08 カズオミの誓約
勝手に部屋の隅に置いてあった折り畳み椅子を引き出すと、アサヒは椅子に座った。
靴棚の前で困惑しているカズオミと向き合う。
「カズオミ。お前はそのままで良いんだよ」
「え?」
「なにも無理することはないんだ。戦うための力なんてお前には必要ない。その代わり、役に立つ道具とか工作とか、今まで通り頑張ってくれよ。それを俺に約束してくれ」
そう伝えると、カズオミは目を見張った。
「そんなことで良いの?」
「ああ」
「ならアサヒ、僕は君のために役立つ道具を作るよ。ピクシスが豊かになるように、君の望む平和な世界が実現するように、僕は僕のやり方で仕事を全うする」
誓約は成った。
アサヒは「そうと決まれば」とつぶやいて、近くに置いてあった補修しかけの靴を取り上げる。
「じゃあ早速……例えば、この靴を絶対破れないようにって、念を込めて作ってみてくれるか?」
「破れない靴なんて無いよ」
「良いから良いから」
はい、と靴を手渡すとカズオミはしぶしぶ皮を手に取って繕い始めた。
見守るアサヒはウキウキする。
過去の炎竜王には戦い以外の面で誓いを立てた竜騎士の部下も存在している。その知識からアサヒは、だいたいどのような誓いでどのような効果が表れるか推測していた。
「道具の付加効果ってバカにならないんだよなー」
地球で遊んだゲームでもアイテムは重要だったし。
見守るうちにカズオミは手慣れた様子で補修を完了する。
作業が終わった靴を返されると、アサヒは無詠唱で炎を呼び出して、火が灯った指先を靴に近づけた。
見ていたカズオミが驚きの声を上げる。
「あ?!」
靴の表面が抵抗するように火花が散る。
アサヒはすぐに自分の指先の火を消した。さすがに、ずっと火であぶっていると靴が燃え尽きそうだったからだ。少し変色した靴を友人の手の上に返した。
「十分じゃないか。ほら、燃えてないだろ」
「ほんとだ……」
手のひらの靴を眺めて、カズオミは自分が新たに得た力に茫然とする。
「こんな簡単に願いが叶うなんて……」
「ふふ、炎竜王様ってあがめていいぞ」
「ありがとう、アサヒ!」
「がふっ」
カズオミは靴を放り投げると、感激してアサヒに飛びつく。
思いっきり抱き着かれたアサヒはむせた。
肩からヤモリが落ち、ヤモリの上に宙を飛んだ靴が落ちる。
「カズオミ、ヤモリがつぶれる、つぶれてるから……!」
「君ってやっぱりすごいんだね! 今更だけど炎竜王様ってすごいや!」
土の床の上で靴の下から、ヤモリの尻尾がぴくぴくとしているのが見える。
虫の息のようだ。
アサヒは興奮するカズオミを引きはがすと、靴をとりあげてヤモリを救い出した。
「あーあ、つぶれてら。水に放り込んだら膨らんで生き返るかなー?」
脳裏でヤモリが『水につけられたら死ぬ……我は火竜なり』と言っているが、アサヒは無視してヤモリをつまみあげるとポケットに放り込んだ。
「台所に行ってヤモリに水浴びさせてくる。カズオミ、明日までに、その新しい力、できるだけ使いこなせるように訓練しておいてくれ」
「明日?」
「土竜王が二日酔いから醒めるのがそのくらいだろうから」
今なら靴店の手伝いをしながら能力の訓練をすることが可能だろう。
アサヒは楽しそうに工具をいじりだすカズオミを作業部屋に残して、台所に向かった。土竜王と面会するまで時間がある。リーブラの観光をしつつ、情報収集をしよう。
ちなみに、ヤモリはフライパンで焼いたら元に戻った。
アサヒ達が土の島で竜王と会っていた頃。
火の島ピクシスでは光竜王ウェスペが我がもの顔で王座に座って、火の島の面々を見下ろしていた。
「……聞こえなかったか。遠征の準備を始めよ、と言ったのだ」
「は……?!」
同じ島の同胞を裏切り、真っ先にコローナに投降したレイゼン家の筆頭竜騎士、ハルトの叔父のアリト・レイゼンは玉座の竜王の命令にポカンとした。
アリトは甥と同じ明るい赤毛が特徴の、壮年の竜騎士である。
彼は光竜王を見上げて茫然と聞き返した。
「アントリアへの、遠征、ですと……?」
「そうだ。火の島の恭順の証を立てよ。水の島、アントリアを落とすのだ」
王座に座る金髪の竜王は傲然と言い放って、優雅な動作で足を組み替える。
「新女王ミツキと、汝らレイゼンでもって火の島の新たな政治を始めるのだ。手始めにアントリアを落としてみせよ」
「……」
火の島ピクシスは現在コローナに占領されている。
王城は落とされ、女王アマネと炎竜王に近しい竜騎士、ヒズミ・コノエは捕縛されていた。早々に投降したレイゼン家の派閥の竜騎士は十分な戦力を残していたが、光竜王ウェスペはそれをアントリアへの侵攻に使えという。
アリトは内心ほぞを噛みつつも、竜王に頭を下げた。
「陛下のお望みのままに」
命令を受領して、大広間を退出する。
城の玄関では甥っ子のハルト・レイゼンが不安そうな面持ちで待っていた。
「……光竜王様は、我らをアントリアの侵略に使うつもりのようだ」
「そんな……?!」
動揺するハルトを見下ろして、アリトは声を潜めて言った。
「ハルト。炎竜王様は、必ず戻ってくるから待てと仰ったのだな」
「はい」
「その言葉を信じよう。やれやれ、逆賊すんぜんの綱渡りだぞ。まったく竜王陛下は人使いが荒い」
当面は、戦の準備は時間がかかると言って時間を稼ぐことにしよう。もしアントリアとの全面戦争が始まってしまえば、名実共に火の島ピクシスはコローナの支配から抜けられなくなってしまう。そうなる前に救援が間に合えば良いのだが。
アリトは祈るように空を見上げた。
後は炎竜王を信じて待つだけだ。