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17 王の証

 ピクシスとアントリアの中間地点で、アサヒは交戦を始めたばかりの竜騎士達を見つけた。

 水竜王が伝令を飛ばしてくれたらしく、アントリア側の竜騎士達は戸惑いながら撤退する構えになっている。ピクシス側は戦意が薄いので戦線は膠着状態だった。


 カズオミの竜に前に出ないように注意すると、アサヒは戦場の上空に飛ぶ竜の背で深呼吸した。




『……汝に問う。王と民の違いはいずこにあらん。汝は自身を王であると思うか否か』




 ふいに、アサヒにだけ聞こえる声が密やかに語り掛けてきた。低い男性の声は厳かな響きがある。過去に何度か聞いた声だ。今のアサヒは声の正体を知っている。

 アサヒは答えた。


「王様なんて柄じゃないよ。だって俺は竜王でさえなけりゃ、田舎で郵便配達の仕事でもしようと思ってたんだから」


 孤児時代に一緒に過ごしたハナビは今、どうしているだろう。

 竜騎士だと発覚してもなお、アサヒが望んでいたのは妹のように可愛いがっていたハナビや学院で得た友人達と、竜を使って平凡な仕事をすることだったのだ。


「ああ、なんで俺はこんなことやってんだろ。誰かに命令したり、誰かの行動の責任を負ったり……そんなの、重すぎるよ」

『……』

「でも、これは俺にしかできない。俺にしか、できないんだ」


 かつてのアサヒは、国の政治なんて遠い話で自分には関係がないと思っていた。穏やかに衰退するピクシスを諦念と共に冷めた目で見ていた。

 だが、今はもう他人事にできない。

 コローナの属国になったピクシスが、ピクシスの人々が、ハナビやカズオミ達が大変な目に合うかもしれないと知っていて、どうして無視できようか。


「さっさと王様の仕事を片付けた後は隠居するんだ! 俺がいなくても、ピクシスの皆が自分達で国を作っていけるようになったら良い」


 アサヒは地球という世界ほしで生きた記憶を思い出す。かの国に王はおらず、民は自分達で代表を決めて国を治めていた。


「……きっと王様なんて必要ない。一人一人が王になる世界を目指して、俺は戦う」


 最初の炎竜王は自分を含む世界に生きるすべての人々を、夜空に光る無数の星に例えた。ヤモリを通じて彼の記憶を引き出せるものの、アサヒは彼と自分は魂が同じだけの別人だと認識している。しかしその理想や考え方には共感できるものがあった。

 アサヒは竜の背で立ち上がった。

 戦意に反応したように金色の火の粉が足元から立ち上る。


『気の長い話だな、盟友よ』


 竜の思念はまるで笑っているように、軽快で暖かかった。


『はたして隠居できるのか。いつも汝は愚かで遠回りな道を選ぶ。我が助けが無ければ、どうなっていたことやら』

「仕方ないだろ、自分だけじゃどうしようもないんだから」

『然り。だが汝の望みはいつも愉快だ。法則をねじ曲げてでも命を救い、頑なな世界の仕組みを変えたいと願う、その間違いだらけの望みこそ我が力を貸すにふさわしい』


 漆黒の竜は金色の角が生えた頭をもたげ、4枚の翼を大きく広げる。


『時はきたれり……我らが王たる証を見せてやろうぞ!』


 火の粉を撒き散らす竜の姿が大きくなる。

 通常の竜より小さいくらいだった漆黒の竜は、またたく間に二倍近くに成長した。4枚の漆黒の翼の先が星の粉に濡れたように輝き、金色の炎がほとばしる。長く伸びた尾の先にも金色の炎が灯った。

 炎を帯びた竜の翼が羽ばたく度に光の軌跡が空に描かれる。

 竜は虚空に吠えた。


 辺り一帯に雪のように火の粉が舞う。

 幻想的な光景に、敵も味方もなく戦っていた竜騎士達は呆気にとられて空を見上げた。

 彼らの目に映るのは神々しい炎をまとった漆黒の竜王。


 アサヒは竜騎士達を見下ろした。


「アントリアの竜騎士達、それに我が火の島の同胞達、聞け!」


 物理的に聞こえない距離にも関わらず、相棒ヤモリの補助のおかげでアサヒの声は竜騎士達に届けられる。


「この戦いは無意味だ。両者とも島に帰れ」

「し、しかし、光竜王が……」


 ピクシスの竜騎士のひとりが戸惑ったように言う。一方でアントリアの竜騎士は、もともと撤退するつもりだったので異論はないようだった。


「大丈夫だ。皆、島に帰ろう」


 具体的な話はせずに、ただ一緒に帰ろうとうながす。

 同じピクシスの竜騎士だが、学生のアサヒは彼らに知り合いがいない。ざわめく竜騎士達の中で、隊長格と思われる赤毛の竜騎士が上空のアサヒを見上げて言った。


「炎竜王陛下……でよろしいですな?」


 聞かれたら肯定するしかない。

 声がふるえないように気をつけながらアサヒは答える。


「そうだ」

「お戻りをお待ちしておりました、炎竜王陛下。我らレイゼンの竜騎士、みな竜王陛下の配下です。ピクシスを光竜王から取り戻す準備を進めておりました。いざ、火の島へ!」


 アサヒは知らなかったが、彼はハルトの叔父のアリトだった。

 どうやらハルトが何かしてくれたらしいと察したアサヒは、ピクシスの竜騎士達の前にゆるやかに竜を降下させる。


「ちょうど今、島でヒズミ・コノエが戦っている」


 ちょうど先ほど炎竜王の霊廟が解かれた気配を感じた。

 結界に触れて、霊廟の力を引き出しているのは魔力の伝わり方からしてヒズミだと分かる。


「全速力で島に引き返すぞ。ピクシスを奪還する!」


 勢いよく宣言すると竜騎士達は各々、武器を振りかざして応えてくれる。

 彼らを先導してアサヒは相棒と共に一路、火の島ピクシスを目指した。




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