おもいで
この町には『ドーム』がある。
ドームと言っても、屋根や壁は透明だ。だから天井を見上げればその先の空が見える。
ドームは町を包んでいる。町の端に行くとドームの壁に触ることが出来る。
とても薄い、それでいて破れる気配がかけらもないドームの壁。
触ってみると、柔らかくて。
優しくて、暖かくて。
手で触れているだけなのに、まるで体全体が包まれたような気持ちになる。
「この町は色んな作物が採れるでしょ。だから食料不足にならないで生活出来るんだって。お母さんが言ってたんだよ」
ドームのことになると、カマドは決まって食料のことから話し始める。いつもぴょこぴょこ可愛く歩くクラスメート。
「でもね、作物の出来っていうのは天気が大きく関わってくる。ほんの少しの災害が、せっかく育てた新鮮な大地の恵みを簡単にイチコロにするんだって」
カマドは子どものクセに食料や作物のことにやけに詳しかった。そして、その話になると悲しそうに遠くを見るのはいつもの癖だった。長い髪をまとめたポニーテールをふわりと揺らす。ぼくにはない、長い髪。
でも、カマドはそこから一瞬で輝きを取り戻す。それは、おばあちゃんの話になるから。
「それを救ったのが、君のおばあちゃんなんだって。おばあちゃんの力で町は色んな災害から守られているんだよ。凄いよね!」
カマドは興奮してぼくに顔を近付けてくる。あまりの近さにぼくは思わず後ずさる。
「君のおばあちゃんは町の皆の生活を守るためにドームを作ったんだって。このドームは災害を防いでくれる。そして必要な分だけの雨や風を作り出してくれる。あたしたちが安心して暮らせるのも、君のおばあちゃんのおかげなんだよ!」
それは知っている。カマドだけじゃなく、町の皆がぼくに会うと決まってこの話をするからだ。
ぼくの家系は、人のために何かをする性分を持っていたらしい。その中でもおばあちゃんは特に大きな人助けをした。それがドームの存在。おばあちゃんだけの、超能力みたいな力。
だから町の皆はおばあちゃんのことを褒め称える。ぼくの顔を見る度、おばあちゃんの話を聞かせてくる。
だけど、ぼくは釈然としない。
「まだ宿題やってないの? 遊んでないでいい加減に早くやりなさい。いつもこうやって寝るのが遅くなるんだから」
おばあちゃんの声は、目を瞑ると今でも耳にはっきり聞こえてくる。
「ちょうど今やろうとしてたとこだってば」
ぼくは反論する。だって、そりゃそうだ。こっちがやる気を出すタイミングを狙ったように言われては、やりたいものもやりたくなくなる。
まあ、遊んでたのは本当だけど。
「早くしないと寝る時間がなくなるよ。早寝早起きしないとダメだよ。お前はいつも遅いんだから、早くやんなさい」
やる、と言っているのに言葉を止めない。本当にこっちの話を聞いているのだろうか。どうしようもなくうんざりしてくる。図星だから余計にイライラする。
「だいたいいつも寝る時間が遅くなるから次の朝もすぐ起きられないんでしょうが。こういうのが続くと大きくなった時に――」
「だから今からやるんだってば。良いからちょっと黙っててよ!」
耐え切れず、そこでぼくは怒鳴り散らす。
「そうかい、悪かったよ……」
それでようやく、おばあちゃんは静まってくれる。
でも、悪かったと言ったクセに次の日には全く同じことを言う。それだけじゃない。友達と遊びに行く時の服もいちいち指定してくる。それも、ぼくが着ようとしていた服といつも違うもの。お風呂だって、歯磨きだって、ぼくがやろうとしている横から早くやりなさいと被せてくる。いつも口うるさかったぼくのおばあちゃん。
友達はお父さんやお母さんにしょっちゅう怒られると言うけど、ぼくの親はもう、ぼくが覚えていないくらいだいぶ前からこの世にいない。ぼくは実際のところおばあちゃんに育てられてきたのだ。
だからぼくはおばあちゃんに小言を言われる。そしてその量は、クラスメートの誰よりもきっとぼくの方が絶対に多いに違いない。
いくら凄い力を持っていようとぼくにとっておばあちゃんはそういうものだから、皆が褒めるのはなんだか歯がゆい。皆にとってのおばあちゃんとぼくにとってのおばあちゃんが一緒になることは、これからもきっとないだろう。
もう今は、おばあちゃんはいないけど。