14 風竜王アネモス
炎竜王の力は破壊の力。
パズスを消滅させることは、もちろん可能だ。
「だけどそれじゃ、可哀想だよな。だってアイツ、風竜王を守るために頑張ってるだけだし」
もとは風竜王に仕える魔物だった。
今は見境なく近付く者に攻撃するだけと化していても、光竜王によって認識を歪められていても、パズスはただ主を守ろうとしているだけなのである。
白水晶の剣に指を走らせて炎を宿らせる。
竜王の力を使わない場合は体内の魔力を使うしかない。アサヒの場合、竜王として大気を扱うことは慣れていても、竜騎士としては三等級の力しかない。
黄金の炎を宿した剣を下げて、アサヒは駆け出した。
「よっ、と!」
「アサヒ!?」
ヒズミが展開している守護結界を構成する、宙に浮かんだ赤い花びらのような魔力の板を踏み台にする。
勢い良く飛んで、風の城の壁面に着地した。
「どうした、パズス! ぼやぼやしてると城ごとお前の主を吹き飛ばすぞ!」
壁面を剣で軽く薙ぐと、パズスは怒ったようで、グルグル唸って目を光らせる。アサヒに向かって爪を伸ばして降下してきた。
グウゥゥクルゥゥッ!!
高速で突っ込んでくるパズスに向かって、アサヒは剣を構える。
「外なる大気、内なる魔力、連続し束縛せよ。炎鎖!」
細かく編んだ鎖を網のように展開して、自分は横に避ける。
パズスはアサヒの作った炎の網に突っ込んだ。
「目を覚ませっ!」
アサヒは剣で思い切り、魔物の後頭部をぶったたく。
黄金の炎が派手に火花を散らした。
「俺はお前を知ってるぞ、パズス! 風竜王が飼ってたミケちゃんだろ!」
『グウゥゥ……』
「魚が好物で猫じゃないと言いつつ猫じゃらしについ反応してしまうミケちゃん!」
『……!!』
名前を呼んでやると、魔物の目に理性が戻った。
『アネモス様はどこだ! 我輩はいったい……』
ミケちゃんと呼ばれた魔物は、頭にできたタンコブをさすりながら、辺りを見回し始めた。
「お前は暴走してたんだよ、ミケちゃん」
『風竜王以外に、我輩の名前を知っているのは……炎竜王!』
ポンっと音を立てて魔物は煙に包まれ、姿が消える。代わりに現れたのは羽が生えた猫だった。風の魔物パズスの小型化した姿である。過去の風竜王はこの猫の姿を愛でて「ミケちゃん」と呼んでいた。
『炎竜王様~! アネモス様が、アネモス様がああっ!』
ピューンとアサヒに飛び付いた猫は、涙や鼻水でアサヒの服を濡らしながら号泣し始めた。
「ああ、はいはい泣くなよー」
『濡れてしまった……』
ヤモリが肩に出てきて身体をふるわせる。
片手で剣を鞘にしまうと、アサヒは猫の姿のパズスをつかんで、風の城の玄関に飛び降りた。
「魔物パズスをこんなにあっさりと……」
「兄様達、あれに苦戦してた訳?」
「そう言われると恥ずかしいが、パズスは我らの言うことは全く聞かなかったのだよ」
門番がいなくなった風の城の内部へ、アサヒ達は足を踏み入れる。
内部は青と白の石の壁が続いている。
階段を上がったところにある大広間の中央には、銀色の光の柱が数本、交差するように突き刺さっており、その中心に縫い止められて目を閉じた少年の姿があった。
青銀の髪をした少女と見間違いそうな美しい少年だ。
少年の足元には鳥かごが設置されており、青い小鳥が中に入っていた。
小鳥はアサヒ達が入ってきたのに気付くと小さな翼を広げる。
『そなたらは……』
『久しいな、風の。また随分と狭いところに入っているが、ついに汝も引きこもりになったか』
『まさか。好きで入っている訳ではない!』
小鳥は翼をパタパタさせて、アサヒの肩のヤモリに抗議する。
「え、もしかして、あの男の子が風竜王?」
「そのようだ。私は話に聞いているだけで、実は会ったことがないのだが、あんなに小さかったのか……?」
少年は一行の中では年少のアサヒよりも一回り幼い姿をしている。
アサヒは顔をしかめると、銀色の光の柱の元に歩み寄った。
「しまったなあ。前の時は風竜王が封柱の解除をしたんだ。俺は魔術の解除とか得意じゃなかったよ……」
ここまで来たのに、実は光竜王の魔術を解除できないアサヒだった。
問答無用の炎で魔術を焼きつくす手もあるのだが、風竜王に影響があるかもしれないと思うと二の足を踏む。
「ふっふっふ。これは私の出番と見た!」
「ピンイン……そういや、お前はこういうの得意だっけ?」
「風竜王ほどではないがな。しかし、あれから私も色々対抗手段を考えていたのだ」
おまけで付いてきた水竜王ピンインが胸を張った。
彼は封柱の前に進み出ると鍵詞を詠唱する。
「内なる大気、外なる胎海……水の流れは止められぬ、万物が流転するは必定である。よどみよ、疾く流れゆくがいい。水流解放!」
光の柱がさらさらと銀の砂になって流れ落ちていく。
ぐらりと傾いた少年の身体を、アサヒは慌てて受け止めた。
「おい……」
青白い顔をした少年は、アサヒの腕の中でゆっくり目を開ける。
弱々しいが落ち着いた声がその唇から漏れた。
「……世話を掛けた、炎竜王」
「お前、大丈夫か?」
「もちろん本調子じゃないけどね……僕は封じられていても、風の魔術で外を見ていた。見ているだけで、どうすることも出来なかったけれど……」
少年は訴えかけるように碧色の瞳でアサヒを見上げ、力の入らない手で、アサヒの腕をつかんだ。
「風竜王……?」
「君は今すぐ火の島に戻れ。君の大切な人に危機が迫っている」