昔と何も変わらなかった。包まれるような優しさを持っているドーム。口うるさいあのおばあちゃんがごくたまに見せた穏やかな笑みによく似ている。

 ドームを手でゆっくりとなぞる。何とも言えない心地良さを指先から得る。突き抜ける快感と眠たくなる安らぎの混在。

 しかしその行進は、何かに遮られた。今まで見たことのないモノがドームの壁から生えている。

 それは突起だった。平面だけのはずのドームに、一箇所だけ明らかな出っ張りがある。ドームの壁に突起があるなんて誰からも聞いたことがないが、これが指の進路を塞いだモノの正体であるのは間違いなかった。

 辺りを見回す。目に映る風景から、ここが草むらに覆われた公園の中でも特別隅っこにあたる場所であることを確認出来た。こんな場所なら、この妙な突起のことを誰も知らないのは変じゃないかも知れない。

 それに、なぜかこの物体はぼくの気を引く。感覚のままに、でも慎重に近付いてみる。間近で注視すると、突起はまるでドアノブのような形をしていることが見て取れた。

 薄膜にドアノブだなんて変な話だ。回したら開くんじゃないか。もし開いたらどうなってしまうのか。もしかしたら外に世界があって、そこに行けたりするのだろうか。気付けばそんなわけの分からない妄想が膨らんでいた。

 でも、もしかしたら本当に開くかも知れない。妄想と好奇心がごちゃごちゃになり、ぼくはその突起に触れてみる――

「なに、してるの」

 瞬間、ぼくの心臓はこれまでになく大きな幅で振動した。

 振り向くと、いつの間にかカマドがそこに立っていた。

 全く気付かなかった。いつからここにいるのか。いや、それよりも問題は、そのカオだった。

 今まで見たことのない、感情がごそっと欠落したようなカオ。カマドって、こんなカオするんだ。

「もうボール見つけたよ。早く戻ろう」

 カマドはぼくの動揺に構う素振りもなく二言目を発した。その瞬間にはもういつもの顔と調子に戻っていた。

「いい、草むらの奥は何が出てくるか分からないんだから。危ないから次からは一人じゃなくて皆で探すようにしよう」

 可愛らしく揺れるポニーテールでは説得力がないが、カマドは説教モードに入っていた。こうなるとぼくはただ謝るしかない。

 なんだかんだ優しいカマドはすぐに許してくれる。もう一人のクラスメートと再合流し、またボールで思い切り遊んだ。

やがて日が暮れて解散するまで続いた、仲の良いクラスメートとの楽しいひととき。

 でもぼくの頭からは、遊んでいる間ずっと、あのカマドの不気味なカオが焼き付いて離れなかった。

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