04 久しぶりの火の島(セイラン視点)
火の島ピクシスに来るのは数ヶ月ぶりだろうか。
故郷であるアントリアに帰ってから一年と経っていないのだ。まだ火の島の記憶は新しい。
だがセイランは、ピクシスに戻ってきたことを感慨深く思った。
数年前、この島でとある孤児の少年を拾って魔術や武術の教育したことは、セイランにとっても印象深い思い出だったからだ。
セイランはアントリア出身で風竜を相棒とする竜騎士だ。年齢は若いを通り越して壮年であるが、普段の鍛練をかかさず行っているので二の腕にしっかり筋肉が付いている。
精悍な面差しのこめかみに走る一筋の傷痕は歴戦の猛者を思わせるが、砂色の瞳は穏やかに光っていた。
「アサヒやハナビはどうしているだろうか……いや、今回は水竜王陛下を見つけるのが先決か」
アントリアの守備隊所属のセイランだが、失踪した水竜王ピンインの捜索に協力させられていた。竜王の家出先がどうやらピクシスらしいと言うことで、過去にピクシスに赴任した彼が急遽呼び出されたのだ。
水竜王がかなり癖のある人物ということは、アントリアの竜騎士なら誰でも知っている。派手な格好に奇行を繰り返す竜王は、部下の竜騎士達の悩みの種だ。
美容が趣味の水竜王は化粧品を求めて出ていったらしいが、目的地のコローナに直行はしないだろうとセイラン達は考えていた。過激な言動だが、案外に小心者の竜王陛下なのだ。1人で敵地に入ったりはしない。
「やれやれ……」
セイランは王都アケボノに降りて、街中で竜王の目撃情報を聞いて回ることにした。派手なピンクの髪をしているので、誰かが見かけているかもしれない。
自国の竜王が家出したなんて、他国の竜騎士に話すのは恥ずかしいので下手にピクシスの竜騎士の手は借りられない。
1人でアケボノの大通りを歩きながら、街の様子を観察する。
数度に渡るアウリガやコローナの襲撃の影響で、壊れた建物がいくつかあったが、意外に数は少ない。損害は噂で聞いていたより軽微だった。
片付けをしている街の人々の顔も明るい。
たった数ヶ月なのに、セイランが火の島にいた時より活気があるような気がした。どんよりしていた人々の顔が希望に満ちている。
不思議に思ったセイランは、聞き込みがてら商店の主に理由をたずねてみた。
「店主、ちょっと聞きたい。私は少し前までピクシスに滞在していて、半年ほど前にアントリアに帰ったんだが、あの後アウリガとコローナの侵略があったらしいな。勘違いだったら申し訳ないのだが、侵略があったにしては街の空気が明るい」
「アントリアの旦那、おっしゃることはもっともだ。私も半年前まではピクシスはもう駄目だと思っていたよ」
チップ代わりに果物を買いながら話しかけると、店主は愛想よく答えてくれた。
「あれだよ、街の空気が上向きなのは、炎竜王様の加護がよみがえったからだ」
「炎竜王が?」
「私も半信半疑だったさ。けどアウリガの奴らが来た時も、コローナの奴らが押し掛けた時も、こう、空に金色の光が散ってね」
店主は腕を振って空を指した。
「あっという間に敵が逃げていったよ。驚いたね。二度も三度も奇跡が続けば私らも疑いようがない。こりゃ炎竜王様がお目覚めになったってな!」
「それはめでたいことだな」
「おうさ! コローナの奴らは追い返したし、これからピクシスは良くなるんじゃないか、って皆期待しはじめてるんだ」
「なるほど」
果物をかじりながら、セイランは店主に礼を言って往来を歩き始めた。
「炎竜王か……もしかすると我らが水竜王陛下の居場所をご存知かもしれん」
もし本当に炎竜王が復活しているなら「水竜王があなたの島にお邪魔しているかもしれません」と知らせて協力を仰ぐのが筋なような気がする。
「とすると、予定を変更してアサヒに会うか」
一般人は竜王の正体を知らないが、竜騎士なら同じ島の竜王について知っているのが普通だ。
セイランは学院に足を向けた。
「すまない。三等級所属のアサヒという生徒と会いたいのだが」
「なんだあんた」
学院の門番はなぜか不審そうにセイランを見た。
門番は肩に竜を乗せている。
「アサヒ様に何のようだ?!」
「アサヒ様……?」
いつの間に様付けされるようになったのだろう。
不思議に思っていると、ドタバタと門の陰から他の竜騎士が走ってきた。
「他の島の竜騎士が何の用だ!」
「いや、私はただ単に面会をだな……」
敵意を持った目で見られてセイランは戸惑う。
「不審な奴め!」
困ったな。武力で突破する訳にはいかない。
引き返そうか迷っていると涼やかな声がピクシスの竜騎士達を制した。
「そこまでだ。同盟国の竜騎士相手に無礼を働いてはならない」
「……ヒズミ様!」
学院の中から颯爽と現れたのは、真紅の髪をした気品ある青年竜騎士だった。
「ましてや彼はアサヒの恩人だ」
「え?!」
「二度は言わない。無礼は働くな」
「承知しました!」
ビシッと竜騎士達に言いつけて、彼はセイランを学院の中へ手招きする。
「こちらへ。アントリアの竜騎士が来るだろうと思っていたが、あなたが来るとは思っていなかった。私はヒズミ・コノエ」
招かれるまま学院の建物に入ったセイランは、青年の名乗りを聞いて納得した。ピクシスの竜騎士達がかしこまる訳だ。コノエ家は他国でも知られた火の島の名家で、女王や竜王が生まれる一族である。
廊下を歩きながらヒズミはセイランに話しかけてきた。
「このような機会は滅多にないから今の内に伝えておきたい。亡き両親に代わって、アサヒを保護して下さった貴殿に御礼申し上げる」
セイランはまばたきした。
何に対する感謝か、ヒズミがどういう立場で言っているか、咄嗟に理解できなかったからだ。だが、良く考えれば何となく意味は分かる。
「君はその……」
「不肖の兄だ。セイラン殿、先ほどはアサヒに面会に来たと言ったが、貴殿の本当の目的はアサヒではあるまい」
さらっと重要な事実が明かされたが、後半の台詞も聞き逃せないものだった。どうやらヒズミはセイランの目的を見通しているらしい。
「私の目的を知っているのか? 困ったな。あまり表沙汰にしたくないのだ」
「心中お察しする。こちらからアントリアに連絡しようとしていたところだ。是非とも可及的速やかに引き取って帰っていただきたい」
ヒズミは神妙な顔をして部屋の扉を開けた。
中から聞き覚えのある、楽しそうな歓声が聞こえてくる。
「ずりーぞ、ピンイン! さっき手を付いただろ」
「付いておらん! 言い掛かりも甚だしいぞアサヒ。私の24勝目だ!」
「俺が30で勝ち越しだね。もう終わりにしようぜ」
「まだまだっ!」
扉の向こうには、セイランの探し人である水竜王ピンインと、セイランの弟子で面会相手のアサヒが、数十枚のカードをテーブルの上に広げてカードゲームに興ずる姿があった。