09 圧倒的な力
飛行船で待機しているように言われたセイランは、身動ぎして空の彼方を見つめた。視線の先には遠くアウリガと、アウリガの前に集まる竜騎士の大部隊がある。
あそこにはアサヒもいるはずだ。
お忍びの水竜王陛下の付き人として、自由に動けない自分が歯がゆい。
もし戦いになれば……アサヒは無事だろうか。
「そんなに心配か」
窓の外を見ようとせず、ピンインはゆったりと椅子の上に腰掛けて膝を組んだ。
「アサヒよりも敵の心配をしてやったらどうだ」
「敵の心配……?」
「あれは我ら竜王の中でもっとも正面から戦ってはならん相手だ」
水竜王は薄い笑みを浮かべて言った。
思わずセイランは主を振り返る。
「炎は破壊と再生を司るという、あれはその権化のような竜王よ。本気でその力を振るえば早晩アウリガは滅びるであろうよ。まあ、あの慎重なアサヒはそこまでやらないだろうが」
その時、アウリガの前方で金色の光が炸裂した。
「始まったようだな」
水竜王ピンインは他人事のような顔をして、悠然と足を組み直した。
天を裂く黄金の炎は、一瞬でアウリガの竜騎士の二割弱を消し飛ばした。何が起こったか分からない竜騎士達は呆然とした後、ようやく状況を理解する。隣の同僚を消滅させたのが、ただ美しいだけの金色の炎であることを。
ある者は防御の魔術を使い、ある者は攻撃の魔術で迎撃しようとした。しかし無駄だ。竜王の魔術の前に、ただの竜騎士の適当な魔術では太刀打ちできない。
中には炎を発生させているのがアサヒだと気付いて、向かってくる者もいる。
「おのれええええ!」
アサヒは避けない。
避ける必要がないからだ。
彼らが投げた槍は、六角形の花弁のような赤い光の結晶にはばまれて砕けた。ヒズミの守護結界がアサヒの周囲に張り巡らされている。
「……炎竜王が復活したというのは本当だったか」
鋼色の竜と、隊長らしき敵の竜騎士は健在だった。
至近距離でアサヒの炎をくらったはずだが、レジストに成功したらしい。天津炎は炎竜王の魔術の中でも威力が低く、魔術が得意な竜騎士なら消滅の効果に抵抗できる場合がある。
アサヒは彼相手に強力な魔術を使いたかったが、さすがに天津炎で絨毯爆撃をしている最中は他の魔術が使えない。
「鮮紅槍!」
その時、魔術で生成された真っ赤な投げ槍が、鋼色の竜を狙って放たれた。
すんでのところで敵の竜は身体をひねって避ける。鋼色の竜はそのまま高速飛行して戦場を離脱しようとする。
ヒズミが続けて何本か魔術の槍を投げ、一本は敵の竜の背に突き刺さった。だが敵は構わず逃げの一手だ。
「あいつ、自分一人で逃げる気か?! くそっ! こうなったら」
「落ち着けアサヒ。あれ一騎にかまけている余裕はない」
ヒズミの言う通りだ。
急速に遠ざかる敵影をにらんで、アサヒは唇を噛み締めた。
「まずはアウリガを制圧する」
アサヒは戦場を見渡す。
隊長はすたこらさっさと逃げ、雨のように降り注ぐ天津炎によって次々と消滅する同僚の姿に、アウリガの竜騎士達は恐怖と混乱のただ中にあった。
炎竜王の力を持ってすれば彼らを全滅させることも可能だろう。しかしアサヒは、無益な殺戮を好んでいる訳ではない。
攻撃の手を一旦止めると、アサヒは彼らに向かって呼び掛けた。
「聞け! 風の島の竜騎士達よ!」
ヤモリに声を伝達してもらう。
アウリガの竜騎士達がざわめいた。
「よくも調子にのってピクシスを馬鹿にしてくれたな。お前達は考えなかったのか。火の島の竜王が復活すれば黙っている訳がないだろう。失われた命、火の島の痛みを倍にしてお前達に返してやろうか……!」
わざと尊大な口調で怒りを投げつける。
アサヒの言葉を聞いて、しまった炎竜王が復讐に来たのかと、アウリガの竜騎士達は青くなった。
「我が炎は破滅の火、ここからアウリガを滅ぼすこともできる」
派手に金色の炎をちらつかせて見せる。
「だがアウリガを滅ぼす前に聞きたい。風竜王はどこだ? ここに俺がいるというのに、なぜお前達の竜王は姿を現さない!」
問いかけると、アウリガの竜騎士達に動揺が走った。
敵の竜騎士の中から、緊張して舌を噛みそうな様子で、ひとりの竜騎士が勇気を振り絞ったように声を上げる。
「お、おそれながら申し上げます! 我らが風竜王陛下は病に倒れ、ここ数年の指揮は光竜王陛下と、先ほど炎竜王様の前にいた守備隊長ゲイルが行っておりました。それゆえ、風竜王陛下はお出ましになりません!」
アウリガの竜騎士達は暗い顔をしている。
彼らには窮地を助けてくれる竜王がいないのだ。絶望しているようにさえ、見えた。
アサヒは眉間にシワを寄せた。
「あんた達は馬鹿か」
「え……」
「たとえ病の淵にあったとしても、風竜王ならアウリガの危機には立ち上がる。どれだけ身体がつらくても、だ。俺だって自分の島が危機ならそうするだろう。この状況で風竜王が出てこないということは、病どころではなく全く動けないからだ。自分の島の竜王の状態を、誰もまともに把握していないのか?!」
何人か、心当たりのありそうな竜騎士が顔色を変える。
悔しそうだったり、後悔しているような顔だったり、人によって様々だ。
「もう一度聞く! 風竜王はどこだ? 案内できるものはいないのか」
内心、緊張しながらアウリガの竜騎士達の挙動を見守る。
先ほどの天津炎で、炎竜王に島を滅ぼすだけの力があることは理解できただろう。かなわないのなら、時間稼ぎをしようとするはずだ。だからアサヒの言い出した「風竜王の元に案内しろ」は彼らにとって都合がいい。
「……案内いたします! だからどうか、お鎮まりください、炎竜王様!」
顔を見合わせていたアウリガの竜騎士達は、意を決したように動き始める。半数以上が撤退し、残った竜騎士達が、アサヒの前を案内するために飛び始めた。
アサヒはすぐ後ろのヒズミに軽く目配せすると、彼らの後を追ってアウリガへと降下を始めた。