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09 リーブラの秘密

 リーブラを飛行船を製造している島だ。

 地下には飛行船を製造するための広大な格納庫がある。作成途中の飛行船が設置されており、空中を作業用の梯子が交差する危険な場所だ。喧しいエンジン音と工具を打ち付ける音と職人達の怒号が響き渡る中、アサヒは土竜王と面会していた。


「先日はすまんかったな」

「ケロケロ」


 浅黒い肌をした筋骨隆々の大男の頭の上には緑のアマガエルが乗っている。

 彼こそはリーブラを統べる土竜王スタイラスだ。


「相変わらず地下にこもって変なもの作ってるんだな、土竜王。その割には飛行船の性能に進化が見られないようだけど」


 アサヒは手すりに持たれて職人達の作業の様子を見下ろしながら言った。


「激しい気流の海を航海するために、頑丈にしようとすれば重くなり速度が出なくなり、軽くすれば柔くなり落ちやすくなる。なかなか難しいのだ」

「金属で飛行機械を作らないの?」

「空飛ぶ島では資源が限られるからな。量産を考えるとどうしても帆布を用いた飛行船となってしまう」


 今日は酒飲みではない土竜王は真面目な顔をして答える。

 彼は筋肉ムキムキの大男だが、その筋肉は戦闘向けではなく作業用だとアサヒは過去の竜王の記憶から知っていた。竜王の中でも彼は一番、戦闘向けではない。


「それで炎竜王みずから、何の用だ。俺の自慢の飛行船を見に来た訳ではなかろう」

「いつかの借りを返して欲しくて来たんだ」


 アサヒは自分よりはるかに上背がある土竜王を見上げた。


「水竜王との面会に立ち会ってくれ。あいつと俺だけだと話にならなくて、喧嘩になりそうだから」


 炎竜王の知識によると、水竜王は性格に難のある人物である。ただし、水竜王は土竜王には態度を軟化させる。先にリーブラに来たのは土竜王の協力を取り付けなければ水竜王を攻略できないと知っていたからだ。


「俺はリーブラを離れられん」


 土竜王はむっすりと答える。

 他の島とちがってリーブラにはとある秘密があり、それゆえに土竜王は自島を離れることはない。だがアサヒはその秘密、禁じ手を今回は引き出すつもりで来た。


「じゃあ島ごと動いてくれよ。リーブラは航海可能・・・・なんだろう」


 スタイラスは細い目を見開く。

 ここでそのカードを切ってこられるとは、彼も想像していなかったらしい。


「……いったい何が起きているのだ?」

「ピクシスが光竜王の手に落ちた。たぶんアウリガも、風竜王の奴も封じられてるんだろ。放っておくと前回の二の舞になるぜ」


 警告すると土竜王スタイラスは苦い顔になった。

 歴史には残っていないが、数百年前、彼は光竜王の策略にはまって封じられたのだ。


「むう……危機とあれば島を動かすのはやぶさかではないが、気が進まないな……」


 眉根を寄せる土竜王の頭上でカエルが「ケロケロ」と鳴く。

 アサヒはにっこり笑うと、後ろで神妙に話を聞いていたハヤテやユエリと違い、飛行船に目を輝かせて話を聞いている様子がないカズオミの首根っこをつかんで引っ張りだした。


「じゃあ気が進むようにしてやろう。こいつは俺の島のカズオミ・クガ。お前と同じ工作大好き廃人さ!」

「ちょ、ちょっとアサヒ?!」


 いきなり前に引き出されたカズオミが慌てるが、アサヒは気にしない。


「竜騎士の癖に物づくりにかかわる誓約ゲッシュを立てた。こんな人材めったにいないだろ。どうだ、土竜王?」

「ま、まさかその子、付与の力を……?!」

「地味にレアだろ! どうだ、そっちの剣の誓約ゲッシュの竜騎士と交換しないか?!」

「乗った!!」


 ぶつぶつ交換される当人のカズオミと、指さされたケリー・ロイドが呆気にとられた。


「スタン様! ちょっと待ってください!」

「付与の力があれば気流に強い飛行船が作れる! ふっふっふ、作業がはかどるぞ」

「部下を売るなんて、あんたそれでも竜王か?!」


 悲喜こもごもの主従をよそに、ピクシス側でもいささかの混乱が起きていた。


「アサヒ! 僕は君のために誓いを立てたんだよ!」


 話の成り行きを理解したカズオミがアサヒに詰め寄る。

 アサヒは苦笑して友人をなだめた。


「分かってる。大人しく交換されてこいよ、期間限定で。リーブラの技術を盗んでピクシスに持って帰ってきてくれ」


 期間限定、と言われてカズオミの顔に冷静さが戻る。

 眼鏡のふちを撫でながら、友人はすねたようにつぶやいた。


「まったく酷い王様だよ。勝手なやつだよ、君は」

「悪いな、カズオミ。恨むなら俺と友達になってしまった自分を恨んでくれ」

「ちっとも謝ってないし」


 文句を言うカズオミの背を、上機嫌の土竜王が叩いた。

 筋肉の量だけあってかなりの衝撃だっただろう、カズオミが前にたたらを踏む。


「ようし、坊主! リーブラの秘密を見せてやろう! ついてこい、出航の準備だ!」


 土竜王スタイラスは破顔する。


天秤方舟リーブラ、いざ雲海の彼方へ!!」





 その夜、リーブラの内部には島の内外の出入りを禁じるよう通達がなされた。

 住民の安全を確保したリーブラは地響きと共に変形しはじめる。

 サイコロ型の金属の塊の、角の部分が分解して形が変わる。

 空気抵抗を軽減するゆるやかな流線形を目指してブロックが組み変わっていく。


 やがて現れるのは方舟はこぶね

 それは神代の洪水で人類と多種の動物達をすくい上げた空飛ぶ船だ。


 リーブラ両脇の側面から細長い棒のような櫂が何本も現れる。

 竜王の魔術によって動く櫂は虹の軌跡を描いてゆるやかに弧を描き、雲海を進み始めた。

 向かうは水の島、アントリア。



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