07 時候の挨拶?
樽の上でアマガエルは「ケロケロ」と鳴く。
アサヒの肩の上に出てきたヤモリが無言で尻尾を揺らした。
「……」
「ケロケロ」
「……」
「ケロ」
距離を置いて向かい合うカエルとヤモリ。
二匹の間では何か通じるものがあるらしい。
しかし、聞こえてくるのはカエルの鳴き声ばかり。
アサヒは肩のヤモリの尻尾を引っ張った。
「何を話してるか、さっぱり分からん」
通訳をしろ、と相棒の丸まった尻尾をつまんで持ち上げる。
ヤモリは空中で足をゆっくりジタバタさせた。
『……乱暴だぞ、盟友! 我らはただ時候の挨拶をしていただけだ! 意味のある話は何もしておらぬ!』
見た通りケロケロ鳴いていただけで会話をしていた訳ではないらしい。
アサヒは溜息をついてヤモリを肩に戻した。
同時にピョンとカエルが跳ねて、樽の上から姿を消す。
「戻るか」
「おう」
地下深くにあるリーブラの街は、天井が暗く夜空の月や星が見えない。
はやく外に出たいと思いながらアサヒは足を動かす。
気をまぎらわせるためにハヤテに話しかけた。
「ハヤテ、他国の竜王はもちっと敬えよ」
「あー、それについてはマズったって分かってるさ」
飲んだくれのおっさん呼ばわりした失言を蒸し返すと、ハヤテは気まずそうに返答した。
「お前、自分の目的さえ果たせたら、ピクシスの未来はどうでも良いの?」
「どうでもいいことはないけどな……」
ハヤテは開き直ったように腰に手を当ててふんぞり返った。
「俺の家族はアウリガの侵略で死んだ。お優しい炎竜王様には分からないだろうが、奴らに復讐しないことには俺の気が収まらないんだよ」
「ふーん?」
アサヒは紅玉の瞳を細めて彼を見た。
「復讐か。あー、つまんねえ! もうすこし希望あふれる願いは無いもんかねえ。これが自分の島の竜騎士だとか、情けなくて泣いちゃうぜ」
「なんだと?!」
「文句は聞かない。今回、足をひっぱったのはお前の方。反省しろよ」
ひらひら手を振って彼に背を向け、アサヒは階段を昇り始めた。
「……復讐を第一にしたいなら俺に付いてこなくていいぞ。でも、あんただって守りたい人の一人や二人いるはずだろ。あんたはヒズミ・コノエの親友だ。ピクシスの学院の後輩は? 世話になった学院の先生は? よく考えろよ、ハヤテ・クジョウ。お前が本当に守りたいものが何なのか」
返事はない。
構わずにアサヒは彼を置いて歩き続ける。
光竜王から火の島を取り戻すためには仲間の協力が必要だ。ひねくれた年上の青年を本当の意味で仲間にするために、今は本音をぶつけあう時だとアサヒは判断した。
しばらくすると、足音が追いかけてくる。
「……アサヒ!」
「何?」
足を止めて振り返ると、ハヤテは真剣な目をしてアサヒを見上げてくる。
「俺は奴らが憎い。けど、今はそんな個人的な感情に囚われている場合じゃないことは分かっている。前言撤回だ、炎竜王陛下。あなたを利用しようだなんて俺が浅はかだったと認める。俺を、ピクシスを守るために使ってくれ」
年上の青年の燃えるような眼差しを受けて、ようやくスタート地点に立ったのだ、とアサヒは安堵した。これで前へ進める。
「許す。一緒に行こう、ハヤテ」
アサヒは不敵に笑った。
「大丈夫だよ、俺達は勝てる。本当は孤立している光竜王の方が不利なんだ。だからあいつは卑怯な手を使う」
不意を突かれて出しそびれているが、竜王はそれぞれ奥の手をいくつか持っている。それは炎竜王であるアサヒも同じこと。
上層へ登りながら、アサヒは考えを巡らせる。
カルセドニーの街に戻ってきて靴店一階の作業部屋をのぞくと、なぜかカズオミは一生懸命、靴を作っていた。手元に夢中でアサヒ達に気づいていない。
「何やってんだ、あいつ」
「良いんだよ、カズオミはあれで。さあ寝よう」
顔をしかめるハヤテをひっぱると、アサヒは自分達に割り当てられた部屋に戻って就寝した。
翌朝、朝食時に再会したカズオミは徹夜明けのしょぼしょぼした目でアサヒを見ると、真っ青になって叫んだ。
「うわわ、僕、アサヒに頼まれたこと、すっかり忘れて靴を作ってた!? ごめん、アサヒ! ああ、僕ときたら!」
「あー、うん。大丈夫だカズオミ。お前に期待してなかったから」
「そんな気がしてたけど、断言されると……うう」
さめざめと泣くカズオミ。
アサヒは笑って友人の肩をたたいた。
「泣いてないで飯を食えよ。後でお前に頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
きょとんとするカズオミをせかして食事をさせる。
朝食後、アサヒはカズオミと一緒に靴店の作業部屋に移動した。
「へー、さすが物づくりに秀でたリーブラだけあって、いろいろな靴があるな」
棚に並んだ様々な種類の靴を見回して、アサヒは感心する。
「アサヒ、頼みたいことって」
「そうだった。カズオミ、俺への誓約って決まったか?」
先日の竜王と竜騎士の誓いの件について聞くと、カズオミは暗い顔になった。
「思いつかないよ……僕は戦いについて詳しくないから、何が役に立つかも分からない」
「だろうな。じゃあ、こっちで決めていいか?」
「え?!」
意表を突かれた顔をして茫然とするカズオミを見て、アサヒは悪戯っ子のような表情で口の端を上げた。