01 地上を取り戻すために(ウェスペ視点)
光の島コローナは、円盤のような形をした岩の上に白亜の建物が立ち並ぶ美しい景観の島だ。
自慢の島の風景を城のバルコニーから見下ろしながら、光竜王ウェスペは浮かない顔をしていた。
外から吹き込む冷たい風が、ウェスペの無造作に切りそろえた金髪を揺らしている。
「これでは巫女姫を返しにピクシスに行ったようなものではないか……」
けっして炎竜王を侮っていたわけではないが、蓋を開けてみれば侮っていたと言われても仕方ない。
結果、せっかくさらった巫女姫をピクシスに返してしまった訳だが、実際は彼女を失ったとしても痛くもかゆくもない。もともと自国の者ではないし。
ピクシスに侵略に行って敗れたところでコローナには大きな損がある訳ではない。兵糧や軍資金はアウリガから徴収している。だからこれはウェスペのプライドの問題だった。
「こんなところにおられたのですか。そんな薄着で風邪をひかれてしまいますよ」
従卒のルークが外套を持って現れる。
ルークは穏やかな雰囲気の黒髪の若者だ。彼は神経質なウェスペが傍に置いている数少ない側近だった。竜騎士ではないが魔術はそれなりに扱え、気配りがきく。
動かずに手すりに頬杖をついて、外套を肩にかけられるのを許しながらウェスペはつぶやいた。
「力が足りない。地上をおおう水を蒸発させるには、他の竜王の力が必要だ……」
ウェスペの悲願は地上をおおう水をとりさって人間の土地を取り戻すことだった。
遠い昔、他の竜王ともその願いについて話し合ったことはあったのだが、彼らは首を横に振った。「まだその時ではない」と。空に浮かぶ島に適応することに人々は精一杯だった。地上を取り戻す余力はないと、他の竜王は判断したのだ。光竜王は落胆した。地上を取り戻すのはいつになるのだろう。自分が生きているうちに、悲願が果たせるのだろうか。
失望した光竜王は自分ひとりで地上を取り戻す算段を始めた。
その末に他の竜王の力をうばうことを思いついた光竜王は、数百年前、水竜王と土竜王を封柱してその力をうばったのである。
しかし力をうばった後で気付いた。
属性の関係上、水と土では役に立たないことに。
光の属性を持つ自分と火の属性の炎竜王、風の属性の風竜王が必要だったのだ。
「だというのに、あいつらは私と相性が良くない……」
炎竜王と風竜王はウェスペの言うことを聞かない上に戦闘に慣れているので、非戦闘派の土竜王や水竜王と違って、そう易々と捕まらない。
「大丈夫ですよ。ウェスペ様なら、いつかご自身の力のみで悲願を達成されましょう」
斜め後ろに立つルークが励ますように言ってくる。
ウェスペ振り返らないまま問いかけた。
「お前は私を信じているのか」
「もちろん。僕はあなたに拾われた身です。あなたが例えどうしようもない悪党であったとしても、僕は地獄の果てまでもお付き合いいたしますよ」
「悪党?」
「あ、すいません。ウェスペ様ほど真面目で清廉潔白な方はいませんでした。真面目すぎて人としての一線を越えちゃってますよね」
「言わせておけば……」
ルークは街角をさまよっていた浮浪者の子供だった。気まぐれにウェスペが拾ってからは、ウェスペを命の恩人として仕えてくれている。ウェスペを必要以上に恐れずに、ずけずけと言いたいことを言うのは、自分の命を惜しくないと考えているからだ。
竜王として遠巻きに崇められるウェスペにとって、ルークの直截さは孤独を和らげる効果があった。もっと素直に言えば、この毒舌の従卒をウェスペは気にっている。
「私自身の力で、か」
個人でできることには限りがある。
それでも他の竜王の力が使えないとすれば、この辺で考えを変えなければならないだろう。
ウェスペは地上を覆う紺碧の海を思い描く。
「ただでさえ海には、海竜王リヴァイアサンがいるというのに……そうだ」
手すりから身体を起こすとウェスペは目を見開いた。
「私としたことが。リヴァイアサンを利用してしまえば良いのだ!」
「利用ですか。どうやって……」
「竜騎士は一頭の竜としか契約できない、などというルールは厳密には存在しない」
海竜王の力をわが物としてしまえば、話は簡単ではないか。
「リヴァイアサンの力を手に入れ、海をどかしてしまえば良い。ああ、なぜ私は長年こんなことに気づかなかったのか!」
妙案を思いついたとばかりウェスペは浮き浮きして、あれやこれや考え事をしながら城の中に戻って書庫へ歩き始めた。
主の後ろ姿を見たルークは不安に思う。
「ウェスペ様……ウェスペ様が名案だとテンション上がる時に限って、失敗することが多いんですが。大丈夫かなあ」
もっとも近くで一緒に過ごしてきたルークには主の欠点が分かっている。
溜息をつくとルークは床に落ちた外套を拾って、主の後を小走りで追った。