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15 悲劇の再現

 カズオミ・クガは工作好きの青年で、戦うのは苦手だが一応、火の島の竜騎士だ。先のピクシス奪還のごたごたの中で、なぜか別の島の竜王である土竜王スタイラスに師事することになった。

 もっとも今は炎竜王不在のピクシスが気になるので、火の島に戻ってきている。アサヒからこっそり、ある女性の世話を頼まれていたからだ。


「お茶を用意しましたよ、ミツキさん」

「……」


 虚ろな瞳をした銀髪の麗人は答えない。

 構わずティーカップを手元に持たせると、自動的な動作で彼女はカップを口元に運んだ。

 女性はアサヒの姉(血は繋がっておらず家族のように側にいただけ)らしい。


 ……お前の付与の力、望んだ力を持つ物を作る能力を利用したら、もしかしたらミツキを回復させられるかもしれない。駄目元で良いから、やってみてくれないか。


 アサヒはそう、カズオミに頼んで風の島アウリガへ旅立った。

 残されたカズオミは、定期的にミツキの元を訪れては、工夫して入れたお茶や食べ物を差し入れてみたが、効果は今のところ見られない。


「うーん。やっぱり漠然とし過ぎてるのかなあ」


 カズオミの付与の力は、具体的にイメージして念じれば力を発揮しやすい。しかし、ミツキがどういう状態か分からない以上「早く良くなれ」的な曖昧なことしか思い付かないため、効果が出にくいのだと思われた。


 その日も反応のないミツキ相手に世話を焼いていたのだが。


「お邪魔するぜ」

「止まりなさい! 誰か……」

「黙れ」


 乱暴な物音と共に声がして、扉が開き、見知らぬ男が現れた。


「あなたは……?!」


 カズオミは、男が無造作に床に投げ出した血まみれの侍女を見て驚愕する。床に血が広がっていく。男の背後の壁には飛び散った血の跡が見えた。


「なんだ、カスみてえな守りだな。あっさりたどり着いて拍子抜けしちまったぜ」


 男はそう言って、どこか狂気染みた笑みを浮かべた。

 カズオミは無意識に一歩下がる。


「久しぶりだな、巫女姫さんよ。あんたを連れ帰れば、俺も晴れて栄転、上々でアウリガに帰れるだろうよ。はっ、楽な仕事だぜ」


 真昼の穏やかな離宮を突然おそった悲劇に、カズオミは呆然とした。

 しかし男の台詞を聞いて我に返る。狙いは巫女姫のミツキだ。

 アサヒに、友達に大切な人を頼まれているのに。

 僕が守らなきゃ、誰が守るんだ。


「小僧、どけ」

「どかない」


 カズオミはミツキの前に立った。

 戦う覚悟を決めたカズオミだが、あいにく武器を持ち合わせていなかった。さらに言えば、戦いに使えるような魔術も習得していない。

 つまり、全く何もできることはない。

 それでも。


「僕はピクシスの竜騎士だ! 巫女姫は渡さない!」

「そうか、なら死ね」


 ただ棒立ちになってカズオミは男をにらむ。

 男の持つ血塗れた長剣が、無防備なカズオミに向かって振り下ろされた。





 ミツキの意識は完全に閉じていた訳ではない。

 彼女は魔術によって精神だけ眠りに落とされていたが、時折、意識は浮上して夢を見るように、ぼんやりと現実世界を眺めていた。

 魔術を掛けられたのはピクシスに戻る少し前。それまでは、光の島コローナにある塔の上に監禁されて生活をしていた。光竜王は火の島へミツキを連れて行くにあたって、彼女が余計なことをしないように抵抗を封じたのだ。


 魔術を掛けた光竜王が離れ、故郷のピクシスでアサヒやヒズミを初めとする家族や親しい人々と触れあったことは、ミツキの意識に影響を与えていた。それは目覚めの決定打にはならなかったが、故郷に帰ってきたことをミツキはうっすら感じとってはいたのだ。


 しかし、彼女の覚醒を促したのは、皮肉なことに家族の愛情ではなく、悲劇の再現だった。

 血の匂いと赤く染まった床。

 目の前に立つ少年はふるえている。


 ミツキの虚ろな目には、前に立つカズオミが少年の頃のアサヒに見えていた。守ってあげなければいけない、無力で愛しい弟。

 彼女にとって一番印象深い、心に刻まれた思い出。

 それはアサヒと同じく……あの悲劇の日の選択の思い出だった。

 強い情動が彼女の胸の奥に沸き上がる。

 理不尽への抵抗、大切な誰かを守りたいという強い想い。


「……無礼者。恥を知りなさい」


 椅子から腰を上げ、少年の腕を引いて、自分と場所を入れ換える。

 敵が振り下ろした刃を寸前で止めた。


「小僧をかばうか、お姫様」

「み、ミツキさん……!」


 少年の声は記憶にあるものとは違う。

 違和感は覚えつつも、ミツキは衝動的に少年を後ろに庇って胸を張った。


「良いねえ、ますます話が早い。小僧の命が惜しければ、俺に大人しく付いてきてくれるか、お姫様?」


 男は愉悦に堪らないと言った雰囲気で口角を上げて笑った。


「私は……」


 絶望と虚脱と怒りと……それらを同時に感じながらミツキは男に返事しようとする。

 あの時と同じように、ミツキは大切な人を守るための選択をする。それが故郷や家族との別れに繋がると知っていても。その先に孤独が待ち受けているとしても。

 彼女は何度だって同じ選択を繰り返す。

 そしてコローナの暗い塔の中で独り空を見上げるのだ。


「駄目だ、ミツキさん!」

「はははっ、上出来だお姫様!」


 男が手を伸ばしてミツキの腕を掴もうとしたその時。

 轟音と共に地面が揺れ、離宮の壁が崩れた。

 黄金の炎が壁をバターのように溶かして広がった。

 奇妙なことに炎は熱くなく、カズオミやミツキを傷付けない。


「なんだぁ……ぐがっ!」


 敵の男は伸ばし掛けた手を引っ込めて、腹を押さえて後退した。

 炎の中から飛んできた剣がその腹に突き刺さっている。


「今度は……今度は間に合った」


 それはミツキの知る少年の声より低くなっていたが、懐かしい響きの声だった。

 悲劇の赤を、黄金の炎が塗り替えていく。


「貴様は……!?」


 男は恐怖のこもった目で黄金の炎を見つめた。

 炎の中から、鮮烈な赤い瞳をした黒髪の青年が現れる。


「あの時は怖くて、何もできなかった。だけど今度は、自分に恥じない選択をするんだ。俺は自分も大切な人も、両方を救いたい」

「……炎竜王!! 戻ってきたのか?!」


 いつの間にか離宮の天井は崩れて青空が見えている。

 炎に溶けた壁の外には、漆黒の竜王が4枚の翼を広げてミツキ達を見下ろしていた。




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