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19 フレア・ノスタルジア

「で、どうするつもりなのよ」

「むむむ」


 格好良く「光竜王を食い止めるヒズミを援護する」と宣言したカズオミの後ろで、ユエリは半眼でつぶやく。

 ヒズミ・コノエは深紅の竜を駆って再び光竜王に攻撃を仕掛けていた。

 光竜王はカズオミの竜を見ようともしない。

 完全に戦力外だと舐められている。


「あ!」


 黄金の竜が放った光線が深紅の竜の片翼をつらぬいた。

 苦痛の声を上げて深紅の竜が体勢を崩す。

 このままでは次の一撃を受けて落ちる、と思われた時、高速で飛んできた青い竜がフォローに入った。あれはハヤテの竜だ。レイゼンの竜騎士達が戻ってきて戦線に加わったおかげで、こっちに来る余裕ができたらしい。

 ハヤテが加勢したとはいえ、光竜王は強敵だ。

 長くは持たないだろう。

 戦場を眺めながらカズオミが荷物をごそごそ探った。


「一応、僕にできる戦い方はないかと思って、武器を持ってきたんだ」

「弓?」

「うん。必ず当たるように念を込めて作ったけど、当たるかどうか……」


 自慢ではないが、武器の扱いはからっきしのカズオミだ。

 おぼつかない様子で弓を構えるカズオミに、ユエリは助言した。


「射るんなら竜の目を狙えば? もし当たっても硬い鱗じゃダメージを与えられないわよ」

「そうか! ユエリは頭良いね!」

「常識よ、常識」


 当たるとは思えないので気楽に助言するユエリ。

 カズオミはへっぴり腰で竜の背から弓を射た。


「えい!」


 素人が射た矢らしくヘロヘロした力ない軌跡を描いて矢は飛ぶ。

 飛ぶというか落ちる。

 当たらないだろう、普通は。

 その時、偶然、光竜王の竜は旋回してカズオミの竜の下を通った。

 落下した矢はものの見事に黄金の竜の目に命中する。


「嘘っ?!」


 ユエリは息を飲んだ。

 同時にカズオミの手に持った弓矢が燃え尽きた。誓約による付加効果を上限以上に使いきったせいだが、二人はそれどころではなくなる。



 ぐおおおおおおぅっ!



 怒りに燃える竜王の咆哮ほうこう


「怒らせた?!」

「当然でしょ。マズイわね……」


 黄金の竜は銀の翼を広げると、一気に上昇してカズオミの竜の前に降りた。蛇ににらまれたカエルのように、カズオミの竜が硬直する。


「おのれっ! ただの竜騎士ごときが、やってくれたな!」

「あわわ……」


 竜の背のウェスぺは仁王立ちで、柳眉を逆立てて激情を隠そうとしない。激しい怒りのオーラが彼を取り巻いている。


「塵ひとつ残さず消滅させてくれる……!」


 今にも竜王の魔術が炸裂しそうだ。

 ユエリは泣きそうになっているカズオミの後ろで立ち上がる。


「仕方ないわね」


 理由などない。

 だが不思議とユエリには、自分の言葉が竜王に通じるという確信があった。


「鎮まりなさい、光竜王!」


 黄金の竜に向かって叫ぶ。

 怒り狂って光線を放とうとしていた黄金の竜が、ユエリを聞いて動きを止めた。さーっと波が引くように竜から憤怒の気配が消えていく。その急激な変化に竜王自身も戸惑っているようだ。


「っ、これは、女王の資格を持つ巫女の、竜王を鎮める力か?!」


 ウェスぺは動揺してユエリを見下ろした。

 ユエリは彼から目をそらさずに見返す。

 その時、竜が舞う空が真っ赤に染まった。

 真昼の空が夕景のように茜色になる。

 ピクシス中央の火山の火口から黄金の光が吹き上がり、キラキラと光の欠片が島全土に降り注いだ。





 仲間に光竜王の足止めを任せたアサヒは、取り急ぎ火口へ竜を降下させた。勢いをつけて霊廟の前に飛び降りる。


開門アペリオ!」


 炎竜王の霊廟を守っていた最後の結界が解かれる。

 石の柱が並ぶサークルの中心に立つと準備完了だ。


「さて。この状況にぴったりな魔術は、と」

『盟友よ、アレはどうだ。昔の汝がうっとうしい部下をまとめて追い払うために開発した、下らない魔術だ』

「下らない……?」


 竜の姿のままでヤモリが上から語りかけてくる。

 アサヒは「下らない魔術って何だ」と不思議に思った。直後にヤモリ経由で過去の竜王の記憶が流れこんでくる。


「な、なるほど。下らないけど強力だな」

『うむ。ナイスアイデアを提供した我に銅貨の賽銭をささげよ』

「却下」


 食い意地のはったヤモリの要求を拒否すると、アサヒは集中して鍵詞じゅもんを詠唱しはじめる。


「我は火の島を統べる者。民よ聞け。遠き山に日は落ちて、汝らの為すべきことは終わりを告げた。今は心安らかに帰るがいい……というか帰れ!」


 途中からヤケクソになって叫ぶアサヒ。

 魔術の内容が内容だけに、真面目に詠唱してられるか、という気持ちだった。


陽炎郷愁フレアノスタルジア!!」


 火口から黄金の炎が吹き上がり、島全土に微細な光の欠片をまきちらす。空は赤く染まり、ピクシスは一気に夕暮れになった。


 誰もが切なさと不安と人恋しさを覚える黄昏時。

 空を見上げた人々は家族に会いたくなる。

 あるいは疲労を覚えて安らげる家に帰りたくなる。


「さあ、コローナの民よ、自分の島へ帰るがいい!」


 島の空気が変わる。

 戦っていた人々が戦意を無くして武器を降ろした。

 魔術の効果はコローナの兵士達に特に強い効果を及ぼす。彼らは遠路はるばるピクシスにやって来て疲れている。本当は帰りたいのだ。

 光竜王の命令を忘れて、郷愁に取りつかれたコローナの兵士達は我先に飛行船に乗り込んだ。竜騎士達はコローナに向かって竜を飛ばそうとする。


「待て、貴様ら!」


 光竜王ウェスぺの声は届かない。

 コローナの攻勢は一気に瓦解がかいした。




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