05 叱られる竜王
なぜ学院で水竜王とカードゲームをしていたかというと。
予想通りというか、無邪気で破天荒な水竜王ピンインは「出発まで暇じゃ。アサヒよ街を案内せい」と言い出した。
学生のアサヒは日中付き合っている時間が無い。竜王の仕事もあって寮には竜騎士達も押し掛けてくる。
そこでアサヒは思いきって学院に水竜王を連れてきたのだった。
ひととおり学院内を散策した後、何かゲームは無いのかと言うピンインに、アサヒは学院の備品からカードゲーム用の紙の札一式を持ち出して、一室にこもってピンインと遊び始めた。
ちなみに竜騎士同士の遊びだと模擬戦になってしまうことが多いのだが、アサヒとピンインは暗黙の了解でその選択肢は避けている。竜王同士が戦うと、うっかり本気になって島が壊れてしまったら洒落にならない。
こうして負けず嫌いのピンインと数時間に渡るカードゲームが続いた。
いい加減、飽きてきたアサヒがゲームの種類を変えようと思ったところで、部屋の扉がバタンと開いた。
部屋に入ってきたのは深紅の髪をした鋭い雰囲気の青年と、がっしりした身体付きの異国の男だ。
「ここは立ち入り禁止……って、ヒズミに……セイラン?!」
「げっ」
保護者の登場に、竜王二人はそろって青くなった。
「アサヒ。お前が部屋を勝手に占拠してゲームをしていると報告があった。学院長からも苦情が来ている」
「うっ」
仁王立ちになったヒズミに淡々と責められて、アサヒはうめいた。
兄弟だと明かしてからヒズミは開き直ったのか、良くも悪くも遠慮がなくなってしまった。竜王の絶大な権力も実の兄には通用しない。こうなると分かっていれば告白タイムを延期したのに。
「ピンイン様」
「せ、セイラン! 私はちゃんとハンカチとバナナを鞄に入れて外出したぞ」
「誰が遠足の持ち物チェックをすると言いましたか。他所の島に迷惑を掛けて……帰りますよ」
同じアントリアだからか、ピンインとセイランは顔見知りらしい。こっちも盛大に怒られている。
眉を下げていたピンインは、ガバッと顔を上げるとアサヒを見た。
「私はアサヒと一緒にコローナに化粧品を買いに行くのだ! そう約束したのだ!」
「ふえっ?!」
矛先がこっちに向いてアサヒは冷や汗をかいた。
周囲の視線がアサヒに集中する。
「そんなことを約束したのか」
腕組みしたヒズミが眉間にシワを寄せる。
これはまずい流れだ。
アサヒは保身に走ることにした。
「いやー、あはは。なあ、ピンイン。化粧品は逃げないし、ひとまずアントリアに帰って皆を安心させたほうが良いんじゃないか。ほら、アントリアの竜騎士達も心配してるってさ!」
ピンインを説得するように言うと、彼は着物の裾をさばいて威勢よく立ち上がった。
「いやだっ、私は帰らぬ! どうせそう言って、コローナに行かせぬつもりだろう。アサヒ、いや炎竜王! 貴様も私をたばかるか……!」
「誤解だよ、ピンイン」
「うぬぬ。かくなる上は私と勝負しろ、炎竜王! 私が勝ったらコローナに連れていけ!」
「はあ、またそれ? 勝負って何するの?」
「水泳だ!」
「勝てる訳ねー。っていうか、ピクシスに泳げるような場所ほとんど無いし」
アサヒはピンインが散らかしたカードを拾い集め始めた。そっけなくすると、ピンインは子どものようにシュンとした。
急に肩を落として悲しそうになる。
「……アサヒ、貴様も同じ竜王なら分かってくれると思ったのに。私もたまには島の外に出たいのだ。けれど竜騎士どもがうるさくて、外に出られぬ……」
アサヒは何だか胸が痛くなってカードを拾う手を止める。島の外に出られないのはアサヒだって同じだ。理由を付けて強引に行かないと、竜騎士達に止められてしまう。
水竜王の本音の暴露に、部屋の中に沈黙が落ちた。
沈黙を破ったのは、ヒズミのため息だった。
「……セイラン殿、あなたには二つの選択がある。水竜王を連れ帰るか、それとも付いていくか」
「良いのか、ヒズミ殿。火の島は」
「我らが王の勝手には困ったものだが、さすがに何も言わずに出て行ったりはしない。そうだな、アサヒ?」
ギロリと睨まれる。
水竜王みたいに勝手に家出するんじゃないぞ、と釘を刺されているのだ。アサヒは震え上がった。
「も、もちろん。あはは」
から笑いしているとヒズミの視線が外れた。
「今回は捕虜返還が表向きの目的のため、快適な船旅とは言いがたいが、それでも良ければ火の島としては水竜王陛下がいらしても問題ない。席を用意する以外、ご自身の面倒は自分でみてもらうことになるが」
セイランは返事に迷っているようだ。
立ったままの水竜王陛下は地団駄を踏んだ。
「私は行くったら行くのだ。譲らぬぞー!」
まるで子供だ。
アサヒは、竜王を探して駆け回っているだろう竜騎士達にせめてもの援護をすることにした。
「とりあえずピンインがここにいるって、ハヤテ辺りにアントリアに伝令に行かせたら」
「それが妥当だろうな。しかし、火の島、水の島の両方で竜王不在となると……」
「大丈夫だよ。失敗したばっかりで、また攻めてきたりはしないさ。ましてや俺達が行く先はアウリガだし。敵さんがこっちに来る余裕なんかない。な、ピンイン」
「そ、そうであるぞ。アサヒの言う通りだ、うん」
ヒズミの懸念に答えながらピンインを見ると、水竜王陛下は視線を宙にさ迷わせている。どうやら自島の防衛については何も考えてなかったらしい。大丈夫かアントリア。
「とりあえずこの部屋から出ようぜ。学院の外でどこか良い場所……」
「アサヒ、お前は授業を受けるように」
水竜王の世話を口実にサボれるかと思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。ヒズミに追撃されたアサヒは失意に肩を落とした。