13 風の城の門番
風の島アウリガは、平たい帯状の地面がとぐろを巻いたような形をしている。
中心に向かって段々と高度が上がっていき、曲がりくねった牛の角のように、一番上は尖った先端の岩が伸びている。下から上に向かって風が吹き上げ、アウリガの大地を宙に浮かせていた。
ユエリの兄、グライスは風の島の最上部へとアサヒ達を案内した。
登るほど風が激しくなる。
切り立った崖の上には何もない。
ただ空のみが広がっている。
「……風竜王の城はそこにあるのに、目には見えない。風の島を貫く風そのものなんだ」
グライスはそう説明する。
見えない城。
それでは風竜王はどこにいるのだろうか。
「風竜王と会う前に妹と話をさせてくれ。ユエリ……聞いてくれ。私とお前が義理の兄妹だと言うことは、改めて口に出すまでもなく知っていることと思う。私はお前の母の再婚相手の連れ子だ。お前の母はその昔、女王の侍女だった。その当時、女王の住まう城には青年の姿をした風竜王がいたのだ」
突然、昔話を始めたグライスに、ユエリは戸惑っている。
「お前の母が、ひとときの間付き合った青年の正体に気づいていたかは分からない。アウリガには光竜王の魔の手が忍び寄りつつあった。アネモス様は、お前の母を陰謀から遠ざけるため、侍女の仕事を辞めさせて街に下ろした。お前が生まれたのはその後だ」
一気に話し終えたグライスは、言葉を切ってユエリを見た。
「ユエリ、ここでアネモス様を呼んでくれ」
「私が?」
「風の城は竜王の血族にのみ、開かれる」
やっぱり、そうだったのか。
アサヒは彼女が持っていた白い鳥のペンダントを見た時に、ユエリが風竜王の血縁なのではないかと推測していた。しかしユエリ自身は知らなかったようだ。唐突に明かされた出自に、どう受け取って良いものか、悩んでいるように見えた。
余計なことかもしれないと思いつつ、アサヒは彼女に声を掛ける。
「ユエリ、呼んであげれば。ここには君のお父さんがいるかもしれないんだよ」
「私のお父さん……?」
「きっとユエリと会いたいと思ってる。俺の知っている風竜王は、家族を大事にする奴だから」
竜王の記憶を見た時に聞いた風竜王の言葉を思い出す。
私の家族はいつでも私を迎えてくれる、アウリガは私の帰る処だ。
そう、彼は言っていた。
「お父さん……?」
ユエリは風の吹き上げる先を見上げて、確信の無い不安そうな表情でつぶやく。
その途端、吹きあがっていた風が逆流し、虚空に風の渦が生まれた。
「あれが風の城か……?!」
切り立った崖の上に立つように、宙に浮かぶ白い石の城。
ピクシスの王城ほど大きくはなく、細長い形をしていて内部は狭そうである。鳥の羽毛のように繊細な模様が入った石が組み合わさって建物を形成している。城というより塔に近いか。
「おお、私の城に比べれば荘厳さに欠けるが、粗忽な風竜王にしては美しい城ではないか! では早速……」
「待てって」
軽快な足取りで風の城へと歩きかける水竜王ピンインの首根っこをつかんで、アサヒは止めた。
「なんで真っ先に進もうとするんだよ! だいたい、ここは風竜王の城なんだから、関係者のユエリの方が先だろ」
「むむむ」
「……妹を気遣ってくれるのは嬉しいが、ここから先が厄介でね」
グライスが腕組みをした。
緊張感のないやり取りを微笑ましく見守っていたセイランが、その気配に気づく。
「これは……お下がりください、ピンイン様!」
「何?!」
セイランが一歩前に出ると、藍色の鱗の竜が背後に姿を現し、翼をアサヒとピンインの前に広げる。黒い風のカマイタチが竜の翼に直撃した。
水の島出身だがセイランの相棒は風竜だ。同じ風の属性の攻撃だからか、藍色の翼がカマイタチを難なく跳ね返す。
「さすが風竜の竜騎士殿は敏感だな。これが、我々、風の島の者が竜王の居場所を知っていても、手を出せなかった理由なのです」
グライスが腕を伸ばして、風の城の上を指した。
「なんだ、あの化け物は……?!」
空を見上げてヒズミが目を見張る。
そこにいたのは獅子の頭を持つ直立した人型のモンスターだった。背中に4枚の鳥の翼を持ち、蛇の尻尾を持つ異形である。
モンスターは敵意を隠そうとせず、アサヒ達に向かって風の刃を放ってくる。
「あれは、パズスか?!」
アサヒは竜王の記憶からモンスターの正体を導き出す。
「正解です、炎竜王。我々は伝説の中でしかアレを知らず、対応策を思いつかなかった。もともと風の魔物パズスは風竜王のペットのようなものでした。けれど光竜王の策によって、風竜王を守るために見境なく攻撃する厄介な門番と化してしまったのです!」
グライスが答えている間にも、風の刃が雨あられと降ってくる。
ひっきりなしに降る攻撃に、セイランの相棒の風竜だけでは防ぎきれなくなってきた。途中からヒズミが炎の魔力による守護結界を展開する。
「パズスは竜よりも強い魔物で、何とか倒したとしても風竜王の加護により何度でも蘇る! こうなればもはや、竜王の力を借りる他ない。炎竜王、我らの島の事情に巻き込んでしまって申し訳ないが、あなたの力をお借りしたい」
「言われなくても。俺は、そのために来た」
アサヒは携帯してきていた白水晶の剣を鞘から抜く。
黄金の炎が透明な刃の中で燃え上がった。