03 意外な拾いもの
土竜王に掛け合って飛行船を安く仕入れたアサヒは、風の島アウリガに行く計画を立てていた。
ハルトあたりは「竜王がふらふら出歩くとはどういうことだ?!」と怒っていたが、気にせずに勝手にすると決めている。
今はもう、アサヒの行動を止める者は少ない。
竜王として強大な威力の魔術を披露し、的確な指示で皆を引っ張ってピクシスを取り戻した実績によって、竜騎士達との間にある種の信頼が生まれていたからだ。
「ミツキのことは心配だけど……ヒズミに任せて俺は風の島へ行く」
リーブラから仕入れた飛行船は、王都アケボノの東に停泊している。
アサヒは小うるさく付きまとってくる竜騎士達から離れて、1人で息抜きがてら飛行船を見に行った。
物資の積み込みをしている人達と挨拶をしつつ、興味本位で飛行船の中をのぞく。
「へー。こんな風になってるんだ」
金属の骨組みの上に床板が張られている。明かりは節約されているので薄暗い。
ぶらぶら歩いていると、服の中からヤモリが顔を出した。
『盟友よ。竜の気配がするぞ。なかなか懐かしい気配だ』
「何?」
肩に出てきたヤモリが尻尾を揺らす。
立ち止まって周囲を見回したアサヒは、空中を泳ぐ真っ赤な金魚を見つけた。レースのような半透明な尾を長くなびかせた三角形の魚は、地球は日本の硫金そっくりだ。
アサヒの視線に気付いた金魚は焦ってその場をグルグル回り出した。
「金魚……ってまさか」
アサヒは物陰からはみ出している着物の裾を見てギョッとした。
頭隠して尻隠さずとはこのことだ。
「おーい。ピンイン」
「な、なぜ分かった?!」
貨物コンテナの陰でしゃがんでいた着物姿の美女が立ち上がった。
派手なピンクの髪が刺繍の付いた着物の上に垂れている。着物の胸あたりがぺったんこだが、それもそのはず、ピンインはれっきとした男だ。
「お前なんでこんなとこにいるんだよ。付き人は?」
「きやつらは撒いた!」
ピンインは立ち上がって胸をはった。
金魚が空中をすーっと泳いで彼の肩口に浮かぶ。
「コローナの化粧品を買いにいきたいと言ったら、皆に止められた」
「はあ、化粧品」
「昔に手に入れた在庫品が尽きてしまったのだ。アサヒ、私をコローナに案内せい!」
なんでそんな美容にこだわるのかな。
アサヒは首をひねった。喧嘩腰で来られるのも困るが、そうでなくてもやっぱり水竜王とは話が合わなそうだ。
「いや、俺はアウリガに行くところなんだけど」
「何?!」
アサヒの答えを聞いたピンインは大げさにのけぞった。
「ウェスぺの奴に仕返しにいかんのか?! 私はてっきり飛行船で奴に復讐しに行くのだとばかり」
「あの偉そうな面をわざわざ拝みに行く程、暇じゃないんだよ。そうじゃなくて風竜王に会いたいんだ」
「ああ。そなたら、仲が良かったな……」
納得したらしいピンインは腕組みして困った顔をする。
「うーん。コローナに行かんのか」
うんうんと唸っているピンインを眺めて、アサヒは思い付いた。
扱いにくい性格の男だが、戦力としては申し分ない。
この際、連れていくのもありかも?
「……アウリガ経由で、コローナに行こうと思う」
「本当か?!」
「俺は化粧品がどこに売ってるかなんて、知らないぞ」
「構わん、自分で探す。ふふふ、1人だと心細かったのだ!」
無邪気に喜ぶピンインを見て、ちょっと不安に思う。
はやまってしまったかもしれない。
「よし! アサヒよ、下僕として私の世話をするがいい!」
「ええと、俺は他国の竜王なんだけどなー。お客様対応しろってこと? というか、美しさ対決はどうなったんだよ」
「今世の貴様とは争う必要がないと気付いたのだ! ちょっと可愛い系で平凡顔の貴様と私は比べるまでもなく、私の勝ちだろう」
「俺は顔にこだわりないから、もう勝負は負けで良いよ……」
アサヒは肩を落とした。
光竜王とは違った意味で、なんだか対応に疲れる竜王だ。
「宿に案内せよ」
「はいはい」
適当にあしらいながら飛行船を一緒に出る。
すれ違った人々が、派手なピンクの髪をなびかせて歩くピンインを振り返って見るが、注目されている当人は全く気にしていない。
ピンインを引き連れて新しい寮に向かう。
宿に連れていくつもりなんて毛頭無い。説明が面倒だし、騒ぎになったら大変だ。その点、新しい寮は関係者しかいないし、空き部屋もある。
「ただいまー」
寮に帰ってきたアサヒは、居間の扉を開けた。
ちょうど中にはユエリとスミレ、用があって立ち寄ったらしいヒズミがいた。
「お帰りなさいませ、アサヒ様。その方は?」
スミレは驚いた顔で、アサヒの後ろに立つピンインを凝視する。
「こいつ、アントリアの水竜王。さっきその辺で拾ってきた」
「拾った?!」
竜王って拾えるものなの?
開いた口のふさがらない女性二人の隣で、ヒズミは咳払いした。
「……速やかに返却してこい」
「返品不可だって」
以前もどこかでしたようなやり取りをする。
ようやく我に返ったユエリが半眼でつぶやいた。
「馬鹿じゃないの」
非常に的確なつっこみだった。
周囲のやり取りを全く聞いていない水竜王は、マイペースを崩さずにアサヒ達に要求する。
「なんだ、火の島の宿は案外せまいのだな。まあ良い、これも旅の醍醐味だ。ところで食事の用意はないのか?」
あれやこれやと注文が多い水竜王ピンインに振り回されて、その日は終わった。